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独裁のエアディシルク 5



 あの日、俺はどうかしていた。

 なんてことをしてしまったんだ。もう家にも学校にも帰れない。それはそうだ……俺は殺人鬼だ。この手で五人も殺してしまった。残酷な方法で体をバラバラにし、血を吸った。

 ディンゴたちの死体は発見されただろうか――だとしたら、俺は指名手配されているだろう。

 やはり帰れない。帰れるはずがない。怖い。家族は俺をどんな目で見るだろう。あれだけ嫌いだったのに、こうなってしまうと気になってしょうがない。自分が嫌になる。

 俺は暗く、饐えた匂いに満ちた下水道で膝を抱えていた。

 腹が減らない。眠くもならない。気は急いているのに、体は火照っている。力が有り余っているようだ。

 どれだけの時間、ここにいたのだろう――


「よお元気か」


 気づくとすぐ近くに黒いローブの人間が立っていた。フードを深くかぶっていて顔は見えない。声からして男だろう。


「誰?」

「そんなことはどうでもいい。それより、お前はこんなところで何やってんだよ」


 なにやってるかって? 見ればわかるだろ。


「なにもしてない。したくないんだ」


 男はフッ――っと鼻を鳴らした。どうやら馬鹿にされているみたいだ。


「いじけ腐った奴だ。なぜ行動せんのだ、お前は力を手に入れたんだろ? それを有意義に使えよ」


――なぜそれを知っている?

 思わず顔を上げる。フードの下の唇が、グニャっと邪悪に歪んでいる。その口が動く。


「お前が眷属にした五人の馬鹿どもは表で好き勝手やってるぜ。襲われた人間が百人を超えた。自治会がようやく動き出したようだが、すでに後手後手だ。被害者の拡大は止められんだろうな」

「ま、待ってくれ。何の話をしてるんだ」


 男はフードの上から頭を掻いて、


「やっぱり自覚してなかったか。まったく、始末に負えんな。

 お前の右手にはまってる”そいつ”は、エアディシルクという名の指輪だ。大昔に作られた戦略兵器だよ」

「兵器……?」

「絶大な効果を持ち、効率的に敵を破滅させることができる。しかし、一度も使われたことはない――なぜだか分かるか?」


 首を横に振る。


「お前はもう経験しているだろう? 喉の渇きと破壊衝動、理性がぶっ飛び欲に支配される感覚。

 勝ち負けなんて関係ない。もはや人ですらなくなってしまう。それがエアディシルクの力だ。こんなもの使えるわけがない――そうだろ?」


 その通りだ……俺が殺人鬼になったあの日、自分は人じゃなかった。次々と湧き上がってくる欲望に抗うことができなかった。残飯に群がる野犬のようだ。


「で、でも。俺はもう大丈夫だ! もう何日もジッとしているんだから――」

「そりゃ血を吸ったからだろ。麻薬と同じで、吸収した他人の魔力が体から抜ければ、また血を吸いたくなる。

 エアディシルクの指輪はそういうものだ」


 なんということだ……俺はさらに罪を重ねるというのか。


「ど、どうすればいいんだ、俺は!? もう嫌なんだよ。人を殺したくないんだ。なあ、どうしたらいい?」

「うるさい。喚くな。そんなことは知ったこっちゃねーんだ。指輪を受け入れたお前の自己責任だろ」

「俺は指輪を受け入れてなんかない! 気づいたら持っていたんだ。俺が望んだわけじゃ――」

「甘えんな馬鹿が! 力ってのは望んでる人間に与えられるもんだ。俺にはその流れが見えている」


 流れが見える? この男はいったい何を言ってるんだ。


「化け物になる前の自分をよく思い返してみろ。袋小路に突き当たったような遣る瀬無さを感じてなかったか? 諦めて見て見ぬふりをしていた感情はなかったか?」

「そんなの、誰にだってあるだろ」

「ああ、そうだな。しかし、ほとんどの人間は折り合いをつけて生きている。理不尽な力に頼らずとも、自分で自分を救うことができるんだ。

 だというのに、お前はエアディシルクを手に入れてしまった。

 それはつまり、お前の中に諦めきれない望み――”切望”があるということだ」

「切望……」


だめだ、分からない。俺は何を望んでいたんだ――家族との離縁、学校をやめること、ディンゴたちに仕返し……違う気がする。ピントがズレている。

 重要なヒントをもらった気がした。だから俺は無い頭を使って真剣に考えた。

 しかし、フードの男は、


「まあ、そんなことはどうでもいい」


 とバッサリ切り捨てた。


「それより今は、学園の生徒が次々と吸血鬼化している現状をどうにかしなきゃならない。

 手を打たないと数日中にルドラカンド学園は化け物の巣窟に変わるだろう。もちろんお前のせいでな」

「俺のせい……ど、どうしたらいい?」

「逆に聞くぜ。どうしたい?」

「それは、もちろん――」


 言葉に詰まる。今更同行したところで、結局俺は殺人鬼のままだし、仮に元通りになったとして、また気の滅入る生活が待っている。いっそこのまま地下にいた方が――


「そーいや、昨日自治会にノーム=ラッカーという生徒が来たぜ。行方不明の生徒を探してほしいそうだ。可哀想に、彼女思い詰めて辛そうにしていたよ。

 そうさせた彼女の幼馴染ってのはどこで何してんだろうな?

 ひでーよな。なあ?」


 ノームが俺を探してる――?

 まさか、どうして……。

 俺はあんなに冷たくしたのに。


「おい、もう一度聞くぜ。お前はどうしたいんだ?」


 俺は立ち上がる。

 やっぱり自分の望みなんてわからないし、学校を救う理由も見つけられないままだけど、座ってボーっとしている気にはなれなかった。

 どうしてだろう――自分がわからない。

 

 


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