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眠れない夜



「ふう――気持ちいいですねえ」

「はい。温まります」


 私たちは一人用の湯船に膝を折って浸かっています。

 ずぶ濡れになって冷え切っていた体が溶けて広がっていくようです。

 一息ついたところで、私は洗濯場での自分の振る舞いを思い出していました。

(いったい何がしたかったのでしょう……)

 

「あの、すみませんでした。私、混乱していてトンデモナイことを……」


 トローンとしていたマローダさんがキョトンと私を見ます。そして、気まずそうに目をそらして言います。


「か、かなり困りました。けど! 楽しかったです」


 彼女はやはり百面相です。笑って、落ち込んで――しかし、最終的に笑顔になりました。

 私の奇行は結果的に良い結果を招いたようです。よかった……。


「あ、あの、一つ聞いていいですか?」


 マローダさんはぎこちない様子です。質問することに慣れていないのでしょう。

 私は「もちろん」と首肯します。

 すると、彼女はとんでもないことを聞いてきました。


「マローダさんはコイド様のことが好きなんですよね?」

「ひゃ――?」


 変な声が出ました。


「な、なな、なぜそう思ったのですか」

「なんとなくペトリさんを見ていたら、そうなのかな――と」


 な、なんとなく? なんとなくで分かってしまうほど私は分かりやすいのでしょうか。

 のぼせそうになり、私は浴槽から出て座椅子に座り、火照りを冷まします。


「好きというか、なんというか――複雑な関係でして……」

「付き合ってるんですか?」

「い、いえ――そういうわけでは」

「そうですか。それなら、遠慮する必要はありませんね!」


 マローダさんは体の前で握った拳に力を籠めます。


「遠慮? ――なんの話ですか?」

「実はわたし、コイド様に助けてもらったんです。なので、恩返しをしようと思いまして――もしペトリさんがコイド様とお付き合いしている関係なら、邪魔しないよう大人しくしているつもりでしたが、違うということで、今夜あたり実行に移そうかと」


 そういう事情があったんですね。コイドくんが彼女を助けた――どういう経緯があったのでしょう。気にはなりますが、今はそれどころではありません。

 なにか嫌な予感がします。


「その”お礼”というのは――?」

「奴隷だった頃、同じ屋敷にいたおねーさんから教えてもらった方法です。なんでも”こうすれば男は絶対喜ぶ”らしいです」


 これは……まずい展開ではないでしょうか。



 *



「やあ、ご苦労さん」

「り、リード会長」


 遺跡の入り口でボーっと立っていたエイモスが背筋を伸ばす。

 地下へ続く階段を登ってきたリードは、石柱の台座に腰を下ろす。


「いやはや、疲れた。肉体労働は苦手だ」

「あの、調査の方は?」

「粗方終わりだ。皆じきに遺跡から出てくるだろう」

「そうですか――」


 エイモスはチラチラとリードの方を見ている。

 

「中の状況が気になるかね?」

「い、いや。 ……気になります」


 リードは立ち上がり背伸びをしてから、ぽつぽつと話し出す。


「結果から言えば”ダンジョンは何者かによって攻略されていた”ことになる。

 守護獣は一匹もいなかった。戦った形跡や何かが乗っていたと思われる台座が見つかったが、それだけだった。伽藍とした地下空洞が続いているだけだよ、ここは。

 最初から守護獣など存在しなかった。誰かがとっくに攻略していて、なぜかゴーレムだけ残っていた。ダンジョンが解放されてから、昨日までの間に何者かが攻略した。

 可能性はいくつか考えられるが、しかし、どれが正しいかは分からない。もっとも、真実を知ったとして、大した意味はないがね」


 エイモスが胸を撫で下ろす。

 成果を上げるため、ダンジョンは格好の稼ぎ場だったが、大した戦闘能力を持たない彼にとっては気の重い話だったのだ。


「それと――最深部の部屋には、宝と思われるものが残っていたよ。不思議な話だ。ダンジョンを攻略した人間は、なぜ宝を残していったのか。なんのためにダンジョンを攻略したのか――まったく不可解だ」

「宝とは、どんなものだったんですか?」

「掌に乗る大きさの箱だ。学園に持ち帰って調べる予定だから今はそれしか分からん。しかし、御大層な祭壇に置かれていたのだから、なにか曰くのあるものなんだろうよ。

 それと、宝の話は他言無用で頼む。余計な混乱は避けたいからな」

「はい」


 数日前、この遺跡は戦場になりかけていた。解放された遺跡を巡っての争いだった。リードの言う”余計な混乱”とは、その争いを踏まえた言葉だったのだろう。

 

「そういえばエイモスくん、今朝頼んどいたことは、やってくれたかね」

「はい。コイドの寮に彼女を送り届けました。しかし、本当によかったんでしょうか?」


 リードが首を傾げる。


「と言うと?」


 エイモスはやれやれと頭を振りながら言う。


「コイドという男は変な奴です。大切なダンジョン関係者であるマローダを預けて、もし何かあった場合――」

「コイドくんの立場がない、と?」

「へ? ――い、いや。俺はマローダを心配しているんですよ」

「そうかい? コイドくんを心配しているように見えたけど」

「からかわんでください……」


 リードは「はは、冗談さ」と真顔で言った。


「ぼくの見立てでは、彼は信用できる人物だ。まあ、心配ないだろう。

 それに、マローダくんは複雑な過去を持っていてね。誰にも心を開こうとせず、ロクに口もきかないんだ。軟禁しているようで、心が痛むのさ」

「それで、コイドに会せたと?」

「ああ、コイドくんの話題にだけは反応を見せるからね。良い方に転べばいいが」



 *



「ふわあ……なんか疲れた」


 背もたれを倒したソファにゴロンと仰向けに寝転がり、小井戸はぼやく。

 今日彼は大したことをしていない。

 改めてエイモスをマーケットに誘おうと早起きして支度をしたところで、エイモスがマローダを連れてやってきた。明日まで預かってくれ、俺は遺跡の調査に出かける――そう言われた。

 そこから気を使いっぱなしである。

 マローダとは何を話せばいいかわからないし、ペトリとは元々気まずい。

 あたふたしているうちに、もう夜だ。

 なぜかびしょ濡れで洗濯から帰ってきた二人はもうすぐ風呂から出てくるだろう。そう思うと少し気が重かった。

 

 暗い部屋の中で寝転がっているうちに、彼は眠りこけてしまっていた。

 

「あ、あの――コイド様」


 緊張した少女の声で、うっすら意識が戻る。


「ん――マローダ?」

「そんな恰好で寝たら風邪をひきます。布団をかけますね」

「ああ――悪いね」


 体に乗せられた僅かな重さと、柔らかい感触、お日様の匂い。半覚せい状態で布団の感触を堪能していると、話し声が耳に入ってくる。


”本当にやるんですか?”

”はい、わたしはやります”

”うう……”


 なんの話をしているんだろう――と、小井戸がぼんやり考えていると、


「では、失礼しますね」

「わ、私も――」


 という声とともに、ソファが沈む。

 そして、体の左右に、柔らかくて暖かいものが当たる。

 ここで、ようやく彼の意識が完全に覚醒する。


「な、なにしてるの!?」


 首を起こして確認する。

 二人の少女は、小井戸を抱き枕のようにして寄り添っていた。右側にマローダ、左側にペトリ――肩に頭を乗せ、足を絡めて抱き着いている。

 マローダは、その体制のまま小さな声で、


「コイド様――私を助けてくれて、ありがとうございます。あの日のことを私は一生忘れません。これはせめてものお礼です」

「え、ええ?」

「では、おやすみなさい」


 マローダは欠伸を一つして、直後に寝息を立て始めた。


「ま、マローダさん?」

「寝ちゃったみたいだ」

「な、なんと……」

「ペトリさん、説明してくれる? これはどういう状況なの?」

「えっと……」


 ペトリは自分の勘違いに気づいていた。

 マローダが教えてもらったというお礼の方法――男のベッドに忍び込め――というのは、つまり”そういうこと”だと彼女は思ったのだ。きっと、教えた側もそういう意味で言ったのだろう。

 しかし、マローダは子供である。”添い寝する”ことがお礼になると勘違いしていた。それが、今発覚したのだ。

 てっきり”そういうこと”をするのだと思ったペトリは、黙って見過ごすことができなかった。

 本当はマローダを止めたかったが、彼女は真剣そのもの。止めたら気の毒だ、とペトリは思ってしまった。

 だから、自分もやることに決めたのだった。断腸の思いである。

(ど、どうしましょう。困りました)

 訳を説明したらどうなるか――それは、すなわちペトリが”そういうこと”を望んでいた。という事実が浮かび上がってしまう。

 口が裂けても言えない。

 困り果てたペトリは、


「スゥ――スゥ――」


 寝息を立て始めた。もちろん狸寝入りである。


「どうしよ……」


 小井戸は朝まで、その言葉を頭の中で反芻することになる。両側から体を抱えられているので逃げることができず、柔らかい感触や鼻孔をくすぐるいい匂いなどで眠ることもできない。高鳴る鼓動を感じながら天井を見つめ続けるしかない。

 


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