新たなる英雄の心労 7
のんびりとした足取りで海岸線を歩く少年――傍から見れば、あてもなく散歩しているようにしか見えないが、
「……」
良く観察すれば瞳に猜疑心を宿し、頻りに周囲を伺っていることが分かる。
(なんだ、この気配は――)
フィルグランド少尉は、この港町に到着して以来ずっと妙な気配を感じていた。
(視線――でも、まるで主体性が感じられない)
嫌な違和感に苛まれながらも、ただひたすら歩きまわり、気配の元を探ろうとしているのだが、その糸口すら掴めず、結局、日が暮れ出してしまい、この地にある日報社へ情報を集めに行った相方と落ち合う時間になろうとしていた。
海岸線を横切り、防波堤を進む。その先には灯台があった。そこが待ち合わせ場所なのだった。
フィルが灯台に着いた時には、既にケネスはそこに居た。近づいてくるフィルを見て軽く手を上げ、
「どうも――」
と気さくに挨拶したが、その表情は浮かない。
続けて、申し訳なさげに、
「いやはや……こちらの日報社の方は親身に話を聞いてくれたのですが、目ぼしい情報は得られませんでした――というより、港守軍という組織は相当な秘密主義らしく、内部の事情を殆ど漏らさないそうです」
今日一日の収穫を話した。
「そうか――」
と頷いて、フィルは情報を整理する。
昇進試験が行われている孤島と最も近い港があるこの町で最大の力を持つのは、港の治安を守ため存在する独立した軍事組織“港守軍”である。ある程度幅を利かせられる上に、近海を行き来する全ての船を観察している港守軍であれば、何か怪しい動きを察知しているかもしれない――あるいは、そもそも港守軍が旧貴連合と繋がっていて、裏で孤島を襲撃する手はずを整えているかもしれない。いずれにせよ、最も危ないのは港守軍に違いなかった。
そういう考察からケネスに情報収集を頼んでいたのだが――結果はさっき聞いた通り、港守軍は強固な城壁で他を牽制していると。
「しかし、それは逆に疑いを強める根拠になるんじゃないか? 今のご時世、それだけの秘密主義を貫くには、かなり風当たりが強いはずだろう」
「そうですね――お察しの通り、港守軍は住民たちからけっこう嫌われているみたいです。それはつまり、民からの信頼を捨ててでも秘匿しておきたい“なにか”があるのか、あるいは――」
「いざとなれば力で支配する用意があるか――」
もしくはその両方という可能性もある。
例えば、島を丸ごと破壊することができる兵器を抱えている――ということも考えられる。
二人は同時にその可能性に気付いたらしく、厳しい目で一瞬見つめ合った。
それからフィルが提案する。
「もう一日だけ聞きこみ調査に徹しよう。オレも少し気に掛ることがあって、先に片付けておきたい――それでも進展しなかったら強硬手段に出る」
ケネスは一度つばを飲み込んで、それから強張った声で言った。
「港守軍に侵入するんですね……しかし、もし見つかったら――最悪の場合、国防軍と港守軍が敵対するところまで事が発展する可能性もあります」
「まあ、そこら辺は上手くやるよ」
とフィルは軽く返した。ケネスはその態度に不安を覚えたらしく、
「失礼を承知で言わせてもらいますけど――この件は貴方の身に余るほど重大な任務なのではないかと、ボクには思えてなりません」
非常に言いづらそうではあったが、懸念を言葉にした。
それも仕方が無いことだった。ケネスから見ればフィルグランドはただの一軍人であり、それ以上の情報は無い。それどころか、見てくれは女々しくて頼りない少年なのだ。とてもじゃないが、内紛に発展しかねない隠密ミッションを完遂できるとは思えない。
そういうケネスの不信感を察したうえでフィルは、
「まあ、そうだよね――でもさ、やるしかないから、オレはやるよ」
と言った。
別段ケネスの不信感を払拭するでもなく、自分が任務に適しているという根拠を示すでもなく――まるで“なぜ働いているのか”という質問に答える疲れ切った工場員のような風情で、真面目とも不真面目ともつかない、なんとも捉えどころのない答えを示した。
「……」
ケネスは困るしかない。しかし、それ以上掘り下げる気にもならなかった。ここで「オレに任せとけ!」などと見栄を張られていたら、きっと追求しただろう。あるいは弱気な言葉が出れば、それでも言葉を重ねたに違いない。
しかし、フィルはどちらでもなかった――“やるしかないから”という言葉には、なにやら根拠が見えないけど、疑う気になれない“自信”のような物が込められている気がした。
(不思議な人だ――こんなに若くて頼りなく見えるのに、時々、気が遠くなるほど遠い所に居るように見える)
この感覚はケネスの記者としての有能さを示している。普通の人間であればこの少年のからここまで“気配”を感じることはできなかっただろう。非常に研ぎ澄まされた記者の観察力から来る境地だ。しかし、争いごとの経験が薄いケネスではこれ以上感じることはできない。
彼がフィルに対して抱いた印象や、追求を止めた根拠――それを的確に表す言葉は“恐怖”に他ならない。
「分かりました。フィルグランドさん――どうか上手くやってくださいね」
これは、力の差があまりに大きい二人の間で“征服と服従”という暗黙の契約が成り立った――という場面なのだ。もちろん、ケネスは――そして、フィルグランド自身もそんな真実には気づいていないのだった……。
と、話しが付いたところで、もうこんな所に居る意味は無く、どちらからともなく海岸の方に帰る運びとなった。しかし、
「……!?」
海岸の方に一歩足を踏み出した瞬間、フィルの顔が強張った。
「なっ――!?」
少し遅れてケネスも気づく。
――暗い海を両断するように月光を受け青白く光る防波堤――その上に細い影法師が落ちている。
それも、かなり灯台に近い場所に、である。
(話しを聞かれた――!?)
その瞬間フィルは走り出していた。もし話しを聞かれていたのだとしたら――そこに居る人物が港守軍の関係者だったら――大変なことになる。フィルは焦っていた。
しかし、その人物の全容が見えてきたところで、強烈な違和感に襲われ足を止めた。そして、呟くように問いかける。
「君は――いったい……」
そこに居たのは給仕の衣装を着た女だった。
「フィルグランド――いえ、コイド=コウヘイ――ようやく見つけましたよ」
風になびくショートの黒髪を押さえつつ、その人物は言った。
そして、黒いロングスカートの裾を両手でちょこんと摘み上げ、少し気取ったお辞儀をして、
「私はポーリン=ブリンクリー。アイナ=イシトールの命により、貴方を<ブラックダイアモンド>へ導きます」
と言った。




