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独裁のエアディシルク 2



 屋敷のドアを壊し、あいつに変な事を聞かれ――今日は散々な一日だった。放課後には疲れきっていたので早く帰って眠ってしまいたかった。

 しかし、校門のところで”奴ら”は待ち伏せていた。五人で俺を囲うようにして連行される。


 使われなくなった廃墟同然の旧校舎――普段は誰も近づかないが、奴らはここを遊び場にしている。


「かはっ――!」


 突き飛ばされ背中を壁に強打し、一瞬呼吸ができなくなる。

 それを見てディンゴと取り巻きの四人は一斉に笑った。


「ぷはは! 潰れたカエルみてーな声だな。レターくん」


 無駄にデカい体、突き出た腹、丸い鼻と横に裂けた口。服を脱いで腰布を巻けばオークにしか見えない。これでも貴族の息子なんだから、驚くほかない。

(潰れたカエルが声を出すかよ、馬鹿)

 俺を追い詰めてご満悦のディンゴを睨む。すると、奴は顔に張り付けた嘲笑をさらに歪めて、


「なんだよレターくん。今日は生きがいいじゃないか。いつもみたいに「やめてよー」とか言わないのか? つまらないなあー。ほら、早く鳴きなよ」

「ぐはっ――」


 腹部に奴の拳が食い込む。

 吐き気を感じて体を折る。

 奴らはゲラゲラと下品に笑った。


「今日は何して遊ぼうか――家畜の調教? お勉強ごっこ? キツネ狩りってのもいいな」


 糸目の部下がディンゴの肩に手を置く。


「なあディンゴ、いいこと思いついたんだが」

「ほう?」


 二人は俺を見下ろしている。


「今朝なんだが、俺見ちまったんだよ。こいつ、女と仲良さげに話してたぜ。相手はフィラカルティの明主、ラッカー家のご令嬢だ」

「ほう、ノーム嬢か……」


 ディンゴが近寄ってくる。


「お前みたいな奴がどうしてノーム嬢とお話しできるんだ? 家畜と貴族の娘じゃ身分が違いすぎるだろ。訳を言ってみろ」

「――べつに、なんでもない」

「らしいぞ、お前ら」


 今度はゴブリンのような小男が近づいてくる。


「俺聞いたことあるぜ。こいつとノーム=ラッカーは同郷で家同士仲がいいらしい。小さい頃から仲良しだったんだよな」

「ほほう――」


 ディンゴの目が嗜虐的に光る。


「そいつは羨ましい――俺らにも彼女を紹介してくれないか?」


 俺は何も言わない。無駄だからだ。


「シカとかよ、寂しいなあ……ああ、羨ましい。

 あの長い髪の匂いを嗅いでみたい――豊満な体を撫でまわしてやりたい――ピンク色の唇はどんな味がするんだろう」


 五人はニタニタと笑う。

 奥歯がきりきりと鳴る。こめかみに力が入り、瞼に火花が散る。

 今すぐ、目の前のゴミ屑でもを殴り殺してやりたい。死んだ後も体の形が分からなくなるまで痛め尽くしてやりたい――でも俺は無力だ。何もできない。


「なあお前ら、この旧校舎に新しい仲間を迎え入れようと思う。どうだ?」


 四人の下卑た笑い声が響く。ディンゴは満足げだ。


「なあレターくん――」

「…………」

「おい聞いてんのか!」

「がっ――!」


 みぞおちに激しい痛み、呼吸困難になりむせかえる。

 ディンゴは俺の髪を掴んで引っ張り上げる。

 目の前に下種野郎の顔があった。

 殴ってやりたい――殺してやりたい――!

 そのとき、例の声が頭の中に響く。


――君に力をあげよう――


 だったら早くよこしてくれ。頼むから早く。


「彼女に手紙を出そう――ノームくんが危ないってさ」


――それをどう使おうと君の勝手だ。君が抱えている問題は、いとも簡単に解消され、さらなる欲望に気づくことだろう――


 早く……早く、早く早く早く早く早く早く早く!


「そして、お前を心配して旧校舎にやってきた健気なノーム嬢は、俺たちに酷いことをされるわけだ……フヘへへ」


――自分に正直になるんだ、レターパーケイト――


 渇きを感じる――喉が焼け付くようだ。誰か、俺に水を飲ませてくれ――いや、そんなものじゃ足りない。もっと臭くて濃いやつを俺によこしてくれ。

 さあ、早く――さあさあ……。


「あの可愛らしくて真面目そうなノーム嬢は、どんな声で鳴くんだろうな? 案外好きもので、汚されて喜んだりしてな。  ――どのみち、お前は黙ってみてるしかないんだ――ぷははは!」


 ノーム? 誰だっけ?

 頭がぼーっとして、何も考えられない。

 思考がどんどんシンプルになっていく。何もかもどうでもいい――俺に必要なのは一つだけ。

 それだけ手に入れば後は何もいらない。


――喉が渇いた――


 俺の髪を掴んでいた手を払いのける。

 バキッ――軽い音。髪がバリバリと抜けて顔に血が垂れてきた。


「は?」


 ディンゴは、今朝の蝶番のようにぷらぷら揺れる自分の腕を見て素っ頓狂な声を上げた。

 俺は立ち上がる。


「なあ、ディンゴ――喉が渇いてるんだ。なんか持ってないか?」

「……?」


 ディンゴは腰を抜かした。信じられない――という顔で俺を見上げている。

 なんだよ――別に俺は脅してるわけじゃないんだが。そう反応が薄いと寂しいじゃないか。


「て、てめえ何しやがった!」


 糸目が叫ぶ。いつの間にか捨てられていた木の椅子を持っている。

 お前でいいや、


「なあ、飲み物が欲しいんだ。頼むよ、なあ――」

「このやろ!!」


――バキッ――


 なんだよ……こんなに丁寧に頼んでるのに。

 糸目が振り下ろした椅子がバラバラに弾け飛んだ。目が片方見えなくなった。頭の半分が涼しい。顔に垂れる血の量が増えた。

 口の周りについた自分の血をペロッと舐めてみる――ううん、あんまり美味しくない。渇きは癒えない。

 糸目も腰を抜かして後ずさる。まるで化け物を見るような目で俺を見てる。

(酷いなあ……)

 新しい感情に気づく――なんだか切ない気分なのだ。

 たまらなくなって、糸目に近づいてみた。黙ってみてた残りの三人はおずおずと後退する。

(俺から離れていかないでよ……)

 糸目の膝の上に腰を下ろす。奴の体は痙攣したようにビクビクと震えていた。


「なあ、俺と一緒にいたいよな?」

「ヒ、ヒィ――!」


 手で顔を隠してしまった。なんだよ……。

 切なくい。どうしようもなく切ない。なんで”うん”って言ってくれないんだよ……。

 切なさと渇きで、俺は我慢できなくなる。

 糸目の首筋に噛みつく。


「あっ、ああ――あああああああ!」


 そんなに強くかんでないじゃん。大げさだな。

 でも、すごく美味しいよ。喉がごくごくと動く。体が蘇っていくみたいだ。

 しばらく血を飲んでから、口を離す。糸目はふらっと倒れて動かなくなった。

(ううう……切ない。足りない……)

 俺は立ち上がって、振り向く。

 目をひんむいて固まっていた三人がビクッと肩を震わす。


「逃げちゃ嫌だよ?」


 そんなことされたら俺はおかしくなってしまう。

 そうだ――逃げられないようにしよう。

 そう考えた瞬間、体が勝手に動いた。

 早すぎて自分でも何をしてるのかわからなかったけど、気づいたら三人の足は膝から下が無くなっていた。衰弱した犬みたいに低いうめき声をあげて床に転がっている。

(これで逃げられない。一緒にいられるね)

 そう思うと、少し体が暖かくなった。


「それじゃ、悪いけど飲ませてもらうね」


 血だまりの中に転がっている皆から飲み物をもらう。

 皆逃げないし、黙って飲み物をくれる。俺は嬉しくなった。


「て、てめえ――吸血鬼……!?」

「うん?」


 しまった! ディンゴのことをすっかり忘れてたよ。脂汗をかいて、関節が増えた腕を抱えている。

(そんなに怖い顔しないでよ……)

 糸目にしたみたいにディンゴの膝に座る。やっぱり震えてる。可哀想に……。


「ねえディンゴ――さっきみたいに笑いなよ。俺、君が笑ってると嬉しいんだ」

「す、すまねえ。俺が悪かった! だ、だから命だけは――命だけは勘弁してくれぇ……」


 悪い? 命? それはなに?


「違うよディンゴ……俺は君に笑ってほしいだけなんだって。ううう……どうしたら笑ってくれるかな」


 とりあえず俺を押し返そうとしてるイケない腕を叩いてみた。すると、その腕がだらんと落ちる。


「うっ――ああああああああ!」


 ディンゴは顔をしかめてしまった。涙と鼻水でめちゃくちゃだ。違う――泣いちゃだめだ。笑うんだよ。

 涙なんて俺が止めてあげるからね。

 ディンゴの眼球に両手の掌を乗せて、グッと力を入れる。


「ああああああああああ! ああ……あっああ……」


 もう涙は出ない。血は涙じゃないからね。

 でも、まだ笑ってくれないなあ。


「なんでさディンゴ……足りないの? それじゃあ足だね――」

「ま、まって……まって――許して、許し――つあああああああ!」


 足を反対に曲げてみた。

 そしたらディンゴは、


「フ、フヒ……フヒヒヒヒ――アヒャヒャヒャヒャ!

 なんだこれ、フヒヒヒヒ――俺、グチャグチャだ……アヒャヒャヒャヒャ!!!!」


 よかった……やっと笑ってくれた。

 俺は満たされた気分でディンゴの首筋に歯を立てる。

――彼の血は、ほかの四人よりも味が濃くて美味しかった。


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