新たなる英雄の心労 3
目覚めてすぐに気付く――今朝は何か違う、と。
まず、頭が重い。明らかに二日酔いだ。昨日は、ええと――だめだ、よく思い出せない。
それから、いつもなら隣に寝ている筈のマリーの感触が無い。なぜだろう。
「…………」
おぼろげな記憶では、昨日私は二人の男にディナーへ誘われた。おそらく行った。そして、おそらく酒を飲んだ。そしてマリーの居ないベッドで目覚めた。
それらの記憶から導き出される結論は――
怖い……布団から出る勇気が出ない。
私ってヤツは、女としてかなり重要な“行為”を酔った勢いで行ってしまったらしい……更に、恐ろしいことに、どちらを選んだかも覚えていない。
途轍もない嫌悪感が胸に満ちる。私、実は凄くだらしない女だったんだ――そんな自覚が襲ってきて泣きたくなる。
「起きたの?」
「マリー!」
その声を聞いた瞬間、私はベッドから飛び出していた。聞き間違えるものか。愛しい愛しいルームメイト、マリーだ。
彼女は窓際のソファーに座っていた。私は一目散に飛んで行って、彼女に抱きついた。
「よかったぁ……私、とんでもないことしちゃったんじゃないかと思って――よかったぁ」
柔らかくて良い匂いのする胸に顔を埋めてぐりぐりすると、安堵感が止めどなく湧き出てきた。全部勘違いだったんだ。本当によかった。
と私が胸をなでおろしていると、上から少し沈んだ声が降ってきた。
「そんな調子じゃ覚えてないだろうけど、リア――あなた、また新聞に載ってるわよ」
マリーが見せてきた新聞を見て、私はまた青ざめる。
「なによこれ……」
でかでかと張られた写真の中には、トロンとした目でボーっとしている私が居た。その後ろではダイルとノルヴェルト大佐が睨みあっている。
そして、見出しはこうだ――
「西部の英雄、選択の時再び……?」
「上手い事言うわよね」
「全然分かんない」
「昨日夜、ちびっ子少尉さんがリアをここまで運んでくれたのよ。あなたたちメイン通りで大騒ぎして、人目を集めてたって話しよ」
「……どうして?」
「私が訊きたいわよ。でも、なんとなく分かるわ。あなた、ダイルと大佐、どっちのお誘いにも答えたんじゃない?」
どうだったかな――よく覚えていない。
「それで、二股かけてたことがバレた。男たちは激怒して、互いに罵り合った。もちろん、リアをめぐってね」
「そう――なの?」
「だから知らないって。でもきっとそうよ。リアの事をよく知る私が言うんだから間違いないわ」
「マリー怒ってる?」
「お酒臭い抱き枕なんて、私、嫌いだわ」
朝から泣きそうだ……。
*
今日も訓練が始まった。
とりあえずダイルに聞いてみた。
昨日、私は彼に指定された店に時間通り行ったそうだ。そして、凄いスピードで料理を平らげ、酒を飲み干し、ロクに話もしないまま店を出て行ったそうだ。
ダイルは不審に思って私を尾行した。すると、私は違う店に入って行った。そこでは、ノルヴェルト大佐が待っていて、二人で食事を始めたらしい。
これはどういうことだ、と憤慨するダイル。何だね君は、と迎え撃つ大佐。激しい言い争いを始めた二人をしり目に、泥酔した私はさっさと店を出て、よりにもよって、フラフラとメイン通りに歩いて行った。不本意ながら今の私は有名人だ。仕事帰りの人々でごった返すメイン通りに行っていい身分ではない。たちまち、大きな人だかりができてしまった。
「それで、気付いたら君は居なくなっていたってわけさ」
ダイルの目は酷く冷たい。
それはそうか――今の話が事実なら、私はとんだお騒がせ者だ。沢山の人に多大な迷惑をかけてしまった事になる。
「ええと、ゴメン」
「なにがゴメンなんだ?」
「だから、迷惑かけちゃったからさ」
私は誠心誠意謝ったつもりだ。でも、ダイルは渋い顔をした。
「やっぱりお前はバカ女だ。もっとよく考えろよ、バカ」
どこか疲れた様な言い方だった。そして、ダイルは歩いて行った。
午前中、私はずっと上の空で訓練をこなした。まったく、泣きっ面に蜂とはまさにこのことだ。いや、違うか。泣く羽目になったのも、ハチに刺されたのも原因は自分にある。じゃあこの場合、ピッタリなことわざは――そんなことどうでもいいか。それより、大佐にも謝っておかないと。
「スミマセンでした!」
思いっきり頭を下げる。殴られても文句は言えない。覚悟を決める。
しかし、大佐の対応は優しかった。
「君が謝る必要はない。私の方こそ、配慮が足りていなかったようだ。すまない」
といって逆に頭を下げられてしまった。そして、
「ところで、こんな流れで聞くのも変かもしれないが、ぜひ教えてくれ。昨日の答えを」
唐突に話題を変えた。何やら真剣な面持ちで問われた。
「ええと、何のことでしょう」
私は素直に問い返す。すると、大佐は、一瞬寂しそうな顔をして、しかしすぐに大人びた微笑を取り戻し、
「――いや、いいんだ。忘れてくれ」
取り繕うような素振りを見せた。
「それより、来週から始まる昇進試験、頑張ってくれたまえよ。私も監視役として同行するからね」
「昇進試験?」
「手紙が行っている筈だが、見てないのか?」
きっと気付かなかったんだ。朝はバタバタしていて、郵便物に目を通す暇が無かった。
大佐は私を見て苦笑した。
「君が今、大変なのは分かるが、気を抜いてはいけないよ。こんな時だからこそ気を張っていた方がいい。何か相談があれば私はいつでも聞くから、気兼ねなく話しかけてくれたまえ」
「痛み入ります」
目が回るような錯覚を覚えた。
ケイロスの件が片付いたと思えば、英雄なんて呼ばれるようになって、そのことに折り合いをつけられない内に、新聞に間違ったスキャンダルをすっぱ抜かれて、そして今度は昇進試験。私、大丈夫だろうか。
二度あることは三度ある――そうならなければいいが……。




