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良心の解放者 19



 しかし、リカクに銃弾や矢が当たることは無かった。それらをすべて肩代わりした人物が居たのだ。その人物は自分の服を引っ張って、


「あーあ、穴だらけになっちゃったぜ」


 気だるげに言った。

 何が何だか分からず、リカクが茫然としていると、その人物が振り返った。何やら人間離れした道化の石膏像のような男だった。


「よう、無事か?」

「え、あ――はい」

「そいつは良かった。あぶねーからオレから離れんなよ」


 道化は投げやりにそう言うと、倒れているフィルグランドの方へ歩いて行った。そして、あろうことか、


「おい、起きろっての」


 血だまりの中に眠る少年の体を躊躇なく蹴飛ばした。

 さすがのリカクもカッとなる。


「貴方、なんてことをするんです!?」


 道化は金属音に近い笑い声を上げた。


「キヒヒヒ――まあまあ、そういきり立つなって。てかよ、こんだけ体に穴が開いたオレを無視してコイツを心配するってのかよ。薄情なヤツだなあ」


 道化は自分のわき腹に刺さっている矢の尻を握ってぐりぐりと回して見せた。

 リカクは顔をしかめる。


「く、狂っている――君は何者なんだ」

「何者ってかい――ううん……まあ、言ってみりゃコイツの分身って感じかな」

「分身――?」


 その時、二人の足元で何かがもぞもぞと動いた。


「ううぅ……い、痛い――」


 くぐもった声を漏らしつつではあるが、フィルは自力で立ち上がった。

 驚いたのはリカクである。


「フィル! 君、体は――」


 ひょっとして、上手いこと急所を守ったんじゃ――いや、あれだけ血が出ていたのだからどっちにせよ助かる訳が――。色々な可能性を探すが、最終的にありえないという結論に辿り着く。なぜフィルグランドは生きているのか。


「ええと、ほら、儀式を受けたからさ。オレが貰った特殊能力は不死身になるだったんだよ。いやあ、リカクのおかげで助かった」

「そ、そうなのですか――本当に?」

「う、うん」

「おい、浩平、何うだうだ言ってんだよ。そんな場合じゃねえだろうよ」

「ラプラス!? なんで君がここに」

「だから、言ってる場合かっての。戦うの? 戦わないの?」


 フィルは辺りを見回した。状況は変わっていない。


「わかった、やろうラプラス」

「よしきた!」


 道化の男は不敵に微笑むと歩き出した。その先にはフィルが居る。


「――――?」


 いよいよ訳が分からない。リカクは唖然とするばかりである。

 そんな彼の目の前で、さらに不思議なことが起こった。

 道化は進み続けて、フィルと正面衝突した。すると、道化の姿が消えた。まるで二つの体が一つに合わさってしまったかのように見えた。


「フィルグランド――君は一体……」


 フィルはどこか寂しげに微笑み、


「ゴメンねリカク。事情は後で話すから――」


 と言った。

 彼の姿が消えたのはその直後だった。



 *



 サラ=ディブランは実戦の中で戦いの厳しさを実感していた。

(私の方がずっと強いのに――どうして勝ちきれないの)

 儀式で手に入れた能力は強大だった。これだけ人数に差があるのに全く負ける気がしない。だが、どうしても勝ちきることが出来ないのだ。

 能力で団体をまとめて吹き飛ばしたところで、少し経てば立てなおされてしまう。かといって、これ以上能力の加減を緩めれば殺してしまうかもしれない。事前のシミュレーションではこんなことにはならないはずだった。一瞬で敵を鎮圧するはずだった。なのに――どうしてこうも上手くいかないのか。

(同志フィル――私は、無力です。貴方の期待に添うことができないかもしれません)

 悔しくて叫び出したいのに、能力制御を間違えられないので感情をなんとか押し殺す――サラはとてももどかしい思いをしていた。

 彼女にとって不安で仕方ない戦闘がしばらく続く。傍目では一方的な戦いに見えるかもしれないが、サラや他の守護隊メンバーたちは明らかに焦り始めていた。このまま戦いが続けば自分たちは負けるかもしれない。そういう恐れすら生まれ始めていた。


――だが、彼らの焦りとは関係なく、あっさりと戦いは終わる。


 最初はほんの小さな違和感だった。敵の動きが鈍くなった気がする。それくらいの変化――しかし、それは加速度を増して途轍もない速さで全てを変えてしまった。

 サラの手が止まる。敵を見つけ次第攻撃を加えるようにしていたのだが、そこに居た一団を見た瞬間、もう攻撃する必要はないと一瞬で理解できた。

 まるでいきなりどこかの森の中にほっぽり出されたような、そんな心細い目をしている。それも、そこに居る敵兵全員がだ。武器を構えるどころが、サラを見ても何の反応も見せない。すでに、この人たちは敵ではない。

 辺りが静まり返る。守護隊のメンバーたちがサラの元へ駆け寄ってきた。


「リーダー、これは一体――?」


 聞かれて、サラは首を横に振った。


「分からない――」


 と、その時、五人の前に突然人が現れた。


「みんな、お疲れ様」


 フィルグランドは何気ないしぐさで手を振って五人の下に近付いて行った。

 サラは自分でも何故そう思ったのか分からないが、瞬時に確信して問うていた。


「同士フィル――いったい、どうやったのですか?」


 全てはこの少年がやったのだろう。そうとしか思えない。

 だが、フィルは恍けた。


「いやあ、初戦なのによくやってくれたね。素晴らしい戦いだった。自信を持っていいと思うよ」


 違う。そんな言葉を聞きたいんじゃない。サラは言いたい事がいっぱいあったが、他の守護隊メンバーたちがフィルの言葉を聞いて歓声を上げたので期を逸してしまった。


「さあ、最後の仕事だ。民たちを連れて施設の外に出るんだ。まだ敵が居るかもしれないから気を抜いちゃダメだよ。もうすぐ軍が到着するらしいから、行きあったら同行するように。いいかい?」

「はい、了解しました――フィルは一緒に行かないのですか?」

「うん。ちょっとやることが残ってるからさ。後で追い付くよ」


 そう言うと、フィルは踵を返して歩いて行ってしまった。

 守護隊のメンバーたちは晴れやかな表情だった。しかし、サラは釈然としない気分だった。




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