新たなる英雄の心労 14
「ううぅ……」
また一人、完全武装した鎧騎士が倒された。あっという間の出来事だった。
(あ、あの子供――いったい何者だ)
残る最後の騎士は物陰から少年を見つめていた。
最初に現れたのは黒い猿の形をした魔法生物だった。これは厄介ではあったが、彼らの装備を持ってすれば敵ではなかった。じっさい陣形を駆使して徐々に追い詰めることに成功していた。あと一歩で猿を退治できる――少年が現れたのはそんなタイミングだった。最初にやられた味方は、敵の攻撃を一度受け、魔法装甲で跳ね返したところを一撃で決めるつもりで動いていた。しかし、どういう訳か、それは実現しなかった。最初の一撃をくらった瞬間、彼は倒れ伏してしまった。最初からなめてかかっていた者は一人もいなかったが、そこまで敵を高く見積もっている者もいなかった。改めて陣形を組み直し、敵の性質に沿った適切な攻撃形態をとらなければ――本来の彼らであればいくらでも立てなおす事ができたはずだ。しかし、今回に限ってそれは叶わなかった。少年の最初の攻撃を見た瞬間、全ての騎士たちが感じ取っていた。
(コイツの前では魔法兵器など無意味だ――)
根拠のない確信――それは戦闘経験豊富な彼らならではの虫の知らせのようなものだった。さらに、影猿の撹乱もあり、隊はばらばらになり、確固撃破されていくという最悪の事態に陥った。
そして、
(う、ううぅ――なぜこんなことに……)
残る鎧騎士は一人となってしまった。
彼の頭の中には既にこれからどう戦うかとか、どう逃げるかとか、そういう思考は一切なかった。秘密裏に鍛え上げられ、ブーズステューで作られた最新鋭の魔法装備を与えられた自分たちが何故こんな訳の分からない子供一人に殲滅されなければならないのか……。
ただひたすら湧きあがる混乱――そして、
“キキキキキアアアカァ”
そんな彼の背後から迫っていた影猿に気付くことなどできるはずもなく、
「う、うわぁ!」
最後の騎士は不様に逃げ出そうとして、次の瞬間、首の後ろに鋭い手等を食らい一瞬で昏倒させられる。
――戦闘開始から終わりまで、僅か一分にも満たない出来事だった。
*
レターたちの窮地にさっそうと現れた謎のメイドだったが、その後のノルヴェルトとの戦いは防戦一方になってしまっていた。
といって、二人の戦闘は早すぎてレターには何が何やら分からない。しかし、メイドの体に付着する血の量が時間を追うごとに増えているので、そう判断せざるを得ない。
このままではマズイ。ノームの様子も気になる。だが、今不用意に動けば自分のみならず背後のバートや戦っているメイドまで危険にさらしてしまいかねない。
「クソッ――」
彼にとってもどかしい時間が続いていた。
そんな時、突然人が降ってきた。
「ウオオオオオァァァァァ!!」
そして、頭から地面に突き刺さった。
「……」
「……」
メイドとノルヴェルトもさすがに呆気にとられて戦いの手を止める。
皆が見守る中、その降ってきた人物はモゾモゾト動き出し頭を土の中からひっこ抜き、
「あの猿っ! やりすぎだろ、これは!!」
叫んだ。
「まったく……主人が居る所まで連れてけとは言ったけど、なにも投げることは――」
「こ、コイド先輩」
ぶつぶつ言っていたフィルだったが、声を掛けられてようやく底にレターが居る事に気付いたようで、
「おお、レター。久しぶりだね――何やってんの?」
なんとも気の抜けた様子で言った。
「いや、その、オレの能力が、ええと――そ、それより、今は――」
憧れの先輩の登場でしどろもどろになるレターだったが、今の状況を思い出してノルヴェルト達の方に視線を向ける。それを追ってフィルも振り向く。そして、察する。
「ポーリン、大丈夫か?」
と言ってメイドの方に駆け寄って行った。
「問題ありません。それより」
「ああ――やはり貴方が関係しているんですね。ノルヴェルト大佐」
間違いであってほしかった――そう言う視線で大佐に向き直るフィルグランド少尉だった。
「これはこれは、少尉――いや、もう偽る必要はありませんな。コイド=コウヘイ――やはり貴方が障害になりますか」
「訓練兵たちを皆殺しにするなんて、本気なのか?」
「ええ、まあ。可哀そうには思いますがね――しかし、今のこの国の頼りない行政を正すためには必要な犠牲なのですよ。どうかご理解ください」
フィルは顔に怒りをあらわにして、
「そんな馬鹿げた話、理解できるわけ無いだろ――何が何でもお前を止める。訓練兵たちは一人も殺させない」
そう宣言した。
大佐はやれやれと頭を振って、
「ならば、仕方ありませんね」
腰を落とし、戦いの構えをとった。
「まさか、この手で魔法王を滅ぼすことになるとは思いませんでしたよ」
「ふん、出来るものならやってみろってんだ」
フィルも迎え撃つ構えだ。
「コイド様――気を付けてください。ヤツは――」
忠告しようと口を開いたポーリンだったが、
「いや、大丈夫。下がっててくれポーリン。それでさ、戦いが始まったら後ろの二人と、あとたぶん影魔法の術者がどっかに居るはずだから彼女も連れて逃げてくれないか?」
小声で出された指示に遮られてしまう。
「しかし、いくらあなたでも一人では勝てるかどうか」
「まあ、確かにね。勝てないかもしれない――でも」
フィルは敵から目を話さないまま左手の薬指につけていた指輪をとってポケットにしまった。
「大佐を追い払うことくらいはできるさ」
「――――」
そう言ったフィルの横顔を見た瞬間、ポーリンはこれ以上の説得を諦めた。
(覚悟――ですか)
この世の中で起こるあらゆる不条理に対抗しうる最強のカード――しかし、どんなに努力しても持たざる者は永遠に手に入らない武器――それが今、コイド=コウヘイの顔にありありと浮かんでいる。




