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良心の解放者 17



「そろそろか」

『ああ、燃焼した木材から発生する可燃性の物質が蒸発しきった頃じゃ、解いてみるがよい』


 針の穴に少しだけ通った糸を丁寧に引っ張る――彼がそんな仕草をすると、遥か離れた町の外からでも観測できた大火事は一瞬にして消え去った。辺りが暗くなり、星たちが近くなる。


「さて、それで? オレはどうすればいい」

『そんなことも分からんのか』


 英雄は小首を傾げた。

 ケイロスの施設が燃えていると聞きつけて一も二も無く駆けつけ、こうして消火を終えた訳だが――ふむ、何がどうなっているやら。さしずめ貧窮に耐えかねた市民が討ち入りしたのだろうが、だとして、自分は誰の味方になり、誰を停止させればいいのか――。


「お前には分かるのかヘヴン」

『知る訳無かろう』


 いつものことだが素っ気ない答えが返ってきた。


「いっそ関係者全員を停止させてみるか?」

『バカ者――それで何が解決する』

「じゃあ帰るか?」

『あるいは、それが良いかもしれん。事情が入り組んでいるということは、各々のっぴきならない事情を抱えているということ――本人同士で決着をつけるしかない。お前は天敵を失った相克者だ。下手に立ちまわり世界に危険視されれば新たな剋する者・・・・が生まれてしまう。普通に生きて普通に死ぬがよい』

「無責任なヤツだ。お前が一方的に押し付けてきたくせに――まあいい、しばらく辺りを見て回ってから帰ろう」



 *



「ち、違う。私は知らなかったんだ! 彼女とはルポーロ山脈で出会い、少し話しただけだ。だから、私は五大貴族と関係ない。本当です、信じて――」


 リカクはこれ以上何を言っても無駄だと悟った。

 民も信者も、誰一人として彼の言葉など聞いてはいなかった。一度裏切り者と判断された者の言葉は軽い。

 既にこれは宗教間の争いではなくなっている――ケイロスの台等に端を発する一連の出来事は、二つの力と無力な人々というシンプルな構図に落ち着いたのだった。


「さあ、みんな、終わらせましょう。英雄の坊やが来たら厄介だわ」


 アイナ=イシトールは華やかに微笑んだ。人々を取り囲む銀の鎧兵士と黒い毛皮の荒くれ者が入り混じった奇妙な軍団が銘々武器を構えた。

 それを見て、ずっと沈黙していた白服の一人がフィルの横まで歩み出た。白銀の髪が特徴的な、まだ幼さを残す少女だった。よく見ればフィルが引き連れてきた五人の白服たちは全員まだ若い少年少女たちだ。さすがにフィルよりは年下に見えるが到底大人とは呼べない。しかし、誰もが強い意志のこもった瞳を爛々と輝かせている。

 銀髪の少女はフィルの横顔を真っ直ぐ見つめて言った。


「……同士フィル――我々の出番ですね」


 フィルは神妙な面持ちで頷いた。


「ああ、そのようだね」


 すると少女は叫んだ。


「よし、みんな始めるぞ!」


 言うが早いか、彼女はきびきびとした足取りで、敵軍から民たちを庇うように陣取った。他の四人も各々位置に着いた。


「生意気なガキが。それっぽっちの人数で何ができるってんだ。ぶっ殺してやるぜ」


 盗賊の一人が近くに居た銀髪の少女に言って嫌らしく舌舐めずりをして見せた。山賊の言うことはもっともだった。アイナの部下たちは少なく見積もっても百人以上。それも、戦闘の経験を持つ者ばかりが集まっている。たった五人の子供たちに何ができようか。

 しかし、少女は臆する様子もなく、逆に山賊を睨み返して声を荒げた。


「殺す――だなんて、それは良くない言葉だ!」


 鮮烈に言い放ち、


「はっ!」


 何も無い所で、人の頭を上から引っ叩くような仕草をした。

 すると、足もとの草が強烈に靡いた。

 そして――


「う、うおあぁぁぁぁぁ」


 先ほど少女に野次を飛ばした山賊が、凄い速さで後方に飛んで行った。さながらトップスピードで走る馬に轢かれたかのような様だった。しばらく宙を舞い、遥か後方の草の上に落ちる。僅かに上体を起こそうとする挙動があったが、すぐに動かなくなった。

 唖然とする敵の兵士たち。

 銀髪の少女は軽く戦闘の構えを取りつつ言う。


「安心しろ、我々は誰も殺さない。絶対にだ――しかし、こうも屈強な男たちが相手では加減するのも難しい。骨の一本や二本は覚悟しろ。さもなくば消えてくれ――では行くぞ!」


 今度は平手打ちのような動き。すると、先ほどより派手な現象が起きた。彼女の前に居た敵が十人ほどまとめて吹っ飛ばされた。それを見て、近くに居た連中は堪らず逃げだし、包囲網に大きな穴が開いた。

 この子は自分たちを守ってくれたんだ。

 そう思った民の一人が、少女に言った。


「す、凄いぞ、お譲ちゃん! これなら簡単に勝てる!」


 その声を皮切りに、民たちの間で次々と雄叫びが上がった。五大貴族に一矢報いたことに対する喜び、圧倒的な力が自分たちに与しているという安心、そして、退治される悪を目の当たりにしたことで芽生えた正義感――そういった激しい感情が至る所で発生、伝染し、民たちの士気を上げていた。

 が――


「ウルサイ!!」


 少女がピシャリと言った。そして、民たちを睨む。


「別にあなたたちのために戦っている訳じゃない。自分じゃ何も決められないくせに、こんな時だけ調子に乗らないで! 面倒だから黙ってじっとしててよね」


 体を張って守っている民たちに雑言を浴びせる――なんとも支離滅裂である。民たちは戸惑い、口を噤んだ。

 だが、旗色は良い。

 他の四人もそれぞれ活躍しているようで、もはや敵の包囲網は散り散りになっている。戦いの終わりは既に近いように思われた。




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