ダンジョン攻略終わりました
魔法道具を使えるようになった小井戸のダンジョン攻略は、恐ろしく捗っていた。
――ポンっ――
煙が晴れると、深緑色のトカゲが現れた。
「よし、第二層もクリアだね。楽勝楽勝」
『よく言うぜ、敵が飛ばしてきた木の実に当たってたら、おそらくヤバかったぜ?』
「そうなの? ま、まあ結果オーライってことで」
『いつか足元すくわれるぞ』
気の抜けた様子で魔法人格と会話する小井戸の足元から声が聞こえる。
「おい人間、なに一人でしゃべってんだ。キモイんだよ死ね」
「…………ひょっとして君が喋ってるの?」
「他に誰がいるんだよ。目が悪いんじゃねーの? いや、悪いのはおつむの方か。バカそうな顔してるもんな」
小井戸が絶句する。
つぶらな瞳で可愛らしい見た目のトカゲから、信じられないほど汚い言葉が次々と出てくる。
「おいゴミ屑野郎、目障りだから消えろ。オレは人間が大っ嫌いなんだよ」
「早く宝石に戻ってくれないかな……」
「やなこった! とっとと失せなビチ糞」
「き、君ねえ……頼むから言うこと聞いてくれよ。先に進めないと困るんだよ」
「へっ! そんなら、なおさら言うことなんて聞けねーな。ファ○ク!」
小井戸は頭を抱えた。
すると、突然上着のポケットが膨らみ、中から小さな嘴が飛び出した。
「お?」
「だちてぇ」
「はいはい。どうしたの? 寝てたんじゃないの」
「うるさくって目が覚めちゃったのよ。もう頭来ちゃった!」
ヒヨコを出してやると、ピョコピョコ跳ねてトカゲのほうに向かっていく。
「ちょ、ちょっと、やめといたほうが――」
「あたちに任せといて。ひとこと言ってやんなきゃ気が済まないわ」
赤いヒヨコと緑のトカゲが対峙する。一見微笑ましい風情だ。
「ちょっとアンタ、なに粋がってんのよ。キャンキャン喚いて、雑魚丸出しなんだけど?」
トカゲはどんな汚い言葉で切り返すのか――小井戸は怖れと若干の期待が混じった目でトカゲの言葉を待った。
しかし、
「う、うるせえな……ピーピーと」
小井戸は、あれ? と首を傾げた。随分キレが悪い。
「なによ、ヒヨコがピーピー言っちゃいけないっての? うるさいのはアンタの方よ。せっかく気持ちよく寝てたのに台無しよ!」
ヒヨコが一歩前進すると、トカゲは二歩後退する。
「う、うるせえ糞アマ」
「さっきから糞糞ってそれしか言えないわけ? アンタ馬鹿なんじゃないの」
「ば、馬鹿って言ったほうが馬鹿だ!」
「それは馬鹿のいうセリフよ。馬鹿!」
「う、うう……」
じりじりと後退していたトカゲが緑色の宝石に変わる。
(あ、言い負けた)
それを見たヒヨコも「ふんっ」と鼻を鳴らして宝石に戻る。
小井戸は二つの宝石を拾い集めながら呟く。
「トカゲくんは尻に敷かれるタイプかな?」
『それもあるかもしれねーが、近づかれるのを嫌がってたように見えたぜ?』
「――というと?」
『ヒヨコは火、トカゲは木――ほら、ゲームとかでよくあるだろ』
「――ああ、属性相性的な?」
『化け物にも色々あるんだろうなあ』
「……なんだか切ないね」
*
第三層――、
――ポンっ――
今度は、水色の亀が現れた。
「ワシの名は霊亀――あなたのお名前は?」
「古井戸浩平と申します」
「そうですか。コイドさんとお呼びしてよろしいですか」
「はい、どうぞ」
小井戸はまたしても面食らっていた。先ほどのトカゲとは打って変わって、今度は丁寧すぎる。未来を奪われたとはいえ、とてもじゃないがダンジョンを守る獣とは思えない。もっとも、それを言ったらヒヨコとトカゲも同じだが。
「ワシの意識は長いこと封じられていたようです。ああ、なんと口惜しい――世の成り行きを観察し、知識を友として生きてきたというのに、ぽっかり大きな穴が開いてしまったようです。
すみませんがコイドさん、この老いぼれに歴史を教えてくれませんか。それがワシの生きる糧なのです。どうかどうか――」
「生憎だけど、俺、この世界の歴史はよく知らないんだ。ごめんね」
「そ、そんな……」
「ああ、でも、時間ができたら図書館にでも連れてってあげるから、それでどう? それまで少し待っててくれない、かな?」
カメは甲羅に手足を引っ込め、首をゆっくり上下に動かした。
「ワシは亀――待つことは得意です。コイドさん、ありがとう。ぜひ、その図書館というところに連れて行ってくださいね」
カメが宝石に変わる。
「今回はおとなしかったね」
『亀だからな』
*
――ポンっ――
第四層――今度は、白い子猫が現れた。
後ろ足をたたみ、前足で耳の後ろを撫でている。
「あ、あの――こんにちは」
小井戸が恐る恐る話しかけると、白猫はてくてく近づいてきて、招き猫のように片手を上げた。
「はい、手を出して」
「は、はあ――」
言われた通り、掌を上に向けて手を差し出す。
すると、白猫はその掌に上げていた手を乗せた。
「つまり、そういうことだよね」
「え……?」
「あの男は彼の罪、そのものだったの。だから、あの男が生きることをやめた瞬間、彼の罪も許されたということ」
「……あの」
猫が乳白色の宝石に変わる。
小井戸はポカンとして、
「ねえ、ラプラス――」
『やめろ考えるな。好奇心は何とやら――と言うだろ』
「うん……」
*
第五層――ポンっ――
最終層の守護獣は蛇の姿になった。細くしなやかな体に金色の鱗を蓄えた美しい蛇だ。
頭をもたげ、舌を振動させている。
「き、貴様! この黄竜に歯向かうつもりか――私はまだ負けていない。さあ、かかってくるがいい」
小井戸は単純に蛇が怖かったので、近づけないでいた。
「ねえ、今までの獣とはノリが違うんだけど……触ったのに戦ってた時の記憶が消えてないみたいだよ?」
『よく分からないが、そういう能力を持ってんじゃねーの』
「そんなテキトーな……」
『まあ、なんにせよやることは一緒だろ。話し合うなり、とっちめるなり、早いとこ宝石に戻しちまえよ』
「そう言われてもなあ」
シャーッと威嚇音を出す蛇。
小井戸は鳥肌が立つのを感じていた。
「おれ、柔らかくてぬるぬるした生き物苦手なんだよ……蛇とかナメクジとか」
「貴様! 聞こえたぞ――この私をナメクジなどと同列に扱いおって……許さん!」
蛇が地面を蛇行するように移動し小井戸に迫る。
「ヒィ――こ、来ないで」
「覚悟しろ人間!」
と、その時――小井戸のポケットから、緑色の小さなものが飛び出す。第二層の守護獣、蒼竜が変化したトカゲだ。
それを見て、蛇は動きを止める。
「お前は、第二層の――そうか、無事であったか」
どうやら守護獣同士で、仲間意識があるらしく、トカゲの生存を喜んでいるようだった。
しかし、トカゲはそうでもなかった。
「おい、蛇――てめえの名前は何だ」
「――? 何を言っている。私の名は黄竜だ、知っているだろう」
「それじゃあ、俺の名前はなんだ? 言ってみろ」
「何が言いたいんだ。自分の名前を忘れたのか?」
「うるせえ! 行ってみろつってんだよ」
「……蒼竜だろう」
「お前も竜、俺も竜――――キャラ被ってんだよ!!」
「なっ――」
蛇は小井戸にも分かるくらい動揺していた。置物になってしまったかのように、固まっている。
トカゲはさらに畳みかける。
「鳥、竜、亀、虎ときて何でまた竜なんだよ! バランスっつうものを考えろボケ。ラスボスとキャラ被りして、影薄くなんのはオレの方なんだぞ、ああ? てめえは俺の気持ち考えたことあんのか? この糞爬虫類」
「わ、私はお前の身を案じて――」
「んなこたーどーでもいいんだよ。オレはてめえが気に食わねーつってんだ」
「しかし、でも――」
「ああん? はっきり喋りやがれ。ほらどうした――オレに何か言うことはあるか?」
蛇はよろよろと緩慢な動きで蜷局を巻き、その中心に頭を埋めた。その姿を人間で例えれば、部屋の隅で膝を抱えるような仕草だった。
「ううう……私悪くないもん……被りたくて被ったわけじゃないもん」
「ああん?」
「……ううう……ごめんなさい!」
やけっぱちな謝罪の言葉を残して蛇は金色の宝石に変わった。
「へっ、おとといきやがれ」
トカゲもまた宝石に戻った。
「なんかさ――切ない気持ちになったよ」
『奇遇だな。俺もだ』
――こうして、小井戸浩平は反則級の力をもってダンジョンを制覇した。




