学生寮の休日
私、ペトリ=テレネジーは、ふと思い立ちマーケットへ足を延ばしました。今日は休日、天気も良かったので買い物でもしようかしら――という、気まぐれなお出かけです。
マーケットはたいへん賑わっていました。私は人の波に紛れてふらりふらりと宛もなく彷徨い、気になったお店に入り、いろいろなものを見て回りました。結局なにも買わずじまいでしたが、それなりに楽しい時間を過ごすことができました。
お日様が真上に上った頃、見たいお店もなくなってきたので私は帰ることにしました。
無計画に歩を進めていたせいか、その時私は、お屋敷とは随分離れた場所にいました。さて、どう帰ろうか――と、頭の中で道順を組み立てます。
――その時でした、
私はある事実に気が付いてしまいました。そして、それに付随するように在らぬ考えが泡沫のように浮かんでは消えて行きます。
もう居ても立ってもいられません。私は全く悩みませんでした。躊躇はありましたが……。
屋号を確認しながら住宅街を歩くと、目的地である木造二階建ての学生寮はすぐに見つかりました。連絡用の生徒名簿が確かなら、コイドくんはこの寮に住んでいるはずです。
そう――私が気づいた事実というのは、コイドくんの家が近くにあるということでした。
といって、深い意味はありません。偶然にも寮の近くを通りかかり、たまたま寮の屋号と部屋番号を覚えていたというだけの話――このところ会話する機会がなくて寂しいだとか、あの夜以来進展がなくてモヤモヤするだとか、そんな個人的な感情は一切ありません。見知った学友としての気軽で気まぐれな訪問です。
ドアをノックすると、なぜか学生服を着たコイドくんが現れました。
ごきげんよう――私は貴族の娘然とした優雅な挨拶をします。声が震えて引きつっていた気もしますが、おそらく気のせいでしょう。
コイドくんは驚いていました。なぜ居るのかと聞かれたので、ここに至る経緯を説明しました。勘違いされたら嫌なので”たまたま”や”偶然”という単語をしきりに織り交ぜておきました。これだけ強調しておけば分かってもらえたでしょう。
いいところに来てくれた、さあ入ってくれ――と、コイドくんは私の来訪を喜んでいるようでした。よく考えれば”いいところに来てくれた”というのは不可解な言い回しですが、その時の私は浮かれて……もとい、客として粗相がないようにと気を遣っていたので、気づきませんでした。
もっとも、その直後に発言の真意に気付くことになるのですが……。
*
コイドくんの自宅である学生寮は木目丸出しの簡素な外観です。しかし、部屋自体は中々に上等なものでした。キッチンと一体化した広めなリビング――中央には大人数でも囲めるような大きな座卓が置かれています。そして、左右の壁には一つずつドアがあり、どうやらリビングとは別に二部屋もあるようです。座卓といい、部屋といい、一人で住むには大げさすぎる気がします。
ですから、リビングに案内され、机の前に座る”少女”を見たとき、私は彼女を”コイドくんの同居者”かな――と思いました。
――そうなのです。コイドくんの部屋に女の子がいたのです。
白いシンプルなワンピースを着た長いブロンド髪の女の子です。素朴で儚げな美貌に目が行きますが、よく見れば、痩せすぎていて不健康に白い肌をしています。年は十歳前後といったところでしょうか。
そんな年端も行かない少女が、うつむき加減で座っているのです。
状況が呑み込めずポカンとしていると、コイドくんが耳打ちしてきました。
女の子の名前はマローダ――事情があって一日預かることになったそうです。コイドくんは年下の女の子とどう接していいか分からず困っていたらしく、私を頼ってきました。
私が来たこと自体を喜んでくれていた訳ではなかった……少し残念でしたが、しかし、頼ってくれること自体は嬉しい。複雑な気分でした。
*
「……」
「……」
「……」
三人で机を囲んで座ってみたのですが、会話が始まりません。コイドくんは目が泳いでいます。マローダさんは俯いたままです。
私は少し息苦しくなってきました。何とか、話題を見つけて場を和ませなければ――そう思い、取っ掛かりを探して部屋の中を見回してみます。
と、なんとなくキッチンに目が留まりました。
私の頭に妙案が浮かびます。
「コイドくん、お腹空いてませんか?」
問いかけるとコイドくんはキョトンとして私を見ました。
「え? べつに――」
「昼食というには微妙なタイミングですが、夕飯までは時間があります。これから何か食べましょう」
「い、いやだから――」
「コイドくん! お腹空きましたよね?」
「あの――」
「ね!?」
「……はい」
強引なやり口で申し訳ないとは思いますが、背に腹は代えられません。
「ということで、キッチンお借りしますね」
「ペトリさんが作ってくれるの?」
「はい、任せてください。実は料理得意なんです。ということで――」
私は、なるべく柔らかい笑顔でマローダさんに向き直ります。
「マローダさんも一緒に料理しましょう!」
彼女は物静かな性格のようですが、一緒に料理をするとなれば、喋らない訳にはいかないでしょう。料理は会話を生む切っ掛けになるのでは――と思い、私は強行策に出たのでした。
マローダさんは、顔をあげて私を見ています。戸惑っているようです。もうひと押し。
「どうですか? コイドくんに美味しいお料理を出してあげましょうよ」
自分でも理由はわかりませんが”コイドくんのために”みたいな言い方をしてしまいました。彼女とコイドさんの関係はよく分からないので、この煽り方は失敗だったかも――と一瞬、身構えましたが、どうやら効果はあったみたいです。
マローダさんが初めて喋りました。
「こ、コイド様は――わたしなんかが作った料理を食べてくれますか?」
コイド”様”? 二人はどういったご関係で……いやいや、今は気にしてる場合じゃありません。マローダさんは随分と自分を卑下した言い方をしました。なにか訳があるのでしょうか。
私が邪推していると、コイドくんが喜々とした表情で言います。
「もちろん食べるよ! 俺、料理できないから最近ロクなもの食べてないんだよね。マローダが作ってくれるならいくらでも食べちゃう! 楽しみだなあ」
「そ、そうですか――」
マローダさんは一瞬嬉しそうな顔になりました――しかし、すぐに眉間にしわを寄せて俯いてしまいます。なぜでしょう。彼女は感情を見せることを嫌っているように見えます。やはり訳がありそうです――料理をしながらそれとなく探ってみましょう。
それはそうと――
「コイドくん、私も料理するんですけど」
コイドくんが「あっ――」と言いかけて、手で口を塞ぎました。
「もちろんペトリさんの料理も楽しみだよ!」
「そ、そうですか――」
私が言わせたようなものですが、そう言われると、何やら頬が熱くなります。
火照った頬を掌で冷ましながら、なんとなくマローダさんの方に視線を動かすと、一瞬目が合いました。私のことを見ていたようです。なぜでしょう?




