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新たなる英雄の心労 4



 地平線の向こうに落ちていく夕日――浜辺から駆け上がってくる潮の匂い――今日も一日が終わる。昨日と変わらない、穏やかで退屈な一日が……。


「――帰ろう」


 小高い丘の上、座ってくださいと言わんばかりに地面から顔を出す岩の上から尻を退ける。森の中を数分歩けば浜に着く。なんとも小ぢんまりとした島だ。

 浜辺に並ぶほったて小屋の周辺では、数人の男たちが火をおこしたり、葉っぱの上に魚や果物を並べたりして、野営の準備を進めている。彼らは皆、軍服を身につけている。それを見て私は思い出す。


「試験なのよね――そういえば……」


 生き残れ――それが昇進試験の課題だった。

 ルールは三つ。

 一つ、島の中央に位置する山の尾根を境界線とし、島の北に出てはならない。

 次に、けが人や病人が出た場合は、試験官が処置をするが、その場合、よほどの理由が無ければ不合格とする。

 最後に、軍の存在理由は正義を行うことにあるので、そのことを念頭に入れて行動すべし。

 手紙に記されていた文章は、もう少し堅苦しいものだったが、要約すればこういうことだ。

――これだけなのだ。

 一切の質問を許されず、私たち訓練兵六十数名はこの名も無き島に連れて来られた。三日前のことである。

 初日こそ皆緊張した面持ちで言葉少なに過ごしていたが、次の日、日が昇り、それが頭上に移動した頃には、辛気臭い雰囲気を纏う人間は誰も居なくなっていた。

 皆、気付いたのだ――この試験はぬるい・・・と。

 十日間というそれほど長くもない期間が設けられたサバイバル訓練――ということは、さぞ過酷な環境が用意されているに違いない。例えば、飢えた獣たちが住む深い森とか、草一本育つことのない凍土とか、あるいは紛争地域にポンと投げ出されたり――私を含めた訓練兵の全員が、そういうロケーションを想像していた。

 しかし、実際に連れて来られたのは温かい孤島だった。

 島の隅から隅まで移動するのに、海岸線を大きく迂回しても十数分しかかからない。その道すがらには、豊かな自然がある。色とりどりの鳥たちが頭上を飛ぶ森には、そこかしこに果物が釣り下がっている。山から海へ向かって澄み切った川が流れている。島の周辺はかなり沖の方まで浅瀬になっており、上半身を濡らすことなく魚を取ることができる。

 誰かが呟いた言葉が凄く印象に残っている。


『このままじゃ俺、太って帰ることになりそうだ――』


 まったく同感である。

 この島での待遇といったら、まるっきり王様のようだ。目が覚めるタイミングで起き出し、お腹が空いたら取れたての果物や魚を食べる。そして、夜になったら焚火を眺めて、眠くなれば寝る。そりゃ太りもする。

 私的には、ケイロスの件で悪目立ちしてしまって町に居づらかったので、余計に居心地が良い。

 あと七日間――短いとすら思える。私個人としては、ほとぼりが冷めるまで島でゆっくりしていたいものだ。


「とんだ呑気さんね。きっと頭蓋骨のなかに花でも咲いてるんだわ。早く養分を吸い尽くされて死ねばいいのに」

「……」


 綺麗な銀の髪、お人形さんのように可愛らしい顔。そこから噴き出す毒の凄まじさといったら……浮かれ気分が一瞬で吹き飛んだ。

 今回の昇進試験に参加している中で女は私とサラ=ディブランの二人だけだった。だから、自然と同じ小屋で暮らすことになった。


「そこまで言う? 何気なく思ったことを言っただけなのに」

「私だって同じよ。思ったことを言っただけ。気に食わなかったのなら済まないと思うわ。謝らないし、改める気もないけれどね」


 サラは可愛らしい見た目とは裏腹にストレートな物言いをする少女だ。孤児だったり、リカクとちびっ子が作った守護隊という組織のリーダーを務めていたりと、なかなか普通じゃない過去を持っているらしく、毒舌はそういう経験から来ているのかもしれない。

 かなり酷いことを言われてはいるが、私はサラが結構好きだった。さっきも言ったように、彼女は正直な気持ちを口にする。打算や計算を一切挟まない。

 サラほどではないが、私もそれに近い性格なので親近感がわく。言葉にはしないが、ここでの生活が満ち足りているのは、サラと知り合えたから――というのも理由の一つだった。

 サラは暗くなるとさっさと寝てしまう。外ではまだ騒いでいる声が聞こえているし、焚火の赤い光も窓から差し込んでいる。だか、彼女はそんな全てを一切遮断してしまったかのように、静かな雰囲気を纏い床につくのだ。

 私も私で、それに付き合って布団を被る。

 でも、眠る気は無い。


「ねえサラ、あなたはどうしていつも張り詰めた様な顔をしているの? 疲れない?」


 掠れる寸前まで絞った声量で問いかけてみる。彼女は騒がしいのが嫌いなのだ。


「それが私の普通なの。だから疲れもしない」


 床について顔も合わせず問答する――それが私たちの日課になりつつあるのだった。サラはそれほど乗り気ではないようだけど、私の問いを無視する事もない。なんとも奇妙な習慣だ。

 私の問いかけに意味や意図は無い。ただ、少しずつ彼女の事を知れたら面白いだろうな、という程度だ。


「サラは今、何を考えているの?」

「そんなの、これからの事に決まってるじゃない」

「試験のこと?」

「さすがのアナタもこのまま何も起こらず試験が終わるとは思ってないわよね?」


 まあ確かに、可能性はいくつか考えた。ある時を境に状況は一変――なんてことが起こりうるかもしれない。なんせ、このままではあまりに温すぎる。


「でも、どうかな――訓練兵からただの兵士に上がるだけだよ? そんなに手の込んだ仕掛けとかするかな?」

「アメリア、あなた、高い所にはいかないほうがいいわ」

「――どうして?」

「熟れすぎた果実は地面に落ちて潰れてしまうでしょ」


 はいはい。この暖かさのおかげで私の頭はぐずぐずに蕩けてますよ。


「こんな孤島を用意して、魔法球での監視まで付いて――こんなに手が込んだおぜん立てをするのだから、必ず何か起こるわ。だから、今最も正しい行動は、体調を万端に整え、一時も油断しないこと――あなたも少しは気を引き締めておくと、あとで後悔せずに済むと思うわよ」

「そっか、ありがとね」

「――何がよ」

「忠告してくれた」

「――バカは死んでも治らないというけれど、バカは死んだ方がいいわ。利口な人間が迷惑するもの」


 またまた、酷いことを言う――でも、彼女の毒を聞いた後だと、妙に寝つきがいいのだった。




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