ダンジョン攻略始めました
学園専属の庭師が造る中庭は、どこもかしこも豪勢なルドラカンド学園の中でも、かなりの人気スポットである。昼休みともなれば生徒であふれかえるのが常だ。
中でも、背の高い植物の間を縫うように設置されたベンチは雰囲気満点であり、カップルに絶大な人気を誇る。そこで告白をすれば必ず成功し、その愛は永遠に続く――将来国を背負うことになる権力者の子供たちの間ですら、そんな都市伝説が流行るほど、中庭のベンチは特別な場所なのだった。
「ねえねえエイモスくん、明日休みだよね?」
「ん? まあ、学校は休みだな」
そんな伝説のベンチの一つを占有して通行人から白い目を向けられる二人――古井戸浩平とエイモスは、仲良く並んで購買部のパンをかじっていた。
「あのさエイモスくん、友達といえば休みの日に一緒に遊んだりするものだよね?」
目を輝かせる古井戸。
「……何が言いたいんだ」
「あ、あのさ――その、ええと……い、一緒にマーケットに行こうよ!」
「…………」
決死の覚悟で愛の告白をする少女のように顔を赤くしてモジモジしている彼を見てエイモスは若干引いていた。
「どうでもいいが、お前、友達との距離感間違ってないか? 時々怖いぞ」
「そうかな? ――そんなことより、マーケット行こうよ。いいでしょ、休みなんだからさあ」
エイモスはパンを一口かじり、それを咀嚼し終わってから言う。
「一緒に出掛けること自体はいいが、しかし明日はダメだ。自治部で仕事がある」
「ヤダ!」
「お、お前な――ヤダってなんだよ」
「ううう……仕事って何なのさ」
「例の遺跡あったろ、所有権争いが変な方向に転んで所有国が有耶無耶になり、結局、どの公爵領地にも属す特殊な立ち位置にあるルドラカンド学園に一任されたんだ。
それで、遺跡ダンジョンの攻略が明日から始まるってわけだ」
古井戸の口がへの字にひん曲がる。
「俺と自治部の仕事――どっちが大事なの!?」
「自治部に決まってるだろ」
「な、なな、泣くぞ!?」
「なんでだよ……」
エイモスは残りのパンを口に放り込み、立ち上がった。
「エイモスくん?」
「放課後にダンジョン攻略のミーティングがある。下っ端の俺は会場準備の仕事を任されているんだ。そろそろ行く」
「そっか……」
シュンと肩を落とす古井戸。エイモスはやれやれと頭を振って、
「すまんなコイド。ダンジョン攻略が終わったら遊びに行こう。絶対だ、な?」
「うん――仕事頑張ってね」
「ああ」
――エイモスが居なくなった後、古井戸は時々パンをかじりながらボーっと座っていた。
やがて、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴ったとき、彼はすくっと立ち上がり、
「やっぱり遊びに行きたい!」
拳を握り締めた。
*
放課後――学園内で一番広い会議室に五十人からなる自治会メンバーが集った。そこには、自治部の会長であるフィラカルティのリード=ティラムントや、ローブアインのロカ=エルサンドラールなど、国を率いる五大公爵家の人間も顔を見せている。近い未来この集まりが、そのまま社交界になるのだ。
メンバーの中で最も幼い容姿をした、白銀の髪の少年――リード=ティラムントが立ち上がり、皆が座る長机の前に立つ。そして、一通り面々を眺めてから切り出す。
「面倒な前置きは無しにしよう。早速本題に入る。
文献や伝承から推察するに、ダンジョンは五層に分かれており、それぞれ強大な力を持つ獣が守護している。獣を倒し最深部へ到達することが、即ち今回の攻略である。
以上――質問はあるか」
会議室がシンと静まり返った。皆俯いて黙っているが、それは納得しているというより「ツッコみたいけど、立場的に……」という、思慮から来る沈黙だった。
「無いようだな。では、これで会議を――」
「おいリード、お前はそろそろ”空気を読む”ということを覚えたらどうだ。皆困っているだろう」
呆れ気味に言ったのは、メガネをかけた細身の男だった。肌が白く、いかにもインドアな印象だが、目つきが妙に鋭く、繊細そうな印象がある。
リードを呼び捨てにするなど、教師ですら躊躇するというのに、メガネの男は気安かった。
それもそのはずである――男の名はゴウ=ハーディライト。将来カタードス公爵の名を継ぐ男であり、リードと同等の権力を持っているのだ。
「空気を読む? どういうことだゴウ――何か不足があったか?」
「あったか? だぁ? 俺は皆の気持ちを考えろと言うとるんだ。
いいか、門番のゴーレムですら倒すことができず何年も放置されてたんだぞ? だというのに、さらに奥へ進みゴーレムより強いかもしれない敵と戦えと、お前はそう言ってるんだぞ。
手柄のためとはいえ、そんな危険な任務に「はいそうですか」と簡単に参加できるはずないだろ」
リードは表情を変えないまま首を傾げた。
「では止めるか」
「なんでそうなるんだバカ!
俺は皆の士気を上げろというとるんだ。ありったけの情報を出して、話し合いで掘り下げろ。どんな場所で戦う? 敵はどんなものだ? こちらの戦力は? 安全確保はどうする?
知らないということが恐怖につながる――お前はそれを理解していない」
ゴウはしかめ面で腕を組んだ。
「うむ、そういうものか――ゴウが言うのならそうなのだろう。分かった。
では、話し合いをしよう。まずは情報の開示からでいいのか?」
ゴウが無言で頷くのを見て、リードが話し始める。
「まずは、そうだな――獣について話そうか。これについては不確かな点が多く、それほど当てにならないので、話半分に聞いてほしい」
会場の空気が引き締まる。
「第一層――ここを守るのは朱鳥と呼ばれる獣だ――――」
*
一方その頃――古井戸は遺跡にいた。
ゴーレムが居た部屋の奥にある扉を開き、中に足を踏み入れる。すると、壁に設置されていた松明が勝手に灯り、恐ろしく広い地下空洞が照らし出される。
「あれ? 何も居ないけど――」
『よく見ろ。奥の扉の前だ』
「――?」
頭の中に響くラプラスの声に言われて、目を細める。すると、遠すぎてぼやけてはいるが、奥の扉の前に黒鉄色の燭台のような物があり、その皿の上で何かが赤色に光っているのが見えた。
「あれは――宝石?」
『おそらくな。しかし、ただの石じゃないと思うぜ――とりあえず近づいてみろよ。あんたなら不意打ちを食らって死んでも、すぐ生き返るしな』
「生き返るとしても痛いは痛いんだよ?」
『へっ、知ったことか』
「あのねえ……」
と言いつつ、このままでは何も起こらない――と覚悟を決め、小井戸は歩き出す。宝石から目を離さず、一歩一歩ゆっくりと距離を詰める。
――すると、
何の前触れもなく、宝石が消え、代わりに”それ”が現れた。
「な、なんだ――」
”それ”は、クジャクのようにスマートな鳥の姿をしている。体表はすべて赤色であり、全長二十メートルは在ろうかという巨大な翼を広げ、尾から金色の鱗粉を巻き散らし空を飛んでいる。優雅で、美しく、そして禍々しい姿だ。
――愚カナルモノヨ立チ去ルガヨイ――
空気と同化したかのような、何処からともなく聞こえる声――。
古井戸は、焦っていた。地下空洞の天井付近を飛び回る巨鳥を目で追いながら自らの魔法人格に問う。
「ど、どうしよう何か出てきた! ――逃げたほうがいいかな」
『あんた何しに来たんだよ。ダンジョンを攻略するなら倒すしかねーだろ』
「倒すったって滅茶苦茶強そうだよ? 勝てるかな……」
『まあ、つえ―だろうな。だが、お前はもっと強いだろ――なんせ触れば勝ちなんだからよ』
「そ、そうだね――よし!」
古井戸が構える。ファイティングポーズだかガッツポーズだか分からない、お粗末な恰好だったが、気合は入ったようだ。
――逆ウトイウノカ……ヨカロウ、ナラバ死ヌガヨイ――
再び空気中に響いた声を合図としたかのように、巨鳥の体が炎に包まれる。辺りが一瞬パッと明るくなり、すぐに燃え尽きる。
そこにはもう巨鳥の姿は無かった。
自らの炎により体を焼失させたようにしか見えず、小井戸は虚を突かれる。
「あれ――自滅した?」
『バカ、後ろだ』
「――!?」
ラプラスに言われ振り向いたときには、高熱の物体が古井戸のすぐ後ろまで迫っていた。地面すれすれの超低空を滑るように飛来してくる火の玉と化した巨鳥――。
古井戸は反射的に横に飛び退き、なんとか直撃は免れた。が、
「う、うおっ! 熱っつ!!」
地面を転がりまわる。背中から煙が上がり、制服の背中に大きな穴が開いている。土の地面で火は消えているが、背中は真っ赤にはれ上がり、爛れている。
小井戸は何とか立ち上がるが、その顔には恐怖と焦りが浮かんでいた。
「む、無理だ――勝てっこないよあんなの! 動きが全く見えなかった……触れるわけない」
『じゃあ辞めりゃいい。お前がそれでいいならな――マーケットには一人で行け。なに、俺が話し相手になってやるよ』
「マーケット……」
その単語を聞いた瞬間、体の震えがピタッと止まり、恐怖に揺らいでいた目が据わる。
「ラプラス――どうしたら勝てる?」
『んあ? 俺を頼んのかよ――まあいいか。あんた、アレ持ってんだろ?』
「あれ?」
『アレっつったらアレだよ。ブラクコンティーンのお姫様にいいもん貰っただろ』
「――ああ」
小井戸はブレザーの内ポケットから二本のテーブルナイフを取り出す。銀色の表面に、複雑な文字や図形が彫られている。
「これがどうしたの?」
『あんた、魔法陣を発動できるようになったよな、ほらあのパイオツカイデーなねーちゃんに教えてもらって』
「ぱ、パイオツって……ペトリさんのことね」
『そのナイフ――姫様は”ジャネーとカルテジアン”とか言ってたか。それは魔法陣を組み込まれた魔法道具だろ。それも、魔法王スターウェイ=ランキャスターが作り出した代物だ――さて、どんな力を秘めてるのかね』
「そっか、そう言えば魔法道具とか言ってたっけ……すっかり忘れてた」
『まあ、やってみろよ。どうなるかは知らんがな』
「なるほど――分かった、やってみる!」
小井戸は、下を観察するように上空で旋回している巨鳥を睨む。
そして、両手に一本ずつ持ったテーブルナイフを体の前でクロスさせた――――。




