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新たなる英雄の心労 19



これが想定内の出来事ではないことは明白だ。テントで眠っている教官たちは全員死んでいたのだから。

アメリアは暗い浜辺に一人佇んでいた。

 そんな彼女の元に銀髪の少女が歩み寄って行った。


「ダメね――アイツ、もう覚悟を決めているみたい。手足を千切ったって喋らないでしょうね」


 サラは呆れた表情で言った。


「通信機は壊されていたし、唯一の脱出手段の船も燃え尽きた――アイツはどうしてもここで起きている事を外に知られたくないみたい。

 ねえ、アメリア、それってどういう意味か分かる?」

「どうって?」

「あと二日で試験は終わり、帰りの船が来る。そうすれば全てばれてしまう。だから、アイツの隠ぺいは一時的にしか効果が無い。だけど、アイツは全てを投げ出す覚悟を決めている。今、この瞬間さえ隠し通せればそれでいいと思っている。

 それは、つまり――私たちもうすぐ死ぬってことよ」


 サラの口調は何時だってさりげない。自分が死ぬといっている、その言葉も淡白だ。


「そ、それは飛躍しすぎじゃない?」

「私はそうは思わない。もちろん、何が起きているか正確に知ることはできないけど、今私たちが直面している事態を冷静に分析すればそうなるのよ。それに、最悪の事態を想定して行動するべきでしょ? 情報が少ない時ほど論理的に考えるべきだわ」

「ううん……それで、私たちはどうすればいいの? サラは何か案があるの?」

「――特に無い。お手上げね」

「……」



 *



 その頃――港守軍の指令室に西部基地から連絡が入った。

 島から連絡が入った。海賊が現れ本部が襲われたらしい。今は連絡が取れなくなっているので、そちらに事実確認をお願いしたい――そういった内容の連絡だ。

 それに答えたのはノルヴェルト大佐だった。

 大佐は偶然視察に来ているのだと偽ったが、連絡を寄こした方は、さして不審に思っていないようだった。むしろ、現地に位の高い人物が居るという事に安堵しているようだった。

 大佐は、責任持って自分が確認に向かうと告げ、連絡を終了した。そして、すぐに行動を開始した。

 ブラックダイアモンドは既に港を出ている。フィルたちとの小競り合いが終わったらその足で港に向かい、バートを船に乗せすぐさま出港させたのだ。

 本来の作戦ではノルヴェルトもバートと共に船に乗る手はずだった。しかし、彼はそれを無視した。

 港守軍が保有している桟橋には高速艇が待機しており、ノルヴェルトが乗り込むとたちまち出港した。

 そう、彼はわざわざ“見える船”で島へ向かうのだ。古代魔法文明が誇る大量破壊兵器が向けられた危険きわまる島へ。

 彼の部下は、その行動を厳しく批判した。何故手はず通り動かないのだ。もし失敗したらどうするつもりだ、と。

 しかしノルヴェルトは取り合わなかった。彼には危険を冒してでも譲れない物があるのだ。


「待っていたまえ、アメリアくん――」


 風を切って進む船の上、彼は小さく呟いた。

 


 *



 魔法王はその船を“最高の船”と称賛した。

 船守りの一族しか認識できないという無敵の隠蔽魔法。現代の技術では再現はおろか、その破壊の規模すら計測できないほど強力な兵器。蝶のように舞い、蜂のように刺すを地で行く規格外の戦略兵器。

 しかし、魔法王をうならせた要因はそれだけではなかった。


「ううぅ……」


 その船に乗っている間は、搭乗者も認識されなくなる。だから、誰も気づくことはできないが、バートは甲板の上でしくしくと泣いていた。膝を抱えて蹲る姿は、か弱い子供そのものである。

 しかし、ブラックダイアモンドは目的地に向けて真っ直ぐ進んでいる。

 ノルヴェルトはバートに海図を見せ、ある海域を指差し「ここへ行き連絡を待て」と言った。彼が出した指示はそれだけである。にもかかわらず航海は順調である。

 ブラックダイアモンドの操舵は、搭乗者の“願い“によって成立する。ここへ行きたい――そう思っただけでその通りになるのだ。だから、バートが泣いているだけで、他に乗組員が居なくとも船は目的地に到着する。

 この操舵システムこそ、急魔法文明が生み出した最高峰の魔法技術なのだった。


「うううぅ……」


 ブラックダイアモンドがどれほど凄くても、これから何が起こるとしても、そんなこと彼にとってはどうでもよかった。

 大佐の指示に従って仕事を終わらせれば家に帰れる。それも、失踪していた兄と一緒に。

 それは、虐めを受けていたバートがずっと思い描いていた明るい未来だった。それがすぐ目の前に提示されたのだ。何の迷いもなく指示に従うのは当たり前だった。

 船は暗い海の上を滑って行く……。



 *



「――ム――ノーム――起きて――ノーム」

「!? ……レター?」


 暗い。どこかの路地裏みたいな中途半端なところで私は目覚めたらしい。レターの横顔がすぐ近くにある。ああ、背負われてるのか私――揺れる――何処に向かってるんだろう。急いでるみたいだけど……それより、


「ねえ、バートは?」


 頭が覚醒するにつれてだんだん思い出す。私は戦いの最中に気を失ったんだった。


「あのね、ノーム。話すと長くなるから、詳しいことは後で話すよ。それで、動けそう?」

「私、重い?」

「え、いや――」


 もうちょっと背負われていたかったけど、すぐに降りて自分の足で走ることにした。あとで叱ってやろう、その反応は無いだろって。それはともかく、


「それで、これから何をしようっての?」

「ああ――」


 レターは少し間を置いてから、


「港守軍に殴り込みをかける。そこに囚われている“ある人”を救出するんだ」


 手短に説明した。

 なるほど分かりやすくていい。どうしてこうなってるのか全く分からないけど、そんなこと私には関係ない。レターが決めたのなら私もそうするだけ。


「港守軍っていうと、そうとう大きな組織よね――作戦はあるの?」

「ない。ゴリ押す」

「らしくないわね。いつもはもっと慎重じゃない」

「ゾウがアリを踏みつぶすのに作戦を立てるかい?」

「ちょっと、そんなに信用されても困るんだけど」


 確かに腕っ節には自信あるけど、さすがに軍隊相手じゃ――先生なら余裕かもしれないけど。私にはそこまで自信が無い。

 私が少し及び腰になっているとレターはニヤッと笑った。何よ不気味ね……。と茶化してやりたい衝動に駆られたが、


「ほら、見て――」


 レターはだしぬけに指を指した。それも真上を。


「――――?」


 その先に視線を向ける。そして、全てを察する。


「――先にいなさいよ、バカ! 余計な心配しちゃったわよ」


 私が膨れるとレターはエヘヘと笑った。

 心配する事なんてまったく無かった。

 路地の向こうの夜空には、更に黒いドラゴンが飛んでいるのだから。

(来てくれたんですね、ピート先生――)

 世界最高峰の魔術師が味方にいるのだ。無敵である。



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