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良心の解放者 14



 夜の草原地帯に乾いた歯車の音が響いている。

 何処までも長い荷馬車の列が滑るように粛々と進んでいく。

 至急食料を送ってくれという連絡を受け中央を出た最初の馬車数台は、各地方で荷物と馬車を増やしながら、数日の旅を経て、ようやく西部の町までたどり着こうとしているのだった。


「よう、お疲れさん。首尾はどうだい」


 先頭の荷馬車――男が幕の隙間からひょっこり顔を出して言った。


「ヒッ――!? ……お、驚かさないでくださいよ」


 手綱を握っていた軍人は一瞬大げさに飛び上がってから男の顔を見てホッと胸をなでおろした。なんとも女々しい反応だが、それも無理は無い。幕の隙間から出てきた顔は道化を模した石膏の仮面のようで、ひどく不気味なのだ。

 その石膏仮面は虚ろな目で、前方を見やった。暗闇に紛れて四角いシルエットがちらほら見えている。西部の町は目と鼻の先だ。


「長げェ旅だったなあ――しっかし、くいもん寄こせってのはどういう了見なんだろうな。珍しいよなあ」


 男は口元だけに満面の笑みを浮かべて話すので、とにかく気味が悪い。


「政府の行政は拙いですが、食糧のやり繰りや防衛に関しては力を入れてやってきましたからねえ。何かあったのは間違いないでしょう」

「ただでさえ評判が悪い西部軍だからなあ。事情を話さず、くいもんだけ要求してきたのも不思議はないか――しかし、そうなるとアレだな。オレたちが駆けつけた時に、まだその“何か”が続いている可能性が高い。そう思わねェか?」


 軍人はゾッとして頭を振る。


「不吉なこと言わんで下さいよ……こちとら旅疲れが溜ってるんです。着いた途端に戦いなんて事になったら皆ぶっ倒れちまいますよ」


 男はキヒヒヒ――と肩を揺らして笑った。


「ああ、ソイツは全くだ。でもよ、どうやらぐっすり眠る暇はなさそうだぜ」

「――――?」


 突然断言した男――軍人は不審に思い、男を見る。

 相変わらず不気味な顔でじっと前方を見つめていた。

 その視線を追う――そして、軍人も気づく。建物の向こうが妙に明るい。生活のために灯されたものでないことは、色を見れば分かる。赤――激情を現すような深い色。


「なっ!? あれは、燃えている?」

「この距離でも分かるんだから、相当な規模だろう――周囲を枯れた山に囲まれた西部の町にゃ水気が少ねえ――やべェな」

「…………」


 青ざめて目を剥く軍人。


「な、なな、なにか――なにか命令は無いのですか? 例えば、今すぐ引き返すとか……」


 男はまたキヒヒと軋む蝶番のような笑い声と共に、


「旅疲れが溜ってんだろ? さあ、急ごうぜ」


 言ったのだった。



 *



 見張りの人間は職務を全うしていた。火の手を見つけたタイミングも遅くは無かった。それでも消火が間に合わなかったのは、そもそも塀の構造に無理があったからだろう。

 “優しくあれ“を信条とするケイロスの会は、鼻から戦いのことなど考えていない。広い草原を囲う塀を作ったのも、ただ外と中を分けるためだった。乾いた木材で組まれた塀は高くて頑丈で、そしてとても燃えやすかった。


「な――――」


 長い間、赤い光に満ちた地下室で暮らしたせいで目に色が移ってしまったのかと思った。しかし、揺らぐ炎まで幻な訳が無い。久しぶりに目にした外の世界は地獄の釜と化していた――呆然と立ち尽くすリカク。

 そこへ半狂乱でやってきたのはケイロス幹部の一人だった。たちまちリカクのもとへ駆け寄り、足にしがみ付いた。


「教祖様! こんな時に――何処にいらしたんです!?」


 リカクは炎から目を離せない。


「なにが――あったんですか」

「外の連中が塀に火を放ったのです。奴ら――きっと、ひもじさに頭をやられて我を失っているに違いない……今も、うちの信者たちと戦っています!」


 リカクの目が男に向いた。氷のように鋭い視線である。


「ひもじさ――?」

「はっ……」


 失言に気付き口を噤むが、もう遅い。

 リカクは語気を荒げて訳を問いただした。はじめて見る教祖の剣幕に押され、男は全てを吐いた。宝石で商人を買収し、食糧の流入を断ったこと。食料を求めて入信を求めた民たちを全て追い返したこと。そして、ルドラカンドの教祖を拉致し改信を強要したが失敗したこと。

 みるみるうちにリカクの表情がこわばって行き、そして、男が話終わると、


「なということを!!」


 ついに叫んだ。


「貴方がたの行動の何処に優しさがあるというのです。それは、私が目指すケイロスの思想とはかけ離れた暴挙だ!」


 ここまで言われては男も言い返さずにはいられなかった。たまりにたまった鬱憤をぶちまける。


「なにが優しさだ――バカの一つ覚えみたいに! そういうアンタはどうなんだ。何処で何をしていたか知らないが、アンタがいない間、我々幹部がどれだけ悩み苦しみ奔走したことか――優しさで世界を変えるというなら、なぜ一番大変な時に姿を隠したりしたんだ! アンタの言うことは全部きれいごとだ。迷惑な思想の押し付けだ!!」

「きれいごと……ですか」

「そうだ! この炎の海がアンタの作ろうとした世界のなれの果てなんだよ。よく見ろ、ほら! 全てが燃えていくぞ、みんな死んでいくぞ――地獄だ! まるで地獄だろう!」


 男は息を荒げて教祖を睨んだ。


「…………」


 リカクの瞳には勢いを増し続ける焔が映っている。

 その時――


「居やがった! おい、こっちだ! 教祖がいるぞ!!」


 何処からともなくそんな声が響いた。


「ひ、ヒィィ――」


 幹部の男はへっぴり腰で滅茶苦茶に走って行った。


「…………」


 リカクは氷つてしまったかのように、依然として停止したままだ。




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