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新たなる英雄の心労 5



ケネスがフィルグランド少尉から呼び出しを受けたのは、訓練兵たちが島へ向かった日の午後のことだった。

彼が指定された時間の五分前に待ち合わせ場所の寂れた喫茶店に入ると、少年軍人は既に奥の席に座っていた。


「どうも――」


 軽く挨拶し、心なしか緊張した面持ちで、少尉の向いのソファに腰を据える。彼がフィルグランド少尉と顔を合わせるのはこれで二度目だった。

少尉は、辺りを注意深く伺ってから切り出した。


「例の薬――彼女に飲ませてくれたかい?」


 挨拶もせず開口一番念を押されたのに呆れつつ、ケネスは答える。


「ええ、間違いなく」

「そうか、よかった――ありがとう……」


 胸をなでおろすフィル。

 ケネスはじれったくなって問いかける。


「いい加減、本題に入ってくれませんかね――まさか、彼女に酔い止めの薬を飲ませたかどうか、それを確認するためにわざわざ呼び出したんじゃないでしょうね?」


 自分は嫌われているから代わりに薬を飲ませてほしい――それは“本題”のついでに彼が請け負った案件だったはずだ。

 二日前、その時は面識が無かったフィルグランド少尉から手紙が届いた。そこには『国の行く末に関わる重要な話がある』という厳めしい誘い文句が記されてあった。だからケネスは誘いに応じたというのに、その時は「本題に入るのは次回ということにしてくれ」などと誤魔化されてしまい――そして、今日、満を持して来てみればフィルはこんな調子だ。


「自分で言うのも忍びないですが、ボクだってそれなりに名の通った記者なんですよ。仕事が山ほど残っているんです。パシリ感覚で呼び出されたらたまったもんじゃない」


 ケネスは腹を立てていた。

 フィルは、どこから話すべきか逡巡して、そしてこう切り出した。


「少し長くなるが聞いてほしい。三日前、オレはコーブ大将に呼び出された――」



 *



「訓練兵の昇進試験が実施されることになった」


 コーブ大将は神妙な面持ちで告げた。それを聞いたフィルは、動揺を顔に浮かべ、


「今――このタイミングで、ですか」


と言った。

予定ではもう半年ほど先のはずだった。それがなぜ今――この混乱冷めやらぬ情勢の中で行われるのか。到底理解できることではない。


「将官たちが強く推してきてな――国民たちの軍に対する不信感が強まっている今だからこそ、態勢を盤石にし、あらゆる出来事に備えるべきだ、と――筋は通っている。しかし、今まで消極的だった幹部会が急に何かに背中を押されたように強気に出てきたのだ。何か裏があるかもしれない」

「そうですね。それも、なりふり構わない様子を見るに――」

「ああ、よほど自信があるのだろう。何を始めるつもりかはまだ分からないがね」


 フィルは自分の立場を理解していた。


「糸口を掴んでいるんですね、コーブさん。ちろん協力します。ですが、丸腰のオレにできることは少ないですよ」


 今しがたコーブが話した事を総合すると、軍の上層部に不穏な影が見え始め、内部分裂の可能性が濃厚になりつつあるということだ。そこで、コーブは信頼のおける仲間に協力を要請しようとしているのだ。先の大戦で共に国民を守るため奔走したフィルグランド――もとい、本物のコイド=コウヘイであれば、信頼に欠くということは無い。むしろ、絶対の信頼を置ける見方は唯一彼一人といってもいい。


「旧貴連合を知っているね」

「――まさか」


 それは、最高権力者たちの裏切りによって、自らの権威を失った者たちの総称であった。


「私なりに色々と考えてみた。なぜ昇進試験の期日を速める必要があるのか、そうするメリットは何か。これは、あくまで私の推測なのだが――」


 コーブは一瞬ためらうように息をのんで、そして、


「もし、昇進試験の最中に不手際が起きたら――例えば、試験に参加している訓練兵の中から死傷者・・・が出たとしたら」


 中途半端に言葉を切った。

しかし、その言葉の意味するところを察するのにそれほど時間はかからなかった。


「ただでさえ危うい軍への信頼は、きっと、完全に地に落ちますね……」


 本人も前置いたように、これは根拠に乏しい推論にすぎない。しかし、フィルは「有り得るかもしれない」と瞬時に思った。それほど話しに筋が通ってしまっている。


「軍への不満が噴出する。国民たちの投票によって政府の人事が決まるこの国で、それはそのまま政府の変成を意味する――なるほど、それで旧貴連合ですか」

「ちらほらと噂は聞いていたが、ようやく表立った行動を起こすつもりのようだ。ここまで暗躍してきたのだから、よほど旗色がいいのだろう。まったく、我ながら情けない限りだ」

「しかし、国民投票で旧貴側の人間が確実に当選するとは限らないのでは?」

「それなんだがな――」

 

 コーブが書類の束を取りだした。


「これは――商人たちとの契約書ですね」


 ケイロス事件で兵糧攻めを食らった経験から、軍は商人たちと書類で契約を結んだのだ。

 それが今、何の関係が――と首をかしげかけて、しかし気付く。


「契約者ノルヴェルト=フォックス――ひょっとして、これ全部!?」

「全部で四百件以上ある。とんでもない手柄だ――だというのに私は、今日になって調べるまで気付かなかったよ」


 ノルヴェルト大佐は随分謙虚な人物なのだな――あるいは、昇進試験の件を聞く前であればそんな感想を持ったかもしれなかった。


「左官クラスが選挙に立候補することは――」

「前例がある。可能だ」

「――――」


 息をのむフィル。

 確かにこれだけの実績があれば、民たちは迷わず彼に投票するだろう。

 コーブはおもむろに別の紙を取りだした。今度は新聞だ。髪が短くキリッとした顔立ちの女軍人と、その後ろでいがみ合う二人の男が映った写真が貼られている。


「愛する人が死んでしまった。私が軍のトップになった暁には、このような悲劇は二度と起こさないと誓う――涙ながらにそんな演説をされたら、誰もが共感するだろう」

「――それは……そんな!?」



 *



「そして、実際アメリアは今、海の上だ――すべてコーブ大将の推察通りに事が進んでしまっている」

「…………」


 話の内容が衝撃的すぎてケネスはしばらく口がきけなかった。

(ノルヴェルト氏の当選を確実なものにするためのプロパガンダのために、アメリアさんが――訓練兵の方々が危険に晒されようとしている? そんな、まさか――)

 到底信じられない。信じられない。しかし、やはり筋が通ってしまっている。

 現実を受け止め、息をつき心を落ち着けるケネス。だが、次の瞬間には体を乗り出し声を荒げていた。


「ということは――な、なぜ船を行かせたんです!? 止めないと!」


 危険が待っている島へ向かう船はつい先ほど出港してしまったのだ、ということに気付いたのだ。

しかし、フィルは落ち着いたままだった。


「座ってくれケネス。もちろん、危険と分かっていてタダで行かせる訳が無い。いくつか手を打ってある。全ては明かせないが――オレの知り合いを一人訓練兵の中に紛れ込ませてある。とても強くて優秀で信頼できる人物だ。大抵のことには対応できるだろう」

「しかし――念を押して中止すれば一番安全ではないですか?」

「幹部会で決まったことだ。覆すには相応の理由を持って交渉をする必要がある。旧貴の人間が相当数混じっている幹部会で要求が通る訳が無い。それに、ここで安全策に出て、強硬手段で試験を止めてもコーブ大将の立場が無くなり、いずれは相手の策略にはまってしまう。だから、今は攻めるしかないんだ――相手の手管を真っ向から受けてたち、その上で跳ねのけることができなければ、どのみち未来は無い」


 フィルはいつになく真剣な様子だった。普段の彼を知らないケネスですら、その真剣さは窺い知ることができた。

 だが、それでも引き下がることはできない。万が一にでも友人であるアメリアが死んでしまうかもしれないのだ。慎重にならざる負えない。


「やはり反対です――ボクは新聞屋です。このことを記事にして発表するのはどうでしょう。今からでも遅くない、船を呼び戻して――」

「ダメだ。この一連の陰謀に証拠は無い。今のところ未遂ですらない。そんな事をしたら自滅だよ」

「しかし! それは――そうかもしれませんが……」


 そこでフィルも立ち上がった。そして、周りに配慮した声量ではあるが、気迫を込めたトーンで、


「だから、ケネス――オレたちに協力してくれ。訓練兵たちをより安全に基地に帰すため――そして、旧貴連合の陰謀を止めるため、オレは港へ向かう。君にもついてきてほしい。非常識なことをお願いしている――それは分かっている。でも、君が持つ“言葉”という力がどうしても必要なんだ。だから、オレと一緒に事の全てを見て、聞いて、経験して――そのうえで人々に教えてやってほしいんだ。たのむ!」


 それは、決死の願いだった。何度も躊躇して、それでも、必要と感じたから口にした言葉だった。

 それを受けてケネスは、


「そう言うことなら早く行ってくださいよ!」


 言うが早いか、もう店から出て行こうとしている。


「準備が済んだら基地の前まで行きますから、そういうことでいいですね?」

「あ、ああ――」


 フィルが返事をした時には、すでにケネスの姿は無かった。




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