独裁のエアディシルク 7
私は毎日のように夜の街を徘徊していた。
暗くなってから出歩くなと自治会の人から言われたけど、私は居ても立ってもいられなかった。私が歩き回ったところで何もできない。けど、もしかしたら偶然レターを見つけられるかもしれない。可能性はゼロじゃない。そう思うと、体が勝手に動いてしまうのだった。
そして、その日――私は本当に彼を見つけた。
物音を聞いて、狭い路地に入り、しばらく進むと人が立っていた。
「レター……!」
暗く、はっきりと顔が見えなかったが、見間違えるわけがなかった。私とレターはずっと一緒にいるのだ。変装していたって見分ける自信がある。
「ねえ、レター。私ずっと探してたんだよ。家にも帰らないで何してたのよ? ねえ、レターってば……どうしたの?」
反応がない。私は不安になり、近づこうと足を踏み出す――すると、
「来るな! ――それ以上俺に近づくな……」
怒鳴られてしまった。でも、なんだか声が変だ。震えている? 枯れている? いや、多分これは――、
「泣いてるんだね。 何かあったの? ……ねえ、話してよ。私たち幼馴染でしょ」
「泣いてなんかない……泣いてなんか――」
やっぱり泣いてる。
――私は、ある出来事を思い出す。
まだ毎日一緒に遊んでいた頃――かくれんぼの途中でレターが居なくなり、大騒ぎになった事があった。屋敷の人間総出で捜索したのだ。
結局レターは、普段使われていない納屋の中で発見された。膝を抱えて静かに泣いていたそうだ。
本人に話を聞くと、納屋に入って隠れていたのだが、積まれていた荷物が崩れて入り口を塞がれてしまったそうだ。
レターと私はお父様にずいぶんと叱られた。レターはずっと泣いていた。
お父様は、叱りながらレターに聞いた。
「なぜ助けを求めなかったんだ。出られないからといって、声は出ただろう。助けを呼んでいれば、もっと早く見つけられたのに、どうしてだ――」
レターは答えなかった。頑なに口をつぐんでいた。何度聞かれても結局答えなかった。
(でも、私には分かる――なんて言ったらレターは怒るだろうな。でも、分かるの……)
きっとあの事件の時と同じだ。そんな気がする。
「ねえ、帰ろ? 私、あなたが居ないと嫌なの。もうどこにも行っちゃだめ……ずっと一緒にいてよ」
レターはとっても寂しがり屋だ。一人っきりでいるのが大っ嫌いだ。
でも、本人は絶対に認めない。
すごく意地っ張りなんだ。
あの日、納屋に閉じ込められたのに助けを呼ばなかったのは、そういうことなんだ。
だから、私は素直な気持ちを言葉にした。
一緒にいたい……。
しかし、
「だめだ……だめなんだよノーム。俺には君と一緒にいる資格がない。もう俺は普通じゃない――だめなんだ……」
拒絶される。
すごく苦しそうな声だ。胸がギュッと痛くなる。
彼が何を言っているのか分からない。資格? 普通じゃない? なによそれ。
――と、そのとき。風が雲を払い、月が現れた。闇が支配する地上に淡い光が落ちる。
レターと目が合った。
月光に照らし出された彼は、やはり泣いていた。
顔中に飛び散った”血”を洗い流すかのように、涙が零れ落ちている。
目を見開き、眉間にしわを寄せ、何かに耐えているような壮絶さが見て取れた。
そして、彼の後ろに横たわる”誰か”に気づく。
「違うんだノーム。俺は……俺は――!」
言葉がうまく出てこない。そんな感じだ。
しかし、私はあんまり動揺していなかった。
倒れた人間と、血まみれになったレター。そんなあからさまな場面を見たところで、私は彼がいけないことをしていたとは、まったく思わなかった。
「大丈夫だよレター。何か事情があるんでしょ? 私は信じてるからね。だから、帰ろうよ。安心して、私は絶対に味方だから」
「お前……」
彼の顔に少し変化が生まれた。
喜びと悲しみ、諦めと期待――そういう相反する感情が複雑に絡み合っている。何もかもが中途半端で、どうしたらいいかわからない。そういう複雑な表情。
私にはレターが”街中で親とはぐれた子供”に見えた。心細くて仕方がない――でも、泣き叫んだら一歩も歩けなくなってしまう。
レターは、肩で息をしている。耐えているんだろう。
そんなぎりぎりのバランスで彼は話し出す。
「ありがとう。それと……ごめんな。お前の優しさが怖かったんだ。自分が惨めに見えて、遠ざけてしまった。
でも、こんなことになって、ようやく分かったよ。お前に劣等感を感じてる理由が――」
レターは相変わらず苦しげだが、少し笑ったように見えた。
「俺、心が折れかけていたんだ……でも、道の先に光を見つけた。ままならない現実が無くなったわけじゃないし、問題は山積みだけど、でも、頑張れそうな気がするよ」
「何を言ってるの……?」
「俺が全部解決する。そして、何とかして罪を清算する。きっと、できる……理由が見つかったんだから――」
「解決って――今起きてる事件の話?」
レターは私の質問を肯定も否定もしなかった。
代わりにとんでもないことを言った。
「そうしたら、俺たち付き合おう。幼馴染から恋人になろう……な?」
「え……ええぇ!!」
ど、どうしよう。体温が急激に上がって、訳が分からなくなる。
レターが、ぷっ――と噴き出した。
「な、なによ……?」
「いや、お前のそういう顔久しぶりに見たな、と思ってさ」
「そんな顔って――わわ、私、変な顔してる? やだっ、見ないで……!」
「ふふふ――なあ、ノーム」
「な、なに?」
顔を隠していた手の隙間から、彼を見る――レターは、もう辛そうじゃなかった。
寂しがり屋で、意地っ張りで――でも、どうしようもなく優しくて……。
レターは変わらない。きっと私も変わってない。
「告白の答えは、今度聞かせてくれ。胸を張って帰ってこれるように頑張るからさ。
だから、それまで待っててくれないか?」
それは、永遠ではない別れのセリフだ。
ずっと一緒にいたい――ひと時も別れたくない。その気持ちは変わらない。
――でも、
「分かった。私待ってるね――」
私はそう答えた。




