資金集め
学校に行くことを決めたはいいけど、全然金がないので、学費を稼ごうという話になった。
さしあたって、いつまでにどれだけ稼ぐ――という目標を決めるために、とりあえず、ルドラカンド学園の情報を調べた。異世界にだって”学期”はあるだろうと思ったのだ。すると、所謂入学式の季節は一か月後だということが分かった。
微妙な気分だった。タイミング的にはいいんだけどね。
だいたい一年で金貨百枚、それを三年分――ルドラカンドを卒業するまでに金貨三百枚が必要になるみたいだ。つまり、俺たちは一か月で三人分の学費である金貨九百枚を稼がなければならない計算になる。
給金のいい店で働いたとして、もらえるのは毎月金貨二枚程度だとアーネは言っていた。三百枚貯めるには十年以上働く必要があるわけで――。何かしらの手は打つつもりだが、それでも学校への道は険しく遠いのだった……。
しかし! 俺はめげない。
素晴らしい人生を送るため、逃げないと決めたんだ。
――というわけで、
「短くするべきです。男らしく、精悍な印象がコイド様には似合うんです!」
「ええーコイドは可愛い顔してるんだから、男か女かわかんないくらい長いほうがいいよ」
「……なあ、やっぱり自分で決めるよ」
髪を切らねば戦はできぬ! と思って床屋に来たんだけど、散髪椅子に座って早十分――こんなことなら髪形を決めてくれとか言わなきゃよかった。でも、そういうのに気を使ったことがなくて、どう注文していいか分からなかったんだ。女の子のほうが詳しいだろうと思って任せたんだけど、ケンカになっちゃったよ。二人の仲の悪さは何とかしないとなあ……。
「あなたは口を出さないで! これは、魔法都市出身の私とコイドさんの――」
「出身とか関係ないでしょ。コイドは私たち二人に言ったんだから!」
「おじさん、お待たせしました。髪型決めたので始めてください」
店主の太ったおじさんは、散髪椅子を囲うようにしてケンカする二人に困り果てていたが、俺の言葉でホッとしたようだった。
「コイド様、まだ話は終わっていません」
「そうだよ、ちゃんといい髪形選んであげるから、もう少し待っててよ」
「君たちねえ……学校が始まるまで一月しかないんだよ? 時間を無駄にしたくないんだ。決めてくれって頼んどいて悪いけど、僕が決めるよ」
二人はお預けを食らった犬みたいにシュンとしてしまった。
「おじさん、肩にかからないくらいの長さでお願いします」
折衷案ってやつだ。似合うかどうかは分からん。
*
「はい、おまちどお様でした。起きてください」
「ふう――」
人にシャンプーしてもらうと、なんでこんなに気持ちいんだろう。
「コイド様――お似合いです!」
「そう?」
「もうちょっと長いほうが良かったけど――でも、悪くないね」
「ありがと」
自分の体じゃないとはいえ、髪形を褒められるってのは嬉しいものだ。
しっかし、すごい髪の量だった。切った髪が床で黒い絨毯みたいになってる。うねうねしてて若干気持ち悪い……。
「それでは、髪を乾かしますから」
おじさんは手に筒のようなものを持っている。銀色の金属製だ。
「なんですか、それ」
「これは、温風を出すものです。すぐに髪が乾きますよ」
「へえ、ってことは電源が来てるの?」
てっきり、電気を使う技術はないものだと思い込んでいた。機械っぽいものは一度も見かけなかったから。
「でんげ……何の話です?」
「え? いやだって、ドライヤーってことでしょ。電気を使わないと使えないじゃんか」
あれ――おじさんは首を傾げてしまった。俺変なこと言ったかい?
「コイド様、それは魔法で動く装置です。風を起こす陣と熱を発生させる陣が組み込まれています。普通に売られているものなので危険はありませんよ」
ああ、そういうこと。
本当に魔法があるんだ。それも、電化製品みたいに誰でも使えるなんて驚きだ。俺も使ってみたいな。
と、ボンヤリどうでもいいことを考えていると、おじさんの慌てた声が聞こえた。
「あれ――お、おかしいなあ」
「どうしたんですか?」
「動かないんですよ、こいつ。買ったばかりなのに」
こいつ――というのは、例の魔法式ドライヤーだ。
そんなおじさんを見てアーネとメシアの二人が近寄ってきた。
「どうされたんですか?」
「あ、いや、申し訳ない。これが動かなくなって――」
「見せてもらっていいですか?」
恐縮しっぱなしのおじさんから、アーネがドライヤーを受け取り、銀色の筒をいろんな角度から観察する。
「変ですね――陣や導線に異常がないのに、魔力が循環していません」
「アーネちゃん、これ見て」
「ちゃんを付けるなと……それは!」
メシアは床に散らばっていた俺の髪を一房持って見つめている。アーネは、その髪の毛を見て驚いているようだった。
「それの収集物質はなに?」
「――柊の木片です。かなり上等な素材ですね」
「それを機能不全にするほどの収集力――そんなの聞いたことないよ」
「ええ、私も驚いています。希少生物の一部を使ってもこうはいかないでしょう――」
小声で話す二人の会話の内容を俺は全く理解できない。おじさんもチンプンカンプンみたいだ。
「おじさん、この床に散らばってるコイドの髪持って帰っていい?」
「は? はあ、構いませんが」
「メシア、それは――」
「背に腹は代えられないでしょ?」
「うう……しかし」
「決まりね! おじさん、ありがとう。髪は乾かさなくていいから、髪拾ったら私たち行くね」
と言ってメシアは俺の手を引いて椅子から立ち上がらせた。
「おい、どうなってんだ?」
「説明はあとあと、コイドも髪拾うの手伝って。一本も残しちゃダメだよ」
言うが早いか、メシアはしゃがみこんで髪を拾い始める。
釈然としないので、アーネのほうを見ると、彼女は泣きそうな顔で言った。
「コイド様……私としては不本意な形ではありますが、学費の目途が立ちました」
*
俺たちは、二三寄り道をしてからアーネの家に帰ってきた。
メシアは果物の入った小さな紙袋を、俺はパンや缶詰が大量に入った大きな紙袋を、アーネは小さいけど重そうな布袋を、それぞれ持っていた。
俺は、紙袋を部屋の隅において、うーんと腰を伸ばしてから、質問した。
「なあ、そろそろ教えてくれって。なんで俺の髪は売れたんだ?」
そう、売れたのだ。
魔法道具を扱っている店で、床屋から持ってきた俺の髪は”金貨千二百枚”に変わった。三人どころか、もう一人増えても学費が足りてしまう金額だ。懐に余裕ができたので、マーケットで各々好きな食べ物を買って今に至るというわけだ。
「ああ、ごめんごめん。説明するね」
メシアも荷物を下して、それから話し始めた。
「ええと、簡単に言っちゃうと、コイドの髪の毛はとんでもなく優秀な魔力収集物質だったんだよ。一般的に使われてる物どころか、竜翼の薄膜や、ユニコーンの大腸みたいな高級品より性能がいいかもしれない」
「魔力収集物質?」
「空気中に漂ってる魔力を勝手に集める性質を持った物のことだよ。そこから、導線を通して魔法陣に魔力を送ると、魔法が発動する。収集物質があれば、魔法の才能がなくて自分で魔力を集められない人でも魔法を使えるようになるから、収集物質には値段がつくんだ」
ソーラー電池みたいなもんか。なんとなく分かってきたぞ。
「床屋で筒が動かなかったのは、俺の髪の毛が、その魔力ってやつを集めちゃって、筒まで届かなかったから?」
「そうそう。私はそこまで魔法に詳しいわけじゃないけど魔力を吸いつくす収集物質なんて初めて見たよ」
へえ、さすがは魔法王の髪の毛って感じだ。
謎が解けてスッキリしたところで、金貨を保管しに行ったアーネが帰ってきた。彼女は部屋に入るなり、
「コイド様、申し訳ありません! 私が不甲斐ないばかりに、髪の毛を売り飛ばすなどという……」
深々と頭を下げた。
彼女は床屋を出てからずっとこんな調子だ。主である俺の髪を売ったことに後ろめたさを感じているみたいで、折に触れては謝ってくる。俺には、その感性がよく分からないけど、
「まあいいじゃん、髪なんてまた生えるんだしさ――それより、お祝いしよう。学費が手に入って、これでようやく学校に行けるんだから」
「あ、あの。そのことなんですが……」
「そうだよ、アーネちゃん。今日は好きなだけ食べよう!」
「ええと……」
喜び勇んで宴会の用意を始めた俺とメシアだったが、
「あの! じ、じつはですね――学校に行くためには、もう一つやらなければならないことが……」
アーネはもじもじとしている。
「さきほどルドラカンド学園について調べていて分かったのですが、どうやら先方の招待なしで入学するには公爵家か、それに近しい身分の者から推薦を取らなければいけない――と書いてありました」
「へえ、そうなんだ。それじゃ明日にでも――」
「……コイド、分かってないね? それってすっごく難しいことだよ」
「え?」
そのコウシャクケとかって人に推薦の紙的なものをもらえばいいんじゃないの?
「メシアの言う通りです。公爵家の人間に推薦を依頼するどころか、私たちみたいな身分を持たない人間では、会うことすら不可能に近いです……」
「そうなの!?」
再三言うようだけど、学校はまだ遠い……。




