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ガーディアン・ゴーレムの真実


『未来を奪え――それがお前の力になる』


 小井戸は足を止め、辺りを見回した。しかし、そこは何もない荒野であり、遥か後方にルドラカンドの外壁が見えるだけだった。

 弾んでいた息を整え、問う。


「誰? 俺に言ってるの?」

『そうさ小井戸浩平、あんたに言ってるのさ。俺様の名前はラプラス――あんたの”中”にいる』

「俺の中――?」

『あんたは走っている最中、ずっと「力が欲しい」と考えていただろ? だから俺様が形成された。そう、俺様はあんたの力――未来の名を持つ魔法そのものだ』

「未来……そうか、そういうことか――」


 納得したように頷き、再び走り出す。


「それで、俺には何ができるの? すぐに使える力ならいいんだけど」

『なーに、簡単さ。敵に触れるだけでいい。そうすりゃ俺がそいつの未来を奪ってやるからさ』

「それって、どういう――」

『詳しいことは後でいいんじゃねーか? やってみりゃわかるだろ。それより今は走ることに専念しろよ――せっかくやる気になったってのに、守る相手が死んじまったら意味ねーだろ』

「……そうだね」


 小井戸は走るスピードを上げた。エイモスが乗り込んだであろう失われたダンジョン――エピスマス遺跡。白壁の廃墟と化しているそれは、すでに目と鼻の先に迫っている。



 *



 松明の灯った地下神殿――”それ”は奥の扉を守るように立ち塞がっていた。

(あれがガーディアン・ゴーレム……)

 赤褐色のレンガで組まれた分厚い壁――しかし、只ならぬ雰囲気をまとっている。エイモスは一目で理解した。これが敵なのだ、と。

 固唾を飲み下し、一呼吸おいてから剣を抜く。

 それに反応したのかレンガが動き出す。


――カラカラカラカラ――


 レンガ同士が擦れ合う乾いた音と共に壁の形状が変化していく。全長が伸び、左右のレンガが分かれ棍棒のような腕を形成する。胴体部分に埋まっていた頭部が土埃と共に現れる――のっぺらぼうだが、額に当たる部分には”emeth”の文字が刻まれている。

 エイモスの額を冷や汗が伝う。

(デカいな……しかし――)

 自分の目線より二十メートルは高いゴーレムの額の文字を睨み付ける。

(頭の文字を消せばオレの勝ちだ――そうすりゃ自治部に入れる。この中途半端な状況から抜け出せるんだ!)


「うおおおおあああ!」


 剣を振りかぶり突進する。

 エイモスには策があった。

 巨体と怪力を持つゴーレムと正面切って戦っても勝ち目はない。なので、体に張り付き、死角となる背中をよじ登り、弱点である額の文字のみを破壊する。クエストカタログを眺めながら、ずっと妄想してた作戦だった。それを今、実行に移す時が来た。

(動きがない――? いけるかもしれない!)

 エイモスは早々に剣を投げ出した。

 微動だにしないゴーレムの横から回り込む。

 敵の背中が見えた――

(行けるぞ!)

 エイモスの口元が僅かに緩む。

 しかし、次の瞬間――彼の体は跳ね飛ばされていた。


「がっ……痛っ」


 仰向けに倒れ、内出血を起こし始めた額を押さえる。

(な、なんだ――攻撃をされたのか? しかし、今の感触は……)

 白黒する目をなんとか凝らして、状況を確認する。そして、奇妙な現象が起きていることに気付く。

 エイモスとゴーレムの間の空間で、赤い液体が空中で固定されたかのように浮かんでいる。

(自動攻撃する液体? いや違うな――あれはオレの血だ)

 彼は、体に感じた衝撃から、ようやく理解した。

 見えない壁がある――自分はそれに突っ込み倒れたのだと。

 それがゴーレムの能力であることは一切の挙動を見せない不気味な敵の姿から明白だった。

(こんなの聞いてないぞ――クソッ……一旦引くしかない)

 フラフラと揺れる意識の中で判断を下し、エイモスは立ち上がり、ゴーレムから距離を取る。しかし、


――ゴン――


 背中に固いものが当たり、それ以上進めなくなる。


「――おい、嘘だろ……」


 振り返り、手で壁の感触を確かめる。そこには何もないのに、押しても叩いてもビクともしない壁が確かにある。

 エイモスの顔に焦りが浮かぶ。

 パントマイムのように、手を体の前に突き出し、歩き回る。

 右に一歩――手が壁に触れる。

 左に一歩――やはり壁がある。


「…………」


 恐怖と後悔が彼の精神を支配していく。

(オレにだってできると思った……その気になりゃなんだって――――)


――カラカラカラカラ――


 ゴーレムがゆっくりと動き出す。体の向きを変え、背後にいたエイモスと向き合う。

(でも終わりだ――やっぱり中途半端なままだ)

 土人形の腕は赤錆色の棍棒――容易く人間を壊すであろうそれが高々と振り上げられる。狙いは勿論、身動きの取れないエイモスだ。

(すまんな……やはり他をあたってくれ。お前なら友達くらいすぐできるだろ)

 エイモスの顔にあきらめの色が浮かんだ、そのとき――


「待ったあああああああ!!」

「!?」


 エイモスは反射的に地下神殿の入口のほうに視線を動かした。

 そこには腕を振ってとてつもないスピードで突っ込んでくる小井戸の姿があった。

 なぜここにいる――何をしに来た――危ない、来るな――助けてくれ!

 エイモスの頭の中で様々な感情が生まれ、消えていく。

 それらを言葉にしている余裕も時間もなかった。

 ゴーレムの腕がいつ振り下ろされてもおかしくない。


「ま――にあえ――――!!」


 小井戸はヘッドスライディングするように、手を前に伸ばしたポーズで飛んだ。

 その指先がゴーレムの脚部に触れる――すると、


――ポンっ――


 という軽い音と共にゴーレムが煙に包まれる。

(なんだ!?)

 視界を遮っていた煙が次第に晴れていく。すると、辺りの状況は一変していた。


「ど、どうなっている?」


 ゴーレムの巨体は跡形もなく消え去り、代わりに赤さび色の砂が大量に散らばっている。

 そして、砂一番が盛り上がったところに人が立っていた。

(コイド? ――じゃない。女の子供だ)

 エイモスの目には、所在なさげに佇む白いワンピースを着たブロンド髪の少女が映っている。やせ細り、肌が不健康に青白い。

 彼が混乱していると、小井戸が少女の前に立ち、にこやかに問いかける。


「こんにちは。お名前は?」


 少女は顔に警戒の色を受け別つ答えた。


「……マローダ」

「そっか、マローダちゃんね。何か思い出せる? なんでもいいんだけど」


 マローダと名乗った少女は視線を斜め上に泳がせ記憶を辿っているようだったが、急に泣き出しそうな顔に変わる。


「お、思い出した。わたし、体中に土を塗られて……冷たくて、怖くて、逃げたかったけど。でも、動くと怖い顔で怒られるから逃げられなくて――――それで――それで……」


 少女は顔をくしゃくしゃに歪めて泣き出してしまった。

 小井戸は、細く華奢な肩を抱き寄せる。


「もう大丈夫だよ。ここには君を傷つける人間は誰もいない。だから安心して」


 少女は小井戸の胸の中で何度も頷いた。

 

「あの――えっと……」


 まるで状況が掴めず、雰囲気的に質問することもできない。

(俺のこと忘れてないか……?)

エイモスは少女が泣き止むまでボーっとしているしかなかった。


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