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独裁のエアディシルク 8


 エアディシルクの指輪の力によって、精神と肉体を支配された人間――眷属。

 彼らは吸血行為により他人から魔力を摂取し、それを原動力として行動している。

 栄養をとるためだけに行動し、摂取した栄養を消費して、新たな栄養を求め彷徨う――。

 その工程の中に”吸血”以外の欲求は存在しない。

 そう――眷属たちは森に潜む猛獣、そのものなのだ。

 熊に匹敵する力、狼の鋭さ、野猿のすばしこさ――それらを兼ね備えた、人型の猛獣。

 それが眷属という存在である。


 町に放たれた最初の眷属たちは仲間を増やしていった。五人が十人――十人が二十人――と、瞬く間に増殖する。

 それは、イノシシの群れが畑を荒らすのと同じ――欲望を満たす以外の意味はない。

 彼らは、決して止まることなく餌を食い続ける。ルドラカンドの人間を吸血し尽くせば、町を出て、次の町へ――そこでも血を吸い尽くし――――と、地上に餌が無くなるまで止まらない。

 

――しかし”眷属を狩る者”が現れた。


 エアディシルクの指輪の持ち主であり、最初の眷属を生み出してしまった男――レター=パーケイトである。

 レターは、眷属を凌駕する力で眷属を狩っていった。

 レターに吸血され、行動不能に追い込まれた眷属は、一週間足らずで百人を超えた。これは、全眷属の半数に匹敵する。

 レターが現れてから、新たに眷属になる人間は激減していた。眷属自体が減ったのも理由の一つだが、増える以上に倒される数が多い――というのが主だった理由だ。

 このままいけば、眷属はさらに減り、やがてレターの手で全て倒されるだろう。


 眷属たちはまともな思考回路を持たない。だからこそ、獣じみた身体能力と、増殖力を持ちえた。

 しかし、単体で対処できない敵が現れた今、それはウィークポイントでしかない。

 人間のように策を弄し、徒党を組み、強敵と戦う――という常套手段が使えない。理論上、劣勢を覆すことは不可能と思われた。


 ――しかし、本能というのは、時として不可能を可能にすることがある。


 切っ掛けは偶然の出会いだった。

 饐えた匂いが漂う路地裏で、二人の眷属がエンカウントした。

 眷属同士での吸血は意味がないので、そのまま素通りする――彼らの行動原理からして、それが普通だ。

 しかし、そうはならなかった。

 一人の眷属が歩き出すと、もう一人は後をついていった。蟻の行列のように、正確に後を辿ったのだ。

 やがて、二人の眷属は一人の人間を二手に分かれて追い詰め、その血を半分ずつ吸った。あたかも意思の疎通があったかのように、利害の一致による、互恵関係を築いたのだ。

 なぜこんなことが起きたのか――敵の登場による危機感や餌を取れないことへの焦り――己の生命を脅かす要素がト原因だと考えると自然だが、真実は誰にもわからない。神のみぞ知る領分だ。

 しかし、一つだけ確かなことがある。


――本能というプログラムの中には、道理を捻じ曲げるサーキットが用意されている。ということだ。


 これは、歴史により裏打ちされた明らかな事実だ。

 無機物から生物が生まれ、長い年月をかけ、天文学的確率の偶然を経て、人間や動植物に進化した。

 それは、還元しきった原初の単位である”本能”の仕業としか考えられない。

 それが、眷属たちにも適応された。それも、とんでもない柔軟性と即効性をもって――。

 眷属の”関係”は拡大していく。二人から三人、三人から五人――と、互恵関係の繋がりは眷属全体に広がりつつあるのだ。

 学園の人間もレターも、気づいていない。

 

――本能が持つ特殊回路”進化”によって、自分たちの持つアドバンテージが脅かされていることに……。



 *



「よう、景気はどうだ」


 眼鏡をかけた男子生徒が、気やすい調子で自治会室に入ってくる。

 事務仕事をしていたリードが机から顔を上げる。


「よくはないね――君が仕事をしてくれればよくなるかもしれない。ゴウ、君とは久しぶりに会った気がするよ」

「あの会議以来だからな」

「そんなこと分かってる。皮肉を言っているんだよ」

「こちらこそ、そんなこと分かってる――ってな」


 ゴウは不敵な笑みを浮かべつつソファにバフッと腰を下ろす。頭の後ろで手を組むと、世間話でもするかのように話し出した。


「それで、状況はどんなもんだ? 眷属を退治するんだろ?」

「無力化と保護だ――まあいい。

 敵の戦力は大方把握している。分のない戦いにはならないだろう。今すぐにでも戦いたいところだ。

 しかし、ここにきて変な要素が混じってしまってね」


 ゴウがチラッとリードの横顔を見る。彼は相変わらずの無表情だ。


「ほう、それは?」

「すでに眷属と戦っている人間がいる。データから可能性は考えていたが、目撃情報があってね。確定したというわけだよ」

「へえ――」


 ゴウはぼんやりとしている。リードと同じくらい何を考えているのか分からない男だ。


「眷属と戦っているのはレター=パーケイトという生徒らしい。しばらく学校を休んでいて消息が掴めない。情報によると、レターくんは眷属から血を吸っていたらしいよ。その血を吸われた眷属が運ばれてきたんだが、魔力を完全に吸われていて、意識がない状態だった。

 どうして、そんなことができるのか――考えられる可能性は一つ」

「そのレターくんがエアディシルクの指輪の持ち主ってことか」

「…………君は何か知っているんじゃないか?」


 二人の視線がぶつかる。

 心を見透かすような澄んだ瞳のリード。それを阻むようにお道化るゴウ。

 しばらく探り合う二人――最初に目を反らしたのはリードだった。


「まったく、敵わんね――まあいいか。

 それより、君の意見を聞かせてくれゴウ。待つか攻めるか――不確定要素を加味したうえで、この分水嶺をどう切り抜ける?」


 ゴウは軽い調子で即答した。


「最初から出遅れてんだ。期を伺う必要なんかねーだろ。後手なら後手なりのやり方がある――最初っから分かってんだろ?」

「それはそうだが、しかし――」


 ゴウがリードの言葉を遮るように勢いをつけて立ち上がる。


「しかしもタワシもあるか! ――ったく。

 そうだよな、お前は学園のトップ、自治会の会長様だ。何があっても優先しなきゃいけないのは”共通意思としての正義”だ。

 それがどれだけクソッタレでナンセンスだとしても守らなきゃいけない。今更”それでいいのか?”なんて聞きはしねーが、お前は下らなくなったよ、リード――」


 ゴウが机をバンッと叩く。


「不動の騎士はどこに居るんだ――呆れるほど合理的で、冷酷な男はどこに消えちまった?」


 リードがゴウを見つめ返す。動揺や興奮は一切ない。やはり、平坦で無感情だ。

 そして、冷めた声で短く言った。


「僕が不動の騎士だ」


 ゴウはフンッと鼻で笑って踵を返す。

 大股で歩き出し、


「最後に忠告しとくぜ。さんざっぱら煽っといてアレだが、すべて無駄になるだろうよ。

 なんせ、全てが後手後手なんだからな――それは最後まで覆らない」


 意味ありげな言葉を残して、

――バタンッ――

 ドアの向こうに消えた。


「……やれやれだ」


 リードは呆れたように頭を振って机に視線を落とした。


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