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新たなる英雄の心労 12



 港の外れに設えられた桟橋――その先端付近では奇妙なやり取りが行われていた。


「ね? あったでしょ」


 バートは嬉々とした表情で聞いた。


「…………」


 しかし、レターは押し黙っている。戸惑っているような、絶望しているような、なんともいえない表情である。

 “ほら、ここ、触れるよ”

 数秒前、バートはそう言いながら桟橋の向こうの海の上に手を伸ばして何かを撫でつけるような仕草をして見せた。

 そして、今はレターが桟橋から手を伸ばしている――


「――――」


 この場にいるもう一人の人物、ノームは、レターの表情から異常を感じ取っていた。

(見つけたのね――恐怖を――まさか、本当に……)

  レター=パーケイトの持つ危険を感知する能力は少し扱いが難しい。例えば、かつて影絵師ピートがルドラカンド学園に訪れた時のこと――レターの能力が作動したのはピートが行動を起こしたタイミングだった。そう、影絵師が町に到着した――すなわち危険の根源が近付いただけでは発動しなかったのだ。

 今レターが手を伸ばす先――そこには確かに何かがあるのだろう。ノームには見えないし、恐らくレターにも見えてはいないが、正義の味方を目指していろんな経験を積んできた彼の言葉を奪ってしまうほどヤバい・・・何かが。


「――レターさん?」


 何も言わないレターを不審に思ったバートが心配げな声を上げた。

 そこでレターはようやく我に返ったらしく、


「あ……ああ、ゴメンゴメン。少し驚いちゃって――いや、バート、凄いな! 今オレは触ったぞ<ブラックダイアモンド>に。確かに、ある。あるぞ」


 取り繕うように明るく言った。

 それを聞いてバートは満面の笑みを浮かべた。狼少年扱いされていたところに、自分を信じてくれる人間が現れたのだ、格別に嬉しいのだろう。

 良かった良かった――とも言っていられないノームだった。

(レターの能力ですらギリギリ認識できるレベルということは、私なんかじゃ到底理解できない高度な隠ぺい魔法が使われているんだわ――それはつまり)

 それだけの技術を使役できるほどの資金力を持つ何者かがこの<ブラックダイアモンド>の後ろに隠れている――はたして、そんな周到な“誰かさん”は見逃してくれるだろうか――本来であれば決して見つからないはずの船を認識してしまった私たちを。

 その時、何の前触れもなくノームは叫んだ。


「二人とも、伏せて!」


 町の方から飛来してくる青白い熱の塊を桟橋に着弾する前に発見できたのは、彼女の警戒の賜物だった。

 ノームは一直線に進んでくる攻撃魔法と正面から向き合い、口の中で素早く唱えた。


「影よ、私たちを守って――」


 すると、彼女の足元に横たわっていた“影”がモゾモゾと動きだし、やがて生物の姿を形作る。

 “キキキキキィ”

 と金属質な鳴き声とも騒音ともつかない怪音を上げるその生物は、まさしく“猿”の形をしている。そして、その動きも猿のごとく――前後四本の足で素早く桟橋を駆け、驚異的な脚力で飛び上がった。そして、

“キキキククアアカァ”

 思わず耳を塞ぎたくなるような金切り声と共にボクサーのフックのような動きで鋭い一撃を繰り出し、魔法球を弾き飛ばした。

 魔法球はあらぬ方向へ軌道を反らされ、しばらく上空を彷徨ってから消滅する。

 魔法攻撃はこの一撃のみだった――しかし影の猿は止まらない。わき目も振らず、素早い動きで町の方へ駆けて行く。


「レター!」

「ああ、バートは任せろ」


 長年連れ添った二人ならではの瞬時の意思疎通を終えてからノームも猿の後を追って町の方へ駆けて行く。



 *



 完全な不意打ちだった。死角からの魔法弾――それも、消音魔法を加えた空の色に紛れる色の物を放った。必殺必中の一撃。

 それが、完璧に対処されてしまった……。

 その男は攻撃が失敗したのを確認した瞬間には既に逃避行動に移っていた。雇われ者の暗殺者である彼に第二射を仕掛けるという発想は無い。一撃で仕留められなければ失敗。それを取り戻そうと深追いして、万が一捕まるような事があればクライアントの情報を引き出されてしまう可能性がある。だから敗走が最善。

(まさか、コイツを使う日が来るとはな――)

 その走行補助魔法の込められたブーツを購入したのは二十年以上前――彼が殺し屋になりたての頃だった。彼は毎日欠かさずその商売道具を手入れし続けたが、ついぞ使い時はやって来なかった。彼はそれほど優秀な殺し屋なのだ。しかし今日、その経歴に傷が付いた。

(あの女いったい何者だ――影絵魔法を扱う人間がピート意外にいるとは……)

 冷静で淀みない敗走を続けつつ、その脳裏には漆黒の影猿とそれを召喚した女の顔が何度もフラッシュバックしていた。得体のしれない相手に対する底知れない不安――それは数え切れない人間を一撃で仕留め続けてきた彼が初めて感じた恐怖だった。

 しかし、このまま逃げ続け、機を見て身を隠せばやられることは無い。自分は安全だ。彼はそう信じて疑わなかった。

 が、町を抜け、山道に差し掛かってすぐのことだった。


「――――?」


 視界の隅、木々の間に何か黒い物が横切った気がした。

 それが何なのか、確認する間もなく暗殺者は魔法弾を放っている。今度は消音魔法を使わず、魔力の全てを威力に乗せた太陽の如く赤く光る魔法球だった。

 それが着弾すると、その辺り一帯は派手に炎上した。木々はなぎ倒され、一気に燃え上がり、大気の流れを乱し突風を巻き起こす。

 それを横目で確認しつつも、男は走り続けている。が、


“キキキキキィィエエエ”


 目の前に現れた影は彼を強烈に威嚇した。


「くっ……」


 さすがに足を止めざるを得ない――と思われたが、一瞬の判断で横に逃れるべく体を捌いている。プロの暗殺者に相応しい優秀な判断だった。

 だが、それも叶わない。

 彼が進路を変えたその先の茂みからもう一つの影が飛び出してきた。今度は実体のある人間だった。


「ちっ」


 そこで男はようやく立ち止まった。

 影の獣とその術者に両脇を塞がれた。もう逃げ続けることはできない。であれば――


「燃えろ――!」


 暗殺者は懐から金色のメダルの束を取り出し、ノームの方へ放り投げた。それらは空中で発火し、そして爆発を起こす。純金は魔力収集物質としては最上級の性能を誇る。だが、もちろんコストが高い。今しがた使った爆破陣の刻まれたメダルは虎の子の奥の手であり、彼の財産のほとんど全てを賭けたものだった。それを惜しげなく投入しての攻撃――決死の戦闘である。

(ふん、なめるなよ――挟み撃ちのために影獣を離れた場所に配置したのは失策であろう。影絵師など影獣が居なければただのザコだ)

 男は爆煙の中へ突進して行く。その手には抜き身の短剣を携えている。確実に息の音を止める算段だ。そうすれば影獣も消える。

(私の勝ちだ!)

 爆発で弱っている女の心臓に短剣を突き刺す。たったそれだけでカタが付く。しかし、煙の中をいくら探しても影絵師の姿は見つからなかった。

(居ない――だと?)

 先ほどの爆発で跡形もなく吹き飛んでしまったという可能性もある。いや、あの爆発を上手くかわして逃れるなどあり得ない。即ち――

(勝ったのか?)

 半信半疑ではあるが、男は勝ちを意識してほんの一瞬だけ気を抜いた。

 その時だった、


「まったく、危ないじゃない」


 憮然とした声が響いた。


「――?」


 その声が後ろから聞こえた事に気付いて、反射的に前に飛び退こうとした男だったが、すでに遅かった。


「あっぐあッ――」


 背中に強烈な衝撃を受けて吹き飛ばされる。背骨が折れんばかりにきしみを上げ、衝撃が全身を駆け巡る。男の意識は一瞬で消し飛んだ。

 実にあっけない幕切れだった。


「ふう――冷や冷やしたぁ」


 暗殺者を殴り飛ばしたのは影猿だった――と、しかし、猿の形をかたどっていた影が薄らいで行き、ついに霧消する。すると、その中からノーム=ラッカーが姿を現した。


「ちょっと、大丈夫?」


 彼女は晴れかけの爆煙の方に呼び掛けた。すると、煙の向こうから酷くいびつな物が現れた。


「うわぁ……悲惨」


 ノームがぞっとした声を上げる。そこに立っている人物は、彼女と全く同じ姿をしているが、手がもげていたり、腹に穴が開いていたりと、普通なら到底生きていられないような有様だった。


「もういいわ。アリガト」


 ノームがそう言うと、酷い有様の方のノームが“ボッ”と発火したような音と共に黒煙に変わり、吸い込まれるように彼女の足元に集まり、影に戻った。

 そしてノームはふぅと息をつき、


「ピート先生――助かりましたよ」


 と呟いた。

 “影絵師というのはどうしても術者自身が無防備になりやすい――だから、そこをついてくる聡い相手に備えておきなさい”

 という師の教えに従ってノームは術者と影獣の見てくれを交換する技“猿まね”を習得していた。これは、気配や魔力の流れを観察されてしまえば一瞬でばれてしまうハッタリ技なのだが、影絵師の弱点を突いてくるような鋭い相手には固定観念を逆手に取ることができ、効果があるのだ。


「おーい! 無事か!?」


 彼女がしばらく待っていると、バートを背負ったレターが走り寄ってきた。


「無事に決まってるでしょ――っていうか、アンタこそ大丈夫?」


 かなりの距離子供を背負って走ったためレターは危うい息をしていた。そんな彼を見てノームは苦笑いを漏らす。


「――ねえ、ノームさん、これ、ノームさんがやったの? 強いんだね――」


 魔法弾や爆発魔法で酷い有様の周辺を見てバートは言った。

 ノームはワザとらしくえへん・・・と胸を張って、


「そうよ。私ったら強いのよ――なにせ、正義の味方が頼りないもんでね」


冗談めかして言った。


「わ、悪かったな……」


 レターはバツが悪そうに唇を尖らせた。




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