新たなる英雄の心労 10
フィルとケネスが件の木の元へ駆けつけると、木の幹に体を預けて待っていたポーリンが僅かに姿勢を正して出迎えた。
「お疲れさまでした。しばし休憩してはいかがでしょう」
ぜいぜい息を切らしている男二人をポーリンは労った。だが、二人は息を整えている場合ではない。
「その服どうしたの? っていうか、その人は?」
彼女のメイド服はボロ布のように至る所が破けていた。かなり際どい格好だが、ポーリンは堂々としている。そして、なにより、木の幹を背もたれに蹲っている人物が居る。気を失っているようだが、いったい誰なのか。二十分前、ポーリンがいきなり姿を消したのも含めて、二人は全く状況がつかめない。
ポーリンは凛とした静かな態度のまま、
「そうですね、説明いたしましょう。論より証拠ということで――」
と前置きしてから、きびきびとした動作で振り返ると、何の躊躇もなくそこに蹲っている人物の足を蹴飛ばした。
「――!」
その人物は驚きの表情で目を覚まし、メイドを見上げた。とくに特徴らしい特徴のない中年の男だった。
フィルとケネスが呆気にとられている中、ポーリンはその男に硬い声で詰問を始める。
「起きがけに失礼します。正直に仰ってください――貴方は何故フィルグランドさんを監視していらしたのですか? 目的は何でしょう。後ろだては?」
丁寧な言葉使いではあるが、彼女の言葉には全く容赦がない。
ここで、フィルが思わず声を上げた。
「ちょっと待ってくれ――監視って、何のことだ?」
「ずっと視線を感じてらしたはずです。違いますか?」
「いや、そうだけど、なんで分かったの?」
「私は、お二人が西部の町を出た時点からずっとその後を付けてまいりました。もちろん、フィルグランドさんが視線を気にして歩いていらしたのも観察して知っておりました」
「……」
唖然とするフィル。ポーリンはさらに続けて、
「この者は教会の高楼からフィルグランドさんを常に見ておりました。同じ監視者である私からは簡単に見つけることができたという訳です――さて、それで、お答えの方はどうですか?」
再びその監視者に向き直った。
しかし男はきつく目を閉じ俯いている。何も話す気はないようだ。
ポーリンは嘆息するように「そうですか」と呟くと、次の瞬間――いつの間にか手に握っていた短剣を男のわき腹に突き刺した。
「うっ――ぐぅぅ……」
監視者は額から脂汗を流し、低く籠った呻き声を漏らした。
黙って成り行きを見ていたケネスは思わず目を反らした。
フィルはあまりの事に一瞬反応が遅れたが、
「なっ、なんてことを!」
すぐに止血しなければ致命傷になりかねない部位だ。詰問するにしても明らかに度を越している。止めようと走り出す。しかし、
「ご心配なく」
ポーリンは静かな声で――しかし、有無を言わさない独特の迫力を込めてフィルを制止した。
「――――!?」
フィルはそれ以上動けなかった。しかし、止まったのは迫力に臆したからではなく、ポーリンの身につけている破れかけのメイド服の間から覗いている素肌が赤く発光しているのが見えたからだった。
「ポーリン、君はいったい……」
茫然と疑問を口にしたフィル。ポーリンは監視者に刃を突き立てたままの姿勢で、自分のスカートを大きくめくりあげた。露わになった彼女の脚部には細くて精巧な赤い光の線で複雑な模様が描かれていた。
「これは――陣か?」
空気中に散らばる不可視のエネルギー“魔力”を収集、コントロールし、意図した現象を起こす――それが魔法である。その収集、コントロールを行う仕組みというのが“陣”いわゆる“魔法陣”である。
魔法陣自体は広く普及しており、簡単な物であれば子供の小遣いでも買うことができる。しかし、今フィルが目の当たりにしている物は、明らかに普通ではなかった。
「今すぐ魔法を解除するんだポーリン! 光を発するほどの大量の魔力を体内に流すなんて――死んでしまう!」
かつてバスウッド=カーペンターが使役した“戦車”が内蔵していた走行用の制御陣も緑色に発光していた。だが、戦車の場合はボディーが強固な金属製だったからこそ大出力の魔法陣を使用出来たのだ。生身の人間がそれに触れれば陣が持つエネルギーによって体がズタボロに破壊されてしまうことだろう。さながら、自然界でも上位のエネルギーを持つ雷に撃たれた人間が黒焦げになってしまうのと同じように。
しかし、ポーリンは静かな物腰を崩さなかった。
「ご心配は無用です。この陣は私を破壊しません。それどころか、私を崩壊から救ってい
るのがこの陣なのです」
「崩壊――?」
「私はとある少数民族の血を引いています――今は亡きその民たちは、皆先天的に常人を遥かに超える高い身体能力と魔法適性を備えていますが、それと引き換えに寿命が短いのです。一般的に成人と呼ばれる年齢に成長する頃には老人のような見た目となり、三十年以上生きる者は稀です。
この陣は私の肉体を襲う急激な劣化を遅らせる“治癒魔法”なのです。空気中の魔力どころか、体内で生成される魔力まで食われてしまうので、維持するのが大変ですが、しかし、これが無ければ私は今頃老衰しているでしょう。ですから、これは私の命を救う魔法なのです」
話しを聞いたことで、フィルの中で点と点が繋がった。
ポーリンはその常人離れした身体能力を使い、監視者を教会から掻っ攫い、この木の下まで飛んできた。その拍子に高楼の鐘が鳴ったのだろう。その飛行の凄まじさは空気抵抗で破れたのであろうメイド服が物語っている。そして、今現在彼女の治癒魔法が作動しているのは恐らく……
「自分で刺した短剣の傷を――自分で治しているのか……?」
そうとしか考えられなかった。さっきから短剣は監視者のわき腹に突き立てられたままであり、彼はずっと苦しげな表情を浮かべているが、決定的な危機は見てとれない。行為に対しての反応が妙に軽すぎるのだ。
メイドは澄ました表情で恐ろしいことを言う。
「治癒魔法の応用です。普通に医療に使うことも可能ですが、やはり拷問に使用するのが便利です。間違って殺してしまう心配もありませんし、毎秒ごとに致命傷を与えられるので意識が飛んでしまっても一瞬で起きていただけます」
「……」
「……」
フィルとケネスは同時に複雑な表情を浮かべ口を噤んだ――有体に言ってしまえば、ポーリンのサディストぶりに引いていた。
「さて、そろそろ痛みで気が狂ってしまいますね。スミマセンが、約束をしていただきたいのですが――よろしいですか? 貴方の証言には私の潔白を証明する効果もありますから、どうぞ心して、包み隠さず全てを話していただきたく思います――了承していただけるのならば首を縦に、拒否するのであればそのままで――どちらにせよ後三秒で刃を引き抜きます」
カウントダウンを始めるポーリン。監視者はすぐさまガクガクとはげしく首を縦に振った。それはそうだ……きっとこのメイドは彼が首を縦に振るまで腹に短剣を指し続けるに違いない。そう予感させるに十分すぎるほどポーリンの拷問官っぷりは堂に入っていた。




