独裁のエアディシルク 6
「うむ――」
リード=ティラムントは自治会室の机で唸っていた。
彼を悩ませているのは一枚の書類だった。そこには学校を休んだ生徒数の推移が書かれている。
(加速度的に増えていた欠席者が、ここにきて激減している)
全生徒の三分の一が学校に来ていない。明らかな異常事態だが、ここ数日で新たに学校を休み始めた人数は、以前の十分の一程度に減っていた。
自治会が警戒するよう連絡したので、その影響もあるだろう。しかし、それにしては変化が劇的すぎる。リードは違和感を感じているのだった。
(抑止力が現れたとでもいうのか? しかし誰が――)
リードが思案していると、唐突にドアが開き、目つきの鋭い女生徒が現れた。ローブアイン公爵の娘、ロカ=エルサンドラールだ。
「失礼します会長。お父様から手紙が返ってきました」
リードが手紙を受け取る。すでに開封されている封筒から便箋を取り出し、目を通す。
そして「ううん……」とため息をつき、
「エアディシルクの指輪――まずいね、これは」
ケロッとした顔で言う。
「吸血行為によって連鎖的に眷属を増やしていく戦略兵器――この間の怪我人氏が、その眷属ということになるのかな」
ロカは神妙な面持ちで、
「ええ、恐らく。そして、学校を休み続けている二百人近い生徒が眷属化している可能性がでてきました。残念ですが、辻褄が合ってしまいます」
「参ったね、どうも――眷属を元に戻すことはできるのかね?」
「可能です。先日の怪我人、ディンゴという名前の生徒ですが、彼の血液から特殊な”陣”が検出されました。それが眷属化の原因のようです。強力な魔法ではありますが、所詮は時代遅れの代物――現代の魔法技術なら完治させることができます。
ただ、治療には時間がかかるそうで――」
リードがやれやれと頭を振る。
「治すには大人しくさせる必要があるのだな――仕方ない、我々も重い腰を上げようか。もはや混乱がどうこうと言っている状況ではないしな。むしろ遅すぎたくらいだ」
「そうですね」
ロカが頷く。
「いやはや、僕も戦わないといけないな。苦手なんだが――今回は君の土俵だなロカくん」
「……足を引っ張らないよう努力します」
「――?」
リードは表情が暗くなったロカを不思議そうに見つめている。
「ローブアインの戦駆と呼ばれている君にしては弱気じゃないか。風の噂に聞いたが、入学前に魔女の森で一暴れしてきたのだろ? なんでも”戦車”を倒して村を守ったのだとか。そんな君がどうしたんだ?」
ロカは気まずそうに、
「いえ――ブーズステュー近郊の戦闘で戦車を倒したのはアーネット=ルガーという女の子です。この学校の生徒ですよ。従者科の生徒なので今は学校にいませんが。私は何もできませんでした……」
「そうか、そういえば研修合宿中だったな。幸か不幸か分からんが。
まあ、何やら思い悩んでいるところ悪いが、君には働いてもらうよ。励ましてやりたいところだが、僕はそういうのが下手でね。上手くできんだろう」
「いえ、すみません。気にしないでください」
まだ二人は知らないのだった。
すでに眷属化した生徒と戦っている人間がいるということを――そして、その人物こそが最初の眷属を作り出したエアディシルクの指輪の持ち主だということを。
*
――めっきり人気が遠のいた夜の町。
「ウウウウッ――!」
袋小路に追い込まれた”敵”が不気味な音で俺を威嚇している。
ここまで追い詰めれば逃げられないだろうが、俺は油断せず徐々に距離を詰める。
眷属は強い。人間離れした身体能力を持っている。体力、筋力、瞬発力、そして反応速度まで普通の人間と比べ物にならない。きっと裸でも武装した戦士と対等に渡り合えるだろう。
だから、戦いに慣れるまでは苦労した。俺は眷属以上の力を持っているようだが、中身は素人だ。戦闘では力のごり押しが通じても、逃げ隠れされるとお手上げだった。最初のうちは何人も逃がしてしまった。
しかし、戦い始めて三日――ようやく戦闘に慣れてきた。敵は、こっちに逃げるだろう、ここに隠れるだろう、というのが何となく分かるようになった。強くなったという気はしない。どちらかといえば、普通からかけ離れていく自分が嫌だった。
だから――敵を倒すとき、俺は悲しい気持ちになる。
「こんなこと言っても許されるはずないけど――ごめんね、俺が悪いんだ。全部俺のせいなんだ」
ぼろぼろの制服を体に引っ掛けた白茶色の化け物。壁に背中をこすりつけて俺を睨んでいる。
俺はその濁った瞳を見つめ返しながら、一歩、また一歩、近づいていく。
手を伸ばせば相手の体に障れる距離まで詰め寄ると、眷属の右腕が鞭のように素早く動き、襲い掛かってくる。
「聞こえてないよね。でも言わせてほしい――悪いと思ってるんだ。本当に……」
喋りながら攻撃を避ける。
敵の攻撃は早く鋭い。鉄砲の球を目で追えないのと同じように、常人であれば攻撃されたことすら気づかないだろう。でも、今の俺には容易く避けることができるのだ。
敵の肩がピクッと僅かに震える。その瞬間、どれくらいの速さで、どういう軌道を描いて攻撃が来るのか、すべて正確に分かってしまう。だから、俺は上半身を軽く反らした。それだけで攻撃が当たらないことが分かるからだ。
「ごめんね……本当にごめん」
攻撃を躱した直後、すかさず敵の両腕を掴む。
酷く暴れたが逃げられはしない。基礎能力では圧倒的に勝っている。
ああ、またこの時が来てしまった……俺が最も常人から逸脱する瞬間が――。
「ごめんね……」
最後に小さく呟いてから、敵の肩口に噛みつく。
「ウウグググウウ……」
眷属の声に苦しみが混じる。
口の中に鉄の味が広がる。体が火照る。体の芯がしびれるような快感に襲われる。
(ごめんね……でもこうするしかないんだ。殺さないように動きを止めるには魔力を吸い尽くすしかないんだ。だから仕方がない――やりたくてやってるわけじゃないんだよ……)
心の中で呪文のように唱える。
潰れるほど強く瞼を閉じているのに、涙が零れてしまった。
力を手に入れて俺は弱くなった。いや、違うな――弱いことに気づいたんだ。
”強がる”と”強い”は決定的に違う。強い人間は強がらない。
力を手に入れて強くなった俺は、もう強がれない……だから泣いてしまうんだ。
「ウ……グゥ……――」
眷属の体から力が抜け、糸が切れた操り人形のようにへたり込んだ。
終わった――これで五十三人の血を吸った。
”あの人”は二百人以上の生徒が行方不明だと言っていた。
ということは、あと百五十回は、こんな残酷な行為を繰り返さなければならない。
「ううう……」
涙は止まるどころか、止めどなく頬を伝う。




