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新たなる英雄の心労 2



「結局――私のしたことは、間違いだったのでしょうか……」


 少し前まで彼のトレードマークは笑顔だった。それを失った今、彼は何の表情も浮かべることができなくなっていた。


「正しいか、間違ってるか――そんな質問をすること自体、既に間違ってると思うわよ」


 その“いわゆる魔女“らしい衣装を身に纏った少女は、常にうすら笑いを浮かべているので、冗談を言っているようにしか見えない。だが、妙にきっぱりと断言する。


「正解か間違いか、じゃなくて、成功か失敗か――それだけなのよ。それ以外の全てに意味は無い。もちろん価値もない」


 少女が投げやりに言うと、男はやはり無表情のまま、


「あるいは、貴方ほど長生きすれば、世界は単純に見えるのかもしれません。しかし、少なくとも今の僕には、そこまで達観した物の見方はできない。誰かに明確な評価を与えてほしい――でなければ、私は――」


 淡々と話す男の言葉を遮って、少女は心底鼻白んだように、


「だ、か、ら――答えなんて無いって言ってんのよ。まったく、とんだ甘ったれだわ、アンタ。そんな調子でよく教祖が務まったものね。

 鬱陶しいから、一つだけ教えてあげる――サービスよ」


 そう前置きして、少女は僅かに表情を改めた。


「例えばね――森で迷ったとするでしょ? それって、どこかで道を間違えたってことでしょ? つまりさ、自分がどこから迷子になったか分からないから迷子は迷子な訳よ。今のアンタは、ようやく自分が迷子になったって気付いたところなの。さて、どうする? 勇気を出して進むか、振り返って何処から迷ったのか確かめるか――それとも、何処でもない何処かで永遠に立ちつくすか――まったくの自由だわ。でも、どんな行動を取るにせよ、考えておかなきゃいけない事がある。なんだか分かる?」

「……なぜ自分は迷ったのか、その原因を理解しなければ――」

「そう。結局堂々巡りよ。後は自分で考えなさい。それより、今はこっち・・・が気になるわ」


 少女はさっさと話を切り上げて、部屋の隅から水晶玉を持ちだし、テーブルの中心に置いた。すると、水晶玉が輝きだし、一つの映像を浮かび上がらせた。

 男が首を傾げる。


「彼女は、フィルと一緒に居た――」


 少女は二ィと笑い、


「アンタ以上に深い森で迷っているのよ――さあ、出口は見つかるかしら」


 楽しげに囁いたのだった。



 *



 そもそも、私はどんな目的があって軍人になったんだろう――そんなの簡単だ。英雄を倒して復讐するためだ。あの日の悲劇を忘れたことなんて一度もない。私はずっと一つの目的のために頑張ってきたんじゃないか。


――どうしてぐんじんさんになたの?


 なら、どうしてあの時、子供に問われて即答できなかったんだろう。子供に言うべき内容じゃないから? いや、だとしたら適当にごまかせたはずだ。でも、私は何も言えなかった。それはつまり、答えを自覚していないから誤魔化すことも出来なかった――ということじゃないのか? いや、違う。私の決意は――


「ああ、もう!」


 埒が明かない。私は根本に立ち返って現状を打破する方法を見つけたいのに、何処まで遡っても、なんだか視界がぼやけたみたいに見通しが悪くて、さらに訳が分からなくなる……まるで森の中で迷子になったような気分だ。


「ええと、アメリア? 悪いけど静かにしてもらえるかな。朝礼中なんだけど」

「ん? ――――あぁ」


 ちびっ子少尉の困り眉を見て、今が朝礼の真っ最中だった事を思い出す。しまった……。

 背後に並ぶ同僚たちからひそひそ話と忍び笑いが聞こえてくる。

 理由が分からなくても、私は自分の意思で軍人になったのだ。しっかりせねば。

 少尉は咳払いして朝礼を再開した。


「という訳で、今日からノルヴェルト大佐が第六部隊に加わることになりました。ええと、一言お願いします」


 少尉の拙い進行はともかく――ノルヴ……誰?

 私が首を傾げていると、ちびっ子の後ろから一人の軍人が前に出てきた。いかにもハンサムといった感じの男だ。大人びた微笑を浮かべている。

 その某大佐は、私たち訓練生一同を見渡してから、ビシッと敬礼して、その体勢のまま、


「諸君、ノルヴェルト=フォックス大佐だ。今日から世話になる」


 はきはきと挨拶をした。

(――それだけ?)

 疑問を感じたのは私だけではなかった。他の訓練生たちも顔を見合わせたり小声で何か話したりしている。

 それはそうだ。ただの訓練生部隊ごときに、大佐クラスが同行するとなれば、何かしら理由があるはずだ。世話になる――で話しを終わらせられては、まるで訳が分からない。しかし、大佐はやはりそれ以上語る気はないようで、元の位置に戻って行った。



 *



朝の訓練中、訓練生たちは大佐の話題で盛り上がっていた。恋する乙女のようにそのハンサムな横顔をチラチラと見ていた。

私は話に加わらず(嫌われているので加わりたくても無理)、走り込みに没頭していた。すると、


「やあ、アメリア。ご機嫌麗しゅう」


 今日も嫌みたっぷりなニヤニヤ笑いを浮かべたダイルが隣にやってきた。

 無視しよう。


「無視するなよ」


 この男と話してもロクなことにならないから嫌なんだけどなぁ……。ケイロスの一件以来、やたらと話しかけてくるけど、どういうつもりなんだろう。まあ、こんな奴でも、あの時、私が落ち込んでいる時に励ましてくれたのは事実だ。でも、そのお礼はしたじゃないか。あとはそっとしといてほしいんだけど。


「何か御用で?」

「なんで、そんなに嫌そうな顔をするんだ……せっかく話しかけてやってんのに」

「別に頼んでないじゃない」


 すげなく突っぱねてやった――つもりなんだけど、ダイルは冷やかすような笑みを浮かべて、


「ほんと、君は素直じゃないなぁ」


 変なことを言った。素直じゃないって……私が? こんなに素直な子、他に居ないと思うけど?


「君はどうしてだと思う?」

「なにが?」

「ノルヴェルト大佐だよ。なんで第六部隊に来たのかって話。向こうで話しているのを聞いたんだけど、どうやらあの大佐、かなり有望な人物らしいぜ。近いうちに将官になるだろうってもっぱらの噂だそうだ」

「へえ」


 正直、あまり興味が無かったけど、ちょっと羨ましいとは思った。将官ともなれば、軍では最高クラスの権力を持つことができる。きっと、申請すれば易々と中央へ移動できることだろう。英雄が住む中央へ。私にとっては遠すぎる道のりだ。


「近いうちに第六部隊うちで大きな仕事を請け負うんじゃないかって皆予想してるよ。あの子供の下に居たらいつまでも出世できないかもって危ぶんでいたけど、ツキが回ってきたのかもしれないなあ」

「ダイルは出世したいの?」

「そりゃそうだろ」

「どうして?」

「ボクは元々貴族だよ? 魚が水の中でしか生きられないように、ボクも偉くならずにいられないのさ」

「ふーん。じゃあ、今のアンタは浜辺に打ち上げられた小魚ってわけね」

「アメリア、君ねえ……」


 偉くなりたくて軍に入った訳か。なんか、ハッキリしてて羨ましい。ふとそう思っている自分に気付き、頭を振る。ダイルのような意地悪人間を羨んでどうする。疲れてるなあ私。


「ところで、今日は軍で夕食を出さない日だ。君のように家族が居ないヤツは食費を賄うのも辛いだろ? ってことでどうだい――この優しくて紳士な僕が食事をご馳走してやってもいいと思っているんだが、もちろん受けてくれるね?」

「……どうしたの急に。コワイ」

「こ、怖いってなんだよ! ボクはただ、君が新聞の件で精神的に参ってるんじゃないかと思って、本当は不本意だけど、それでも同僚だから誘ってやってるんじゃないか」


 やっぱり疲れてるんだなあ。他人に気取られてしまうほど、私の落ち込み具合は分かりやすいのか。

 それはともかく、どうしたものか。真意は分からないが、ダイルは私を気遣ってくれているみたいだし――断るのも悪い気がする。でもダイルはダイルだしなあ……。

 私が考えながら走っていると、


「ウォルターズ訓練兵!」


 突然名前を呼ばれた。呼んだのは――なんとか大佐だ。その優雅な顔がこっちに来いと言っている。私は走るのを止めて、大佐の元に移動する。すると、


「君と話したいことがあるのだが、今晩、一緒に食事でもどうだ?」


 ずっとサッパリしてはいるが、さっきダイルが言ったのと同じようなことを言ってきた。

(なんかのゲームだったりして。流行ってるのかしら)

 正直、戸惑う。


「話しというのは、今ここでは出来ないのですか?」

「そうだね」

「仕事の話ですか?」

「半分は――といったところかな」


 うーん……。

 こういうとき、どうするのが正解なんだろうか。さっぱり見当がつかない。

 ただでさえ悩んでいるときに限って次から次へと――私は困って視線を逃がす。そこには、口をだらしなく開けて呆けきっているフィルグランド少尉が居た。ただ気が抜けただけだった。


「ええと、ちょっと考えさせてください」

「もちろん。よい答えを待っているよ」


 誰かに相談してみよう。自分じゃ決められそうにない。




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