新たなる英雄の心労 18
この昇格試験こそがボクに与えられたチャンスだ。そう思って今日まで努力してきた。だけど、なにも進展しないまま、もう七日経ってしまった。
このままではいけない。南国の孤島で毎日会える環境の中で進展しないのに、西部の町に帰って普通の生活に戻ったら、更にチャンスは減る。絶望的だ。
いつの間にか期待は焦りに変わっている。
だからかもしれない――その日、いつもなら眠りについている時間にボクはふらっと小屋から抜け出した。
焚火も消えてシンと静まり返った夜の浜辺、足は自然と彼女が暮らす小屋の方へ向いている。もしかしたら会えるかもしれない。そんな淡い期待を持って。
すると、ああ――なんてことだ……暗く遠くおぼろげでも見間違うはずが無い。ちょうど彼女が小屋から出てくるところだった。
彼女もまた思う所があってふらっと歩きたい気分なのだろうか。もしそうなのだとしたら運命というやつを感じずにはいられない。
なんて――それはさすがに都合がよすぎるか。すぐに思い知らされる。
彼女は一人じゃなかった。
まさか男と? と一瞬肝を冷やしたが、すぐに違うことが分かった。彼女に続いて小屋から出てきた人物は妙に小さい。あの少尉ほどではないがまだ子供としか言いようがないサイズ感――サラだ。常に彼女と一緒にいてボクが話しかける機会をことごとく潰す銀髪の女。無口で何を考えているのか分からない不気味なヤツだ。
胃の辺りがむかむかとする。
あの女が一緒ではボクが話しかけることは難しい。これまでもそうだった。だから、大人しく帰る以外に選択肢が無い――と今までのボクなら諦めていたことだろう。
でも、もうそんな消極的な選択はしたくなかった。なりふり構っていられない。
二人は森に入り、山の傾斜を登って行った。何やら歩きなれた様子で、夜だというのにすいすい進んで行く。
気付かれないよう気を付けながら尾行するのはなかなかしんどかった。
二人は山の頂上付近で立ち止まった。島の南北を分ける境界線がある辺りだ。
何やら向かい合って話しているようだが、さすがに声は聞こえない。
と――突然、突風に襲われて、思わず目を瞑る。
何事かと思い、すぐに目を開けると、周りの木々が倒れんばかりに揺れている。そしてボクは気づく。サラの姿が見えない。一人になった彼女はどういう訳か真上を見つめている。
釣られて彼女の視線を追う。すると、丁度“降ってくる”ところだった。
作りもののように長くて綺麗な銀の髪を乱しながら雷のように降ってくる。そして、地面に衝突する寸前にまた突風が巻き起こる。
ボクはやはり目を瞑る。しかし、その直前に見た。落ちてきたサラは何もない空間を引っ叩くような動きをした。それを引き金に風が起きた。そして彼女の体は緩やかに減速し、ふわりと着地していた。
只者ではないだろうとは思っていたが、まさか、こんな出鱈目ができるなんて――明らかに風を起こしていた。途轍もない力の風を。それなりに魔法には詳しい自信があるけど、こんなものは見た事も訊いた事もない。一体どんな技術なんだろうか――。
しかし、驚いている暇は無かった。
ボクは唐突に選択を迫られる。
再び目を開けると、二人は信じられない行動に出ていたのだ。
一歩でも踏み込めば失格――彼女らは何の躊躇もなく境界線を越えて山の向こう側に走り出したのだ。
一瞬目を疑った。でも、確かに二人は線を越えて行った。それも、何やら焦っているようで足取りは早い。何か察して、そんな馬鹿げた行動に出たらしいが。
ボクはどうしよう……。
このまま追いかけたら、事実上ボクも昇進試験の落第者になってしまう。普通に考えたら、こんな訳のわからない状況で軽はずみな行動をとるべきではない。でも――
「まったく……」
ボクは焦っていた。
小さな島である。少し出遅れたせいで二人の背中は見えなくなっていたが、浜に出たところですぐに見つかった。
島の北側を見るのは初めてだったが、何のことは無い、南と変わらない。長い浜が広がっているだけの光景だ。
しかし、違うところもいくつかある。南には簡素な小屋が幾つも立てられているが、こちらには一つもなく、代わりに軍の紋章が入ったテントが三つ並んで設えられている。おそらく、教官たちの生活用と、監視用のテントだろう。
そして、もう一つ、船が止まっている。島外へ脱出する理由が無い教官側の浜に船がある事は不思議じゃないのだが、その船は軍が用意した物とは到底思えない。年季が入って黒く変色した船体に、同じく黒いマスト――最も不思議なのはそのマストに髑髏のマークが描かれていることだ。あまりにも悪趣味。乗っているだけで軍の評判が下がりそうだ。ただでさえ低いのに……。
ボクが不気味な船に気をとられている間にも、二人は素早く動いてテントの中を覗き込んでいるようだった。
一つ、二つ、最後に監視用と思われる小さなテント、と順々に覗いている。そして、最後のテントは覗くだけではなく、中に入って行った。
その直後だった。
闇夜を切り裂くような鋭い閃光が走った。
これは見覚えがある現象だった。魔法だ。炎よりも熱い熱線を出現させる攻撃用の魔法。エレドペリの頃からある、どちらかといえば有り触れた物だが、その威力は相当なものであり、新生国家軍でも採用されている。
そんな物が、何故ここで発動したのか。
それも、閃光が発生したのは例の髑髏の船からであり、船内から真上に向かって伸びて行った。離れた場所にいるボクですら顔を手で隠すほどの高熱を感じたのだ。魔法の中心にある船が無事な訳が無い。
まずマストが消滅した。そして、黒い船体が次々と炎に包まれていく。燃え尽きるのは時間の問題だろう。
どうしてそうなってしまったのか……これでは、まるで、船を焼くために熱線魔法を仕込んでいたみたいではないか。
ボクが唖然としていると、二人が入って行ったテントの中から声が聞こえた。聞き取れはしなかったが、何やら興奮して怒鳴っているような声色だった。
何かがおかしい――。
ボクは走り出す。テントの方へ。
熱線を見たせいか、この時の僕は冷静じゃなかったらしい。もし、普段通りだったらさすがに気付くはずだ。
十数人いるはずの教官たちは、これだけの騒ぎが起きているのに、何故一人として姿を見せないのか――ということに。




