新たなる英雄の心労 13
「これは……古代魔法都市の殲滅兵器?」
港守軍基地、地下三階――その部屋を使用していた研究者はすでに軍を追われている。この部屋に残された資料の記憶は忘却魔法で消去されているか、もしくは既にこの世にすらいないのかもしれない――フィルとポーリンがそこまでの内状を知る訳は無いが、容易に想像できた。それほどまでにこの部屋に残された情報の数々は驚くべきものだった。
「なるほど、船の形をした大量破壊兵器ですか――昇進試験の会場があの孤島に選ばれた理由、港守軍が一枚かんでいた理由、そしてコイド=コウヘイに監視が付いた理由――全てに説明が付きますね」
ポーリンはいたって冷静に言った。
「しかし、良かったじゃないですか。魔法都市が生んだ兵器の再現なのですから、貴方なら容易に対策が出来る」
「――ああ、いや……」
この際だから包み隠さず説明する。コイド=コウヘイという存在は魔法王スターウェイ=ランキャスターの肉体と、ただの中年男小井戸浩平の精神が合わさって出来ている。だから、今の彼には魔法都市時代の知識は全くないのだと。
「困りましたね――いくら私でも見えず触れない船を破壊することはできません」
「いや、幾つか方法はあとと思う。実際に魔法都市に住んでいた人に聞けばいいんだ」
「心当たりがあるのですか」
「魔女の都まで行ってお姫様に聞けば分かるはずだ」
「なるほど、ブラクコンティーン――しかし、そんな時間があるかどうか」
「――だよねぇ……となると」
ここでフィルは僅かに表情を濁らせた。
いったいどうしたというのか――ポーリンが問いかけようとしたところで、どこか遠くから地響きのような音が響いた。そして、続いてほんの僅かながら地面が揺れた。
「……?」
「遠いですね――地下からでは良く分かりませんが、町の外れの方でしょう」
「いや、そこまで分かれば十分凄いから……っていうか、行こう。なんだか気がかりだ」
「今は<ブラックダイアモンド>の対処策を考えるのが最優先では?」
「いや、行こう。もしかしたら――ううん……あんまり考えたくないけど、それが一番の近道になるかもしれない」
「――――?」
*
町の外で起きた爆発は相当派手なものだった。音が町中に響き渡り、狼煙のような黒煙が上がった。誰もその場所に近づこうとはしない。誰だって面倒事に関わりたくは無い。
しかし、その爆発の様子を見て迷わず行動を起こす者もいる。
「マズイな……ノーム、急ごう」
レターの危機感知能力が素早く気配を察知する。
「すごい速さで――もう近くまで来ている」
「そんな――せっかく倒したのに情報を聞き出す暇もないの?」
「無理だ。諦めて――」
レターは途中で言葉を切った。そして、二人の緊張した様子を訳も分からず見上げていたバートを背負いあげた。
「レターさん?」
「いいか、バート……しっかり掴まってるんだぞ」
「――――?」
その時だった。彼の足もとの地面が僅かに盛り上がり、次の瞬間弾け飛んだ。
暗殺者の爆破陣を仕込んだコインと比べれば大した威力ではなかったが人体を行動不能まで痛めつけるには十分な攻撃だった。
「くっ……!」
が、レターは寸でのところで避けている。彼の能力によってさながら予知に近いタイミングで攻撃を察したのだ。しかし、
「うっ――痛ってぇ……」
爆風に押されて顔面から地面に滑り込む――いくら攻撃を察しとることができてもレター自身はただの素人。その動きは緩慢だ。
(まったく、危なっかしいんだから……)
ノームの方にも同様の攻撃が繰り出されていたが、彼女は再び召喚した影猿の手を借りて真上に飛び退いている。
(敵は――)
ぬかりなく鳥瞰で辺りを観察し、
「行って! あそこよ」
木々の間で光を反射する何かを見つけ、影猿を走らせる。
そして、地面に着地したところで、
「レター平気? あの子が注意をひきつけている間に逃げるわよ。多分一人じゃない。動く物がいくつか見えた」
的確に指示を出す。
「――っつ、くぅ……ったく、なんだってんだ、次から次へと! ――いや、ダメだ……ノーム!」
「えっ――?」
その男の接近はあまりにも速すぎた。レターの能力をもってしても気付くのが間に合わなかったのだから――
彼は見ていることしかできない。すぐそこで恋人が何者かに滅ぼされようという場面を。
「っ……――――」
ノームは悲鳴を上げることすらできずに宙を舞った。そして、背後の藪の中に墜落し姿が見えなくなった。
「ノー……ム――?」
茫然と呟いたレター。その背中に捕まっているバートに彼の異様なまでの震えが伝わってくる。どうやら息もロクにできないようで、レターは力なくその場に崩れ落ちた。
「レターさん、し、シッカリして」
「ノーム――だめだ――オレは、君が居ないと――何も……」
まだ子供でありながらも気をしっかり持ち、声をかけたバートだったが、レターはぶつぶつと独り言をつぶやくばかりでまるで聞こえていないようだった。
そんな二人の元に事態の中心たる男が歩み寄って行く。
「君は――フィラカルティー公爵領地、パーケイト家のご子息だね。ふむルドラカンドがバスウッドに攻め入られた折に防衛に参加していたという噂は聞いていたが――まさか、こんなに脆弱な男だったとはね。同じ貴族の出として少々恥ずかしいよ」
傲慢な態度で二人を見下ろす男――ノルヴェルト大佐である。
圧倒的な戦闘力により場を圧倒したはずの大佐だったが、その表情はどうも浮かない。
「しかし、安心したまえパーケイトくん――君の精神的支柱は無事だよ。しばらくは起き上がれないだろうがね。まったく、厄介な手合いを敵に回したものだ」
と言ってから大佐は二人の背後に視線を上げた。そこにはいつの間にか一人のメイドが立っている。
「恐ろしく早く、強力な一撃――見事の一言に尽きます。この私が御しきれないなど滅多にない事です」
物静かな口調で言うメイドだったが、その右半身には夥しい量の血が滴っている。
しかし、レターはそんなことには全く目もくれず、
「ノームは――無事、なのか?」
とメイドに訊いた。
「はい。私がぶっ飛ばしましたので、あの方の攻撃は彼女まで届いておりません。加減はしたつもりですが、細身の女性に私の攻撃は刺激が強すぎるかもしれません。あの方の言うとおりしばらくは気を失ったままでしょうが、命に別条はありませんよ」
「そ、そうか……」
心底安心したようですっかり体から力が抜け落ちたレターだった。そして、正気が戻ったところで、
(あの男の攻撃も有り得ない早さだったけど、このメイドさんは……殺気を被せて気配を隠したんだろうけど、それにしたって、全く気付かなかった)
このメイドの出鱈目な実力に気付き、思わず問うている。
「貴方はいったい……オレたちの味方なのか?」
メイドは涼しい顔で、
「はて――さあ、どうなんでしょうか」
首を傾げた。
「詳しい話は後であの方にお伺いください。私からは何とも言えません」
「あの方?」
「はい、じきに到着するはずです。コイド様が」
その名前を聞いた時のレターの反応は劇的だった。さっきまでの落胆をすっかり忘れたかのように両目を見開き、
「こ、コイド先輩が来てるのか!?」
声を荒げた。
彼にとって、コイド=コウヘイは命の恩人であり、そして、彼がいつか辿り着きたいと思っている“正義の味方”その物なのだった――。




