独裁のエアディシルク 3
レターが居なくなってしまった。
彼が最初に学校を休んだ日――私は”ああやっぱり”と思った。レターは家族との折り合いが悪く、使用人とも上手くいってない。負けず嫌いな性格だから、どこかで無理をしていたのだろう――明日学校に来たら声をかけよう。鬱陶しいと思われるかもしれないけど話してみよう。それくらいに考えていた。
しかし、次の日も――その次の日もレターは学校に来なかった。
さすがに変だと思い、レターの屋敷を訪ねる。
すると、やつれた顔の使用人が出てきて「ぼっちゃまは……ここ数日帰宅しておりません」と言った。詳しく聞くと、最初に学校を休んだ日から一回も家に帰ってないそうだ。
背筋が寒くなる。胸騒ぎを感じた。
(レターはどこに行ってしまったの……)
彼が居なくなって四日目の放課後――私は我慢ができなくなり自治会室に相談することにた。
王宮のように豪勢な特別棟の一室。
私がドアをノックすると、透き通ったボーイソプラノが返ってくる。
「入りたまえ」
緊張を覚えながらドアを開ける。すると、奥に置かれた机の向こうに天使のような少年が座っているのが目に入った。所々三つ編みされた白銀の髪、真紅の瞳――王国を統べる五大貴族の一つ、フィラカルティ公爵家次期頭首リード=ティラムントだ。
リードは机に広げた書類から目を離さず話しかけてくる。
「すまんね、最近忙しいもんで。ちゃんと聞いてるから要件をどうぞ――」
「は、はあ――」
”不動の騎士”なんて凄そうな二つ名を聞いていたから、どんな人かと思っていたけど、意外と普通だ。
戸惑いつつも私は真面目な顔になる。
「人を探してほしいんです。私の幼馴染……いえ、友達が四日前から学校に来てなくて、家にも帰ってないみたいで――私、心配で居ても立ってもいられなくて……」
改めて自分の口から言うと、自覚してしまう。リードが行方不明……。
泣き出したい気分だ。
「なるほど――君もかね」
いつの間にかリードは机から視線を上げ私を見ていた。君”も”?
疑問に思っていると、彼は頬杖をついて話し出す。表情は全く変わらないが”やれやれ”といった風の気だるげな雰囲気だ。
「人を探してほしいと言われたのは二十三回目だ。今日だけでね」
「そうなんですか」
「まったく困ったものだ。何が起こっているというのか」
リードは書類の中から一枚摘み上げ、それを眺めて、
「四日前の欠席者は二十六名。三日前は四十二、二日前は六十ちょうど――そして昨日で八十名を超え、今日めでたく三ケタに突入した。教員の話では風邪がはやる季節でも五十名を超えることはないそうだ。
当然と言えば当然だが、欠席者が加速度的に増えるにつれ、君のような人探しを頼みに来る生徒も増えている。
てんやわんやで猫の手も借りたい気分だよ」
「そんな……なんでそんなことに?」
「うむ――」
リードが私の目をジーッと見つめてきた。どこまでも見透かされているようで居心地が悪くなり、目を反らす。
すると、リードは「お人好しと言われないかね?」と聞いてきた。完全に図星だが、なんだか恥ずかしいので「さ、さあ」と、とぼけておいた。
「君は信用できそうだから、用心のためにも話しておこうか――」
今ので判断したのだろうか? だとしたら、失礼だけど変な人だ。
リードは相変わらずの無表情で話す。
「グリルチキンのような肌色で、屋根から屋根へと飛び回る人間を見たことあるかね?」
「な、なんですかそれ」
「欠席者が増え始めた頃から、変なものを見た――という報告が相次いでいるんだよ」
「……その”変なもの”というのが、グリルチキン色で――」
「屋根から屋根へと飛び回る人間だ」
「…………」
からかわれているんだろうか……?
――と、私が反応に困っていると、何の前触れもなく入り口のドアが勢いよく開き、鮮やかな金髪の男子生徒が駆け込んできた。
「大変です会長! とんでもないものが運び込まれて――っと、すみません。お話し中でしたか……」
金髪の彼は机の前まで駆け寄ったところで、ようやく私に気づいたようだ。気まずげに「失礼しました」と頭を下げた。
リードはひらひらと手を振って。
「いや、いいさ。話してくれエイモスくん」
「しかし、例の件に――」
「だったらなおさらだ。なに、心配するな彼女は信用できる人間だ。ね?」
と言われても……。
「そ、そうですか。 ――ええとですね、怪我人といいますか、病人といいますか、とにかく意識不明の生徒が運び込まれました。それでご報告に」
リードが首を傾げる。
「ぼくは保健の職員じゃないが?」
エイモスと呼ばれた生徒は、額に汗をかいている。かなり焦っているようだ。
「それがですね、保健の先生もお手上げだそうで……見たこともない症状だそうです。
俺もその生徒を見ましたが、本当に不気味でした。肌の色が変なんです」
肌の色――?
リードと目が合う。
「その肌の色というのはグリルチキンのような色じゃないか?」
「……ま、まあそんな感じかもしれません。白と茶色の中間ってとこです」
リードが立ち上がる。
「”死体”を見たい。案内してくれエイモスくん」
「まだ生きています――――分かりました!」
自治会室から出ていこうとしていたリードが突然立ち止まり、こちらを振り返る。
「君も来るかね。ええと――」
私は力強く頷く。
「ノーム=ラッカーです。はい! 行きます」
*
急いで保健室に向かうと、ドアの前にすらっと背の高い女生徒が立っていた。
彼女は、私たちが――というよりリードが近づくと、礼儀正しく礼をした。
「お疲れ様です会長」
「なんだ、君もいたのかロカくん」
「――!」
ロカ? というと、ローブアインの戦駆では……。
「ええ、調査に戻ろうかとも思ったのですが、怪我人を運んできた人物と面識がありまして、仕方なく……」
「――そうかね。それじゃ、さっそく見せてくれ、その怪我人とやらを」
初めて来たけど、保健室は結構広い。
二列に並んだベッドは、ゆうに二十床はあるだろう。
そのうち、入り口付近の一角だけ、仕切り用のカーテンが閉まっている。
運び込まれた人物は、その中にいた。
「うっ……」
ベッドの上に仰向けで横たわる人物を私は二秒と見てられなかった。
まず驚いたのは、両手と片足が異様に細長いこと。たぶんだけど、骨が折れいるんだろう。凄い違和感だ。
そして、閉じた瞼がボコッと凹んでいること。あれはたぶん、目が……。
黄色に近い肌の色も不気味だったけど、事前に聞いてたのでそこまで動揺しなかった。
しかし、凄いものを見てしまった……ぜったい夢に出る。
リードは私と違って堂々としていた。
「これで生きているのか?」
同じく全く動揺していないロカが答える。
「はい、呼吸脈拍ともに確認しました。しかし、こう言っては不謹慎かもしれませんが、生きているのが不思議なくらいです。
ここまで損傷していたら、普通生きていられません。目御覚ます見込みは……」
ショッキングな話だった。
流石と言っていいのか微妙だが、リードは冷静だ。
「うむ、そうかね。では、これを連れてきた人間に話を聞かないとな。どこにいるんだ?」
聞かれて、エイモスは気まずそうに目を反らす。
「それがですね、すぐ隣にいるんですよ」
「隣? 隣の教室か?」
「い、いえ――」
エイモスが入ってきたのと反対側のカーテンを開ける。
すると、隣のベッドにも誰か寝ていた。
制服がなければ性別を見分けられなかったかもしれない。真黒なセミロング、リードほどではないが体の線が細い。そんな人が苦しげな表情で横たわっている。
そこで、初めてリードの表情が動く。といって、目が二ミリほど大きくなっただけだが。
「コイドくんじゃないか。彼が怪我人を連れてきたのか?」
「そうです。酷く慌てた様子で俺にせっついてきました」
「なんで眠ってるんだ?」
「というより気を失っているんです。こいつ、グロイもの苦手で……」
なんと……女の私ですら、眩暈すら起こしてないのに。
「そうかね。では、彼が起きるまで仕事でもするかな。エイモスくんも一緒にどう?」
「はい、もちろん!」
「ありがとう。
ロカくんとノームくんは、コイドくんを見ててくれるか? 起きたら知らせてくれ」
「分かりました」
男二人は保健室を出て行った。
なし崩し的に見張り役を任されてしまった。仕事自体はお安い御用だが、
「…………」
「…………」
大貴族と密室で二人っきり――コイドという人がいるけど、気絶している。
――気まずい!




