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加速のジャネーと操舵のカルテジアン

 ダンジョンの守護獣――朱鳥アカミトリが再び燃え上がり消滅する。

 そして次の瞬間、巨鳥はコイドの真上の空間に現れた。灰色の煙を上げる火の玉となり、爆撃機から投下された爆弾のように、小井戸の頭上に真っすぐ降り注ぐ。

 朱鳥の姿が消えた直後、別の場所に瞬間移動することを学習していた小井戸は、なんとか反応することができていた。

 朱鳥の出現にいち早く気づき真上を見上げ、それと同時に両手の指先から魔力を放出し二本のテーブルナイフへ魔力を供給する。刀身に彫られた模様が淡い赤色の光を発する。

 その瞬間――小井戸が見上げていた朱鳥が上空で完全に静止した。体に纏った炎すら揺らいだままピクリとも動かない。

 一方、小井戸自身も身動きが取れなくなっていた。手足どころが、口や眼球まで全く動かない。全てが凍り付いてしまった無音の世界に取り残されたような気分だった。

(ど、どうなってるんだ――?)

 小井戸が唖然としていると、彼の頭の中で声が響く。それは魔法名が作り出す人格であるラプラスとは違うもののようだった。


『ジャネー&カルテジアン――正常に起動されました。前回起動より約五百二十一年経過――インターフェースを現時代に合わせて修正――完了――所有者データの変更を確認――記憶データより識別名を把握――インターフェイスを再調整――完了――以上でジャネー&カルテジアン、スタートアッププログラムを終了します』


 機械のように抑揚のない声が一度途切れ、またすぐに話し出す――その時には全く違う声色になっていた。


『初めまして。わたしはジャネー&カルテジアンのインターフェースです。これからよろしくお願いしますね』


 突然可愛らしい少女のような声に変り、面食らうが、小井戸も声に出さず頭の中で言葉を念じる。


(え、ええと……インターフェースって――どういうこと?)

『そうですね、面白おかしく言い換えれば”ナイフの精霊”という感じですかね。なんとなくふわーっと捉えてください』

(は、はあ)

『さてさて、それでは説明を始めましょう。五百年ぶりなので私、頑張っちゃいますよ!

 ということで――ジャネー&カルテジアンは一本だけでも強力な能力を持っています。

 まず、加速のジャネー。右手に持っている方ですね。これは、利用者の体感時間を超加速させることができます』

(体感時間?)

『よく、お年寄りの方が”歳を取ると一年が恐ろしく早く感じる”なんて言いますよね。要するにそういうことです』

(ちょっとよく分かんないんだけ――)

『今現在、時間が止まっているように感じるのがジャネーの能力だと考えてください。細かいことは気にしちゃだめです! 浩平君は、あまりSFのマインドをお持ちでないので、説明するのが面倒です』

(浩平君って……つか、面倒ってなんだよ!)

『さて、じゃんじゃん行きましょう。次に、操舵のカルテジアン――簡単に言ってしまえば”自分の体を正確にコントロールする能力”を持っています。どんなに運動音痴でも身体能力を最大限まで引き出すことができる便利アイテムですね。さらにさらに、カルテジアンの優れているところは、先行入力が可能という点です』

(先行入力?)

『はい。例えば”誰かが手をたたいた瞬間盆踊りを始める”と入力しておけば、意識とは関係なく、そのようになります。どうです? すごいでしょ!』

(それってすごいの?)

『……さては浩平君、ゆとり世代ですね?』

(小学校低学年までは土曜に学校あったもん……)

『ほほお、半ゆとりですか、これまた扱いがムズカシイ――まあ、そんなことはいいんです、リップサービスです。

 ところで、浩平君はゲーム好きですか?』

(――まあそこそこ?)

『では、スキルアクションと言ったらピンときますか?』

(スキルアクション? ……うーん、ボタンを押したら技が出るみたいな?)

『そうです! まさしくそれです! ジャネー&カルテジアンの合わせ技を使えば、スキルアクションのようなことができるんです。実際にやってみましょう。

 まず、自分が今どんなポーズなのかイメージしてください。そして、地面や障害物などのオブジェクトをなるべく把握してください。最後に、敵――今回は鳥さんですね、どこにいて、どう動くのか、それを可能な限り予想するんです』

(うーん……俺は上を向いて半腰で立ってる。地面は平らで障害物は無い。敵は真上にいて、真っすぐ落ちてくる――こんな感じ?)

『大変けっこうです。では、次にスキル起動の起点と、アクションの詳細を決めましょう。

 まず起点ですが、今回は分かりやすく”ジャネーが停止した瞬間”にしましょう。要するに、体が動くようになった瞬間、アクションを開始するというコマンドです。ここまでいいです?』

(な、なんとか!)

『では、肝心なアクションの内容です。浩平君の勝利条件は、なるべく攻撃を食らわないように鳥さんにタッチすることです。そのためにはどう動くべきか――考えてみてください』

(――そうだなあ……まず、避けないと大変なことになるから――前に飛んで避けるかな。それが一番楽そうだ)

『いいですいいです。その調子です』

(そしたら――うまいこと受け身をとって、勢いを殺さないまま切り返して鳥に飛びかかる! みたいな?)

『上出来です。飛び退いて地面に着地した瞬間、体勢を整えるためでんぐり返し、回転の勢いを利用し地面を蹴って、敵に襲い掛かる――というかんじのイメージが伝わってきました』

(分かるの?)

『はい。なにせナイフの精霊ですから。

 あるきっかけで、決まった動きを正確に発動する――これがスキルアクションです。

 詳細な設定や補正は私のほうで済ませたので、上手くいくと思いますよ。やってみましょう!』

(本当に大丈夫かな……俺、あんまり死にたくないんだけど)

『私を信じてください――というより、私を作り出した初代魔法王スターウェイ=ランキャスターを信じるのです』

(分かった。やってみようか)

『はい! では、覚悟を決めて右手のジャネーに供給している魔力をストップしてください。といっても、浩平君の意思とは関係なく動くので、気楽にどうぞ』

(うん――――いくよ)



 *



「朱鳥は赤い羽根を持つ鳥の姿で文献に描かれている。キーワードは破壊と再生――これだけでは、どのような動きをするのか分からないが文献を信じるならば、完全に倒すことはできないかもしれない。捕獲や誘導などの手段を用意するのが得策だろう」


 自治会の面々は、リードの話に相槌を打ったり、メモをとったりと静かに聞いていた。


「その場合”おとり”の役はぼくがやろう――”とり”だけにな」


――ピキッ――


 会議室に緊張が走る――上司であり、身分も高いリードがギャグを言った……笑わなければ。

 しかし、あまりにもつまらない。笑おうにも、顔が引きつってしまい上手くいかない。どうすれば……どうすればこの場を乗り切ることができるのか。

 シンと静まり返り、皆がダラダラと脂汗を流す中、視線がゴウに集まる。なんとかしてくれ――助けてくれ――という切迫した視線を受けて、ゴウが口を開く。


「つまらん」

「そうかな? 会心の出来だったのだが――」


 オチた!

 皆の顔から緊張が消えていく。



 *


「うおっ熱っち! 熱っちいい!! ふぅ――ふぅ――ふぅ――――」


 小井戸が右の拳に引火した炎を涙目になりながら吹き消す。火傷を負ったが、それもすぐに完治するだろう。

 ジャネー&カルテジアンを使ったスキルアクション作戦は成功していた。飛来する朱鳥をすんでのところで躱し、切り返し攻撃――というには些細な反撃だが、ナイフを握ったままの拳で地面に衝突する寸前の朱鳥の羽先に触れたのだ。

 その瞬間――ポンッ――と例の破裂音が轟き、朱鳥が煙に包まれる。

 そして、煙の中から小さなシルエットが出てきた。


「カラーヒヨコ?」

『カラーヒヨコだな』


 ぴょこぴょこと飛び跳ねる赤く小さな生物は、まさしくヒヨコだった。縦横無尽に空を飛び、コイドに襲い掛かった優雅で禍々しい姿の面影はどこにもない。

――ぴょこぴょこ――

 ヒヨコが小井戸の存在に気づき、近づいてくる。そして、


「ねえねえ、あんた食べ物持ってない?」


 話しかけてきた。舌足らずで甲高い声だった。


「しゃ、しゃべった!」

「馬鹿にすんじゃないわよ。あたちを誰だと思ってんのよ」

「誰なの?」

「泣く子も黙る炎の不死鳥、朱鳥アカミトリ様よ!」

「そ、そうですか」

「――食べ物は?」

「ああ――」


 小井戸がズボンのポケットを探すと、袋に入ったパンの食べ残しが出てきた。


『なんで都合よく持ってんだよ』

「昼休みに食べ残したのを忘れてた。食事どころじゃなくってさ」

「ちょうだい。あたちにちょうだいよ」


 ヒヨコがピョンピョン飛び跳ねる。


「はいはい」


 細かく千切ったパンを掌に乗せ差し出す。

 するとヒヨコはせわしなくパンをついばみ、次々飲み込んでいく。そして、すべてのパンを食べ終わると、小井戸の顔をチラッと見てから、手の上に飛び乗った。


「お? どうしたの?」


 軽くてフワフワした感触を感じつつ、小井戸が首を傾げる。


「あんたいいやつっぽいから、あたちの家来にしてあげるわ。有り難く思いなさい」

「偉そうだなぁ……」

「偉いのよ。お腹いっぱいで眠くなっちゃったから寝るわね。ふわわわ……お休みぃ」


 ヒヨコの瞼が落ち、首がガクンと傾く。どうやら眠ったようだ。と、その瞬間、すり替え手品のようにヒヨコが深紅の宝石に変わった。


「最初の状態に戻ったのかな?」

『みたいだな。攻略完了――ってことじゃないか』

「おお、やった!」

『さあ次行こうぜ。早くしねーと楽しい楽しい休日が始まっちまうぞ』

「そうだね。行こう――」


 宝石をポケットにしまい、歩き出す。


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