良心の解放者 15
「行かないで! …………?」
慢性的な悪夢から覚めると、そこは暗い部屋の中だった。アメリアは額に浮かんだ汗を拭おうとして、しかし激痛が走り断念する。
(痛っ……ああ、そっか――)
痛みで一気に覚醒した脳が現状を思い出させる。ケイロスの幹部連中の高慢な顔が浮かび、腹が立った。しかし、こうして体が自由ということは、奴ら尻尾巻いて逃げたんだ――そう考えると、ザマアみろだ。
アメリアがぼんやりしていると、
「あのう――」
すぐ近くで人の声が聞こえた。幹部たちを退けたとはいえ、ここは敵の本拠地である。気を抜いてはいけない――と思い立ち、すぐさま戦闘態勢に入るアメリア。だが、
「ぼ、ボクですよ、アメリアさん」
どうやら戦う気はないみたいだ。でも、ボク? だれ?
暗闇に目を凝らすアメリア――次第に目が慣れ、見覚えのある丸メガネがそこにあることに気付いた。
「ケネス!?」
ケネスはケイロスの会の危険性を世間に知らせるべく記事を新聞に載せようとした。しかし、その矢先謎の失踪を遂げたのだ。
「どうしてこんなとこに居るのよ。てっきり監禁されてるか、下手したら殺されたんじゃないかと思って心配してたんだから」
「ええ、おっしゃる通り、ボクは監禁されていました。でも、なんとか逃げることができて――真っ先にアメリアさんと会っておくべきかとも思ったんですが、しかし、どうしてもやりたいことがあって」
暗くてはっきりとは見えないが、ケネスの服は破れたり汚れたりで浮浪者のようだ。そんな格好ではあるが、若き記者は真剣な面持ちで話す。
「ボクが何者かに浚われたのはケイロスについての記事を上司に提出した後です。それはつまり、早朝日報の内部にケイロスの関係者がいるということです。だからボクは誰にも会わないように立ちまわったんです。
それでですね、ボクが何をしていたかというと、張り込みと尾行なんです。早朝日報に出入りする人間を付け回せば、必ずケイロスにつながる。でなければボクを監禁することができませんからね。結果、やはりケイロスの関係者は居ました。何度も顔を合わせている普通の社員の一人でしたが、毎日のようにケイロスの施設に通っていました。正直驚きましたね……。そして、それから尾行を開始したんです。その社員を徹底的に尾行して回ると、町の外れで誰かと密会していました。今度はその誰かを尾行して――という風に、どんどん踏み入って行くと、最終的に、なんと、いいですか? ……例の黒の山賊団のアジトに辿り着いたんですよ!」
黒の山賊団――少尉を追いかけてアジトへ行った時のことを思い出す。逃げる途中で現れた五大貴族のアイナ=イシトール。敵兵に囲まれ危ない状況だったが、アイナの不可解な鶴の一声であっさり引き上げて行った。
その時の事と、今の状況は何か繋がりがあるのではないだろうか。肉を切らせて骨を断つ――アイナは未来を見越してあの時自分たちを見逃したのではないだろうか。
考え込むアメリア――が、その時、小屋の外で大きな音がした。何かが破壊されて崩れ落ちるような、そういう音だ。
アメリアは弾かれたように立ち上がる。
「つっ……」
「アメリアさん――」
よろけて倒れそうになった彼女をケネスが慌てて支える。
「無理しないでください。ボクが見つけた時、アメリアさんは相当な量の血を流していましたよ。しばらくはジッとしていた方が――」
「そっか、それでずっと私を守っていてくれたんだね」
「え、いや……そうです」
アメリアは照れてしどろもどろになるケネスの手を優しく退けた。
「ありがとケネス。でも私は大丈夫だから。貴方はここに居て」
「アメリアさん……」
戦に赴く夫とそれを見送る妻、そんな風情だった。もちろん、夫役がアメリアである。
「それじゃ!」
勢いいさんでかけ出すアメリア。
力いっぱいドアを開け放つ。
「…………」
そこに広がっている火の海を見た瞬間、アメリアはフラッとよろめき、そして倒れた。
「あ、アメリアさん!?」
慌てて駆け寄り抱き起こそうとするが、彼女は完全に気を失っているようだった。だから言わんこっちゃない――と思いつつ、目は燃え盛る巨大な外壁に釘づけだった。一か所崩れ落ちて、瓦礫が草を焼いている。
「どうして――」
外では民と信者の戦いが始まっている。だが、二人はもう少しこの小屋で待機することになる。
*
話せど話せど何も決まらない。
もう戦う以外に道は無いだろう――口には出さなかったが誰もがそう考えていた。
コーブ将軍は最低な気分で床に着いた。このところ常にそんな調子だ。そろそろ結論を出さねば、最悪の事態を招きかねない。しかし決め手が無い。会議は平行線から一向に傾かない。悪戯に消費されていく時間。西部軍の最高権力者である彼の肩にかかるプレッシャーは相当な物だ。
それでも睡魔はやってくる。彼が呑気だからではない。度重なる会議で精神が摩耗しきっているからだ。
「――い、許可証を――ないか!」
「――場合ではない! 早く――――」
しかし、無情にも彼にとって唯一の安らかな時間は、騒がしい声に引き裂かれた。
「どうした?」
コーブが扉の間から顔を出すと、見張りともめていた兵が口早に、
「ケイロスの領地が燃えています!」
と告げた。
コーブはたちまち走り出した。報告をした兵もそれに続く。
「招集は」
「英雄殿が基地の前に全軍を集めました」
「彼は」
「先に向かわれました」
「現場の状況は」
「民たちが誰も帰って来ないのを見るに、恐らく――」
「クソッ!」
不毛な会議にかまけている間に、恐れていた事態が起きてしまった。コーブは奥歯を強く噛んだ。口の中に血の味が広がった。
鉄砲玉のように廊下を疾走し、基地の入口を抜け、開け放たれた城壁の扉を潜り抜ける。そして、間髪置かず叫ぶ。
「誰も殺すな! 出来れば怪我もさせるな! 敵も味方も全て我らが守るべき民であることを忘れるな! 行けッ!!」
城壁の前には総勢二千の兵たちが列を組み待機していた。いささか頼りない数ではあるが、これが現在の西部軍基地に所属する全ての兵である。
彼らは、前置きもなく出された指令に瞬時に反応した。銘々、地響きのような叫び声を上げつつ、早くも進軍を開始している。
貴族制度の廃止にともない、騎士という概念と伝統的な訓練システムも無くなった。しかし、それに取って代わる軍人たちは騎士と比べても遜色ない実力を持っているはずだ。
勇敢に進む二千の同志たちの背中に敬礼するコーブ大将の脳裏には、彼らと共に過ごした時間が浮かんでいた。
「不甲斐ない上司で悪いな……」
最後にそう呟いて、自分の身支度を整えるため基地の方に歩きだした。
――その時だった。
「おーい、コーブ大将!」
場違いに気の抜けた声が背中に当たる。
振り返ると、兵たちと入れ替わるように荷馬車の隊列が近付いてくるところだった。その先頭を走る馬車から顔を出すのは、
「おお、ラプラスか!」
「いやいや、遅くなっちまってさ、わりィね」
その不気味な道化師のような男はに馬車から飛び降りてコーブのもとへ駆け寄って行った。
「あの馬車は食料だな――君は護衛で同行してきたのか?」
「なんだよ、知らねえのかよ。エイモスのヤツが来いっつって手紙を寄こしてさ。くいもんと一緒に運ばれて来たって訳――それで、浩平は?」
コーブの顔が曇る。
ラプラスは瞬時に察する。
「あの火事だな? そこに浩平もいると――じゃあ急がねえとな」
「ああ、私もすぐに出発する。早馬なら数分で着くだろう――乗ってくか?」
「馬か! いいねえ、早いってのはそれだけで素敵なもんだ」
この後――彼らは隊と合流し、ケイロスの本拠地に向かう。
戦いを止め、平穏を取り戻すために。




