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良心の解放者 16



 自分はただ平和に暮らしたいだけの善良な市民だ。だから悪くない。

 国を裏切って戦争を起こした五大貴族が悪い。ロクに仕事をしない政府が悪い。警備を怠った軍が悪い。宗教なんかを始めたケイロスの連中が悪い。


「いたぞ! 教祖リカクだ!」


 その声を発端に大勢の人々が一か所に集った。

一般の民たちはリカクさえどうにかすれば全ては丸く収まると考えた。

 ケイロスの信者たちは教祖が居なくなったら全てが終わってしまうと危惧していた。

 茫然と佇むリカク――彼を囲うように大きな人だかりができる。

――しかし、その状態でしばらく停滞する。

 怨敵が目の前に居る。さあ、制裁を加えようじゃないか――誰かが行動したら自分はそれに続こう。誰もがそう考えている。

 この暴動が特殊な点は、誰も“大義”を持たないところだ。

 誰もが自分は善良であり、被害者だと自覚している。だから、こういう場面で口火を切り状況を動かせる人間が居ないのだ。

 敵も味方も固唾をのみ、渦中の人物であるリカクを見つめている。すると、


「私は――私のやってきたことは――全て無駄だったのでしょうか」


 彼は、誰にともなくポツリと呟いた。

 民たちは普段のリカクを知らないので何も思わなかったが、信者たちは彼の危うげな状態を目の当たりにして不安を覚えた。


「私のせいで皆が戦っている――だとしたら、私は……きっと私の思想は――」

「リカク――ダメだ!」


 全員の視線がその鋭い声の方に引きつけられた。

 人だかりが割れる。そして、現れる――男とも女ともつかない少年と、その後ろに続く数人の白服の人々。


「君が負けを認めてしまったら――それは、代償のない平和の否定になってしまう。絶対に負けちゃダメだ」


 その少年は教祖の前まで真っ直ぐ進んでいく。

 リカクは驚愕を顔に浮かべ、


「フィル――どうして君がここに居るんだ。君はまだ儀式の途中じゃ――」

「そんなことはいい。それより、今は冷静になるんだ。君には大勢の人に影響を与え、導く力がある――だから一時の感情に流されちゃいけない」

「しかし見てくれ、この惨状を! 皆血走った眼で他人を傷つけようとしている。のどかで優しさに満ちていたはずの私たちの領土が今や火炎地獄と化している! 目が覚めた様な気分だ。これが私のやってきたことの結果なのです」

「君だって人間だ。失敗はある。だけど、一度の失敗で全てを諦めるのは愚かだ。そうだろリカク」

「――しかし」

「時と場合を弁えなさいな!」


 その場に似つかわしくない明るい女の声が響いた。再び人だかりが分断される。


「そういう詰まんない話は全部終わった後でゆっくりするといいわ。それより今は戦争を楽しむべきよ――素敵なステージと不様に踊り狂う演者たち――なんて素晴らしいのかしら!」


 さながらミュージカルの登場人物のように大仰な身振り手振りを交えつつ歩み寄ってくる美女――そこに集っていた人々の間にどよめきが起きる。

(お、おい、アイツは――いや、こんな所に居るはずが――しかし、見たことがある。オレは昔ダンバイザードに居たんだ――てことは、やっぱり――)

 そんな人々を見て女は満足げに微笑み、


「民の皆さん、お久しぶりです――ダンバイザード公爵アイナ=イシトールが戦争の匂いを嗅ぎつけて来てあげたわ!」


 高らかに言い放った。

 一年前の大戦の火付け役である五大貴族の一人が目の前に居る。沢山の苦労と犠牲を強いてきた憎むべき敵である。怒り、恐れ、そして戸惑い――民たちはやはり行動を起こせない。

 アイナは傍らのリカクに視線を向けて、


「お久しぶりねリカク。どう? 私が言った通りこの国には楽しい事がいっぱいあったでしょ? うふふ――こんな素敵なことになって私も嬉しいわ。貴方を国に引き入れた甲斐があったというものよ」


 再び人々の間にどよめきが起こる。

 あるケイロス信者が思わず口を開いた。


「り、リカク様……どういうことですか? 貴方は、五大公爵と関係があるのですか?」


 まさか、そんなはずは――そういう期待を込めた問いかけだった。

 リカクは、何か言おうと何度も口を開こうとして、しかし、


「…………」


 何も言わず俯いた。


「そ、そんな……」


 問いを投げかけた信者は顔を真っ青にしてその場に崩れ落ちた。信じて従ってきた男が、自分たちに不幸を振り撒いた人間と繋がっていた。その事実がもたらすショックは相当なものだった。それは、他の信者たちにとっても同じだった。皆顔を背け、言葉を呑んだ。


「あら、落ち込んじゃったか。でも、そんな暇ないわよ――おいで!」


 マイペースに言うアイナ。すると、何処からともなく、大量の人影が現れる。たちまち、人だかりを包囲するように一回り大きな輪が形成される。

 フィルは瞬時に気付く。黒の山賊とアイナおかかえの兵が入り混じった連中だと。


「お前の目的はなんだ。一体何がしたいんだ――アイナ=イシトール」

「そんなこと良く分かってるでしょ魔法王さん? 私たち古代王の目的はただ一つ。争うことよ」

「――馬鹿げてる。オレが止める」

「今のあなたじゃ無理よ。まあ面白そうだから生かしといてあげるけどね――でも他のみんなはダメよ。全員死ぬの――それで、この国がギクシャクするきっかけになってもらうから。誰も逃げられないし、焔のおかげで誰も助けには来ない。ご愁傷さまね」

「ソイツはどうかな――」


 そう言うとフィルは遠くに目を向けた。


「――?」


 アイナはその先を追う。そして、気付く。


「なるほどねえ――そういや来てるんだったわね。偽物の英雄さんが」


 溜息交じりに言った。

 その視線の先には炎に包まれる巨大な塀があった。

 しかし、その様子が少し変だ。目の前で行われているやり取りに夢中で誰一人気付いていなかったが、良く見れば、いつの間にか炎が停止・・している。奇妙な光景だった。躍動感はそのままなのに、一切揺らいでいない。

 

 まるで時間が止まってしまったかのようだった――。




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