新たなる英雄の心労 11
深夜――
一台の馬車が西部の町を出ていった。何処にでもあるような普通の荷車の馬車であるが、見る者が見ればその異常さが分かる。防護陣が内側に刻まれた幌、重装備を着こんだ護衛を数人乗せても壊れない頑丈な車輪、そしてブラシをワザと雑にかけて毛並みを乱し、みすぼらしく見せかけているが、かなり上等な馬が二頭。異常なまでの警戒、そして、執拗な隠ぺい――それもそのはずである。この馬車に乗っているのは、西部軍の未来の最高権力者となる男なのだから。
「本当によろしかったのでしょうか……」
その馬車の中――宗教家のようなローブを着こんだ白髪の老人が渋い顔で言った。
「なに、心配は御無用です、リアーク卿――」
両脇に八人の鎧騎士を従えたノルヴェルトは優雅な微笑を浮かべて、
「この私が後援者である貴方を裏切ると思いますか? 必ずやご期待に答えてみせましょう」
自信たっぷりに言い切った。
しかしリアーク卿と呼ばれた老人は、やはり浮かない顔だ。
「いくら西部軍に我々の味方が多いとはいえ、こんな時期に港へ乗り込むなど……全てが終わった後で追及されでもしたら、きっと事件の首謀者が貴方だと疑われかねないのでは?」
港へ向かう――というノルヴェルトの提案は当初の予定にはなかった。全てが緻密に計算され、時間をかけて準備を進めてきた作戦をここにきて変更するなど、旧貴連合のために多額の資金を提供してきたリアークからしたら、とてもじゃないが静観できない。そういう経緯で同行する運びになったのだった。
「リアーク卿の懸念はもっともです。しかし、やはり問題はありません――民たちの信頼を落とすどころか、私が港へ向かうことで時期軍司令官選挙をさらに有利に進めることができる事でしょう」
「――そうならいいのですが、しかし……」
さすがに納得しきれない様子のリアークだった。
この場をとりなすためにノルヴェルトはさらに説得を進めるかと思われた。が、彼は目を閉じて黙り込んでしまった。根拠の読めない行動――リアークはそんなノルヴェルトを不安げに伺っていた。
と、そんな時だった。突然馬車が止まった。
「な、なにが――どうなっている」
真っ先に反応したのはリアークだった。臆病な子供のように立ちあがってオロオロしている。続いて、警護の騎士の一人が様子を見に行こうと腰を浮かせかけた。しかし、
「いい。私が行く」
ノルヴェルトが手で制した。事前にこうなる事を知っていた様な迷いのない仕草だった。
馬車から出て行こうとするノルヴェルト――
「い、いけませんノルヴェルトさん! あなたが出張って、その身に何かあったら計画は全て破綻してしまう。どうかお下がりください」
リアークは必死の形相でその前に立ちふさがった。騎士たちも言葉にはしなかったが、肝を冷やしているようだった。
馬車の中に満ちる緊迫感――そんな中、ノルヴェルトは優しく微笑んで、
「私は絶対に死なない――全ては計画通り進みます。だから、ここで見ていてください」
と断言すると馬車から出て行った。
その堂々とした立ち振る舞いを見てしまっては、もはや誰も彼を止められなかった。
*
本当は一気に奇襲で決めるつもりだった。しかし、その馬車の厳重な守りを見て、考えを改めざるを得なかった。
(いた仕方あるまい――)
その巨大な体躯で道に立ちふさがり馬車を止めたのはコーブ大将である。
監視者を捉え、情報を聞き出した。やはり黒幕は旧貴連合であり、その中心にいるのがノルヴェルトだ――という報告がフィルグランド少尉から入ったのは昨日の事。それから部下に命じてノルヴェルトの監視を強化していたところ、今日になってすぐに動きがあった。
旅支度を整えていると聞いて、コーブはすぐに思い至った。ノルヴェルトは港へ向かうつもりだろうと。そして、これほどなりふり構わない行動に出たということは“機は熟した”のだと暗に示していると。
いよいよ大量虐殺が開始されてしまう……。
「これはこれは、コーブ大将――お一人ですか」
馬車から一人出てきたノルヴェルトは僅かに意外そうな顔をした。
「どうも近頃、部下たちとの間に距離感を感じるものでね――まったく、年寄りと若者というのはやはり相いれないものだな」
これは軍に裏切り者が混じっていることへの皮肉だった。これにノルヴェルトは、
「皆、恐れ多いのでしょう。私もそうです――なにせ、貴方はエレドペリ王国でも精鋭中の精鋭である王族親衛隊に属していた騎士であり、あのフィラカルティー公爵を退け、王を守った伝説の人なのですから」
なんとも慇懃な態度で相手を持て囃した。
「オレなど戦うことしかできない不器用な人間さ。そんな存在は大きな歴史の中においては川底に転がる石と変わらない――真に評価されるべき人物とは、知と力の両方に優れている者か――もしくは、権謀術数に特化した者と相場が決まっている」
コーブの纏う雰囲気は独特だった。ノルヴェルトは静かな眼差しでそれをじっと観察している。
「ノルヴェルト大佐――君は相当優秀な人物とみた。知と力に優れた者か、影から全てを操る者か――試させてもらおう」
言うが早いか、コーブは地面を蹴って突進を始めている。事前に覚悟を決めた、明らかに殺意のこもった奇襲だった。
(コイドくん――君はオレの行動を非難するかもしれない。しかし、オレは守るために人を殺す事を厭わない。それが昔堅気の騎士というものだ!)
途轍もない速さと迫力で飛び込んでくるコーブ――対するノルヴェルトは直立のまま涼しい顔で出迎えた。
――そして、いよいよ二人の距離が間合いまで近づく。
コーブは目にもとまらぬ速さで腰の剣に手をかけ、抜きがけに斬り抜いた。その巨体にそぐわない、素早く洗練された一閃だった。
「ノ、ノルヴェルトさん!」
馬車の方からリアークの悲鳴が響いた。ノルヴェルトは結局、コーブが剣を振るい後ろに抜けるまで一切動かなかったのだ。必殺の一撃をもろに食らってしまっている。
だが、
「――――なっ……」
地に伏したのは、何故かコーブの方だった。敵に背を向けたまま、全身から一切の力が抜けてしまったような動きで崩れ落ちた。
「コーブ大将――やはり貴方は伝説の人だ」
ノルヴェルトはゆっくりと振り返る。
「迷いのない攻撃。そして、そこに至る鋭い考察――まさかここまで行動力があるとは思いませんでした。
私の仲間が貴方の襲撃を教えてくれなければ危なかったですよ」
「な――仲間だと……」
コーブはかすみ始めた視界で敵を睨みながら何とか声を絞り出す。が、すぐに意識が無くなるだろうことは、否が応でも自覚できていしまう。
ノルヴェルトはそんなコーブを見下ろして、
「私に不利な情報があなたまで伝わる訳が無いでしょう――フィルグランド少尉からの報告は事前に私が受けました。その上であなたに伝えるよう手を回したのです――そうすればきっと貴方は私の前に現れるだろう――ずばりでしたね」
既にコーブには何も見えていない。体中の力が消えて行く感覚――これは何かしらの魔法攻撃を受けたのだろう。そうとしか考えられない。
と、そこまで考えたところでコーブの意識は途絶えた。
「さようならコーブ大将。しかし、貴方の死が世に広まるのは全てが終わった後です――貴方は部下を死なせた責任を負って自殺したということにさせてもらいますよ」
冷たく言い放ったその声は誰にも届かない――。




