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良心の解放者 13



 アメリアが扉を開けると、そこにはパン屋の店主が立っていた。どういう訳か、今にも泣き出しそうな面持ちだ。

 こんな朝早く教会などに来て、何かあったのだろうか――不思議に思って、声をかけようとした、その時だった。

 扉の陰に隠れていた男が姿を現した。


「アメリア=ウォルターズくんだね。一緒に来てもらうよ」


 はじめてみる人物だったが、ケイロスの信者であることは服装ですぐに分かる。

 

「どうして?」

「さあ? 上の命令だ。私は訳を知らない」

「イヤだと言ったら?」

「それは困る――」


 男は背中に隠していた銃を取り出し、パン屋の店主に突きつけた。

 それと全く同時にアメリアは両手を上げて“降参“のポーズをとっている。店主の怯えた顔を見た瞬間から、こうなることは薄々察していた。


「ゴメンねアメリアちゃん……」


 パン屋の店主はついに泣き出してしまった。


「ううん、気にしないで。っていうか、巻き込んじゃってゴメンね」

「違うんだよ! 私が悪いんだ……食べ物をくれるって言われて、つい口車に乗って――」

「だから、いいんだって。おばちゃんはなにも悪くない。ほら、泣かないで」

「アメリアちゃん……ゴメン――ごめんよぉ……」


 

 *



 アイナ=イシトールの目論み通り、西部の町は貧困の底に落ちた。軍人を含めたルドラカンドに与した人々は皆、飢えに苦しむこととなった。ケイロスには食料があると聞きつけ、施設に足を運び改信を訴える民が後を絶たなかったが、しかしケイロスは一切取り合わなかった。状況は最悪である。

軍上層部は、他の地方に食糧の供給を要請し、認められたが、それが到着するまで人々が持つかどうか――借りに一時的に持ちこたえられたとしても、食糧不足の抜本的な解決にはならない。

 最終的には戦いで決着を付けるしかない、のかもしれない――しかし、それは本当に最後の手段だ。食糧難が人を殺す寸前までは打開策を考え続けるべきだと結論を出し、停滞を余儀なくされていた。

アメリアが攫われたのは、そんなタイミングだった。

そして、彼女は苦渋の決断を迫られる――



 両手を鎖で縛られ、ケイロスの施設に連行されたアメリアは、ある小屋に閉じ込められた。締め切られた部屋でしばらく待つと、数人の男たちが入ってきた。自分たちがケイロスの幹部であることを告げると、すぐに本題に入った。


「軍が我々に平伏すよう、君に取り計らってもらいたい――なに簡単さ、外で飢えている民たちの鼻先にニンジンでも吊り下げて舵を取り、軍に訴えればいい。たったそれだけのことで全ての民は助かる――軍という邪魔者がいなくなれば平和が戻るという訳だ――素敵だろ? さあ、やってくれるかいアメリアくん」


 淀みない早口で言いきる。男たちはアメリアの反応を待った。

 しかし、アメリアはなかなか口を開かない。

 

「チッ――」


 幹部の一人が煩わしげに舌打ちをした。そして、


「オラァ!」

 

 動けないアメリアの腹に躊躇の無い蹴りを食らわせた。


「カハッ……」


 苦しげな息を漏らして倒れ伏す女兵士。苦痛に顔を歪め、早くも額に汗がにじんでいる。

 蹴りを入れた男は、彼女の髪を乱暴に掴み強制的に顔を上げさせ、


「お前らはもう終わってんだよ――そんなことも分からねえのか?」


 ねちっこい口調で詰め寄る。

 他の幹部たちは止めようともせず、涼しい顔で静観している。


「なにを考えてんだか知らねえが、もうお前に残されたセリフは“イエス“しかねえだろ。みんな死んじまうぞ。いいのかよ、ああ? ほら、早く言えよ――イエスだ、イエス――さあ、ほら」


 まくしたてる男――するとアメリアがようやく口を開く。


「ノーだ――」


 ゴォン――鈍い音と共に、アメリアを蹴った男が後ろに吹っ飛んだ。不様に地面に転がった男の額からは血が流れており、どうやら完全に伸びきっているようだった。

 アメリアの額からも男以上に大量の血が出ているのを見て残った幹部たちは何が起きたのかようやく理解した。そして、誰もが驚愕した。髪を掴まれた状態で大の男を弾き飛ばすほど強力な頭突きを繰り出したというのか……何者だコイツは――と。

 アメリアはふらりと立ち上がり、


「まったく、何勘違いしてんだか――」


 冷めきった調子で言う。


「最初っから答えは決まってんのよ――私はね“ノー”と言うための理由を考えてたの――」


 顔に血を滴らせて淡々と話すアメリアの迫力に、及び腰になる幹部たち。


「ねえ、まだなんか言いたいことあるの? 一応聞くけど、答えは変わんないわよ? ねえ、どうなの?」


 言われっぱなしではメンツが立たない。一人の男ががなり立てる。


「き、貴様、自分が何を言っているのか分かっているのか!? 罪のない民の命を捨てると言っているのだぞ? お前の勝手で、途轍もない数の命が失われるのだぞ!?」

「分かってるわよ、バカじゃないんだから――分かってて言ってんのよ」

「そ、それでも――お、お前は――」

「私はアメリア――アメリア=ウォルターズ。西部軍所属の訓練兵で、今はルドラカンド教の見習い教祖――それがどうしたってのよ」


 彼女の超然とした態度に、男は魚のように口をパクパクさせた。完全に言い負けている。


「あのね、どんな肩書がつこうと関係ないの――私は私。絶対に負けないし、絶対に屈しない。絶対にね――分かったか、ゴミども!!」


 その叫びがとどめとなった。

 多勢に無勢で圧倒的有利なはずのケイロス幹部たちが尻尾を巻いて逃げて行く。頭突きでノックアウトした男を引っ張ろうとして自分が倒れたり、足と足をもつれさせて転んだり、人とぶつかって驚いて飛び上がったりと、なんとも滑稽な様だった。

 

「まったく――やれやれだわ……」


 一人っきりになった小屋の中、アメリアはそう呟くと、


「……まった――く――――」


 その場に崩れ落ちた。




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