良心の解放者 12
「我らに賛同しない人々がまとまり始めたようです――まさか、ここにきてルドラカンド教が息を吹き返すとは、予想外ですな」
ランプを一つだけ灯した暗い部屋に数人の気配――ケイロスの会の幹部会議は、広い敷地の何処かでひっそりと行われていた。
「アメリア=ウォルターズという新米教祖が活躍しているという話ですが――」
「いや、付け焼刃の教祖などお飾りにすぎないでしょう。リカク様とは、比較にならない。それより、直接的な要因として、商店街の人々が全て向こうに着いたというのが痛かった。政府の影響力が弱まった昨今、取るに足らない噂話が想像以上の影響力を持ってしまう――そして、いつの世も噂の奔流は商人たちが作る物だ」
「どちらにも加担しない人々が全て向こうに流れてしまったという訳ですな。しかし、そういうことなら、改信させるのもまた簡単なのでは?」
「いや、そうとも言えんだろう――無関心な人間の心を掴むのは難しい。信念が無い分、一度決めたことを変える手間を惜しむ。話すら聞いてはくれないだろう」
沈黙が落ちる。会議は難色を示していた。その原因として、教祖リカクが参加していないことがあげられる。このところ彼は、ほとんど人前に姿を現しておらず、誰も彼が何をやっているのか知らない状態なのだった。
誰も口にはしないが、この会が開かれたのもそんな教祖に対する不満が大きくなったからなのだった。
もう少しで国そのものを変えられるかもしれないのに、ここまで来て足踏み――彼らからしたら、今の状況は酷くもどかしい。
「現実が“あやふや”だから噂話などが横行するのではありませんか?」
突如として響いたその声は若い女の物だった。はきはきとして自信に満ちた口調である。
「例えば、一年前の戦争の時、五大貴族の行動に興味を持たない民がいただろうか――誰もが軍のもたらす僅かな情報を心待ちにしていたと思いますよ」
幹部たちの間に僅かな戸惑いが生まれた。はて、幹部の中に女がいただろうか? しかし、そんな事を気にしている場合ではないのも、また事実。誰も口にはしなかった。
「それは、つまり、何か表だった行動を起こして、民たちが現実を把握せざる負えない状況を作るべきだ――と?」
「それはダメだ。一年前の傷があるからこそ“優しくあれ“というリカクの思想がここまで受け入れられたんだぞ。こちらから争いの火種を撒くようなことをしては、自殺行為だ」
あちこちで同調する声が上がる。ここにいる誰もが、現状打破の方策として“実力行使”を一度は考えた。が、そんなこと出来ないという結論に至り却下してきたのだ。
しかし、女の声は引き下がらない。
「民たちにとって、争いだけが身に迫る危機ではないでしょう――違います?」
「というと?」
「かつて金鉱として栄えていたこの地方の土は恵みが少ない――作物を育てているのは、我々ケイロスくらいで、他は糧の大半を外からの買い入れに頼っている。
もし食物の独占に成功すれば、どうなります?」
「食糧難か――糧を独占する者が大義を握る事になるでしょう。しかし、そんなこと――」
「可能です。政府は民たちの信頼を得るため、商人たちとの癒着関係を一切作って来なかった。資金を持つ者が商人たちの心を掴む――」
と彼女が言った直後、ガラガラガラ――と何か細かい物が零れおちる音が響いた。床に散らばった小さな物を銘々拾い上げ、ランプの明かりで照らす。そこかしこで驚愕の声が上がった。
「これは……宝石!?」
「――全部そうなのか?」
手探りで床をさらうと、相当数の手ごたえがある。これが全部宝石なのだとしたら、確かに……女はダメ押しに、
「これは見本です。皆さんで分けあって収めてください――ということで、これからの方針は決まりということでよろしいですか?」
念を押す。
異を唱える者は一人もいなかった。
女は満足げに、
「ありがとうございます。それでは、皆さん――これからもがんばりましょうね。優しい世界のために」
そう締めくくると、ドアを開き出て行った。
その後、部屋の中では幹部たちの宝石争奪戦が始まった。
*
彼女が小屋から出ると、そこには一人の男が待っていた。
「上手くいったのか」
顔中にたくましい髭を蓄えた目つきの鋭い男であった。
「楽勝よ。教祖くんが変な力で洗脳まがいの人心掌握を始めた時は焦ったけど、でも、結局、思想は砂糖菓子でしか無い。現実を支配するのは欲望と力よ」
彼女は煩わしげにローブを脱いだ。フードの下から出てきた華やかな美人は、五大公爵の一人、アイナ=イシトールであった。
「さあ、これから忙しくなるわよ。黒の山賊団にもしっかり働いてもらうからね」
楽しげに言う彼女を男は鋭さの増した眼で見ている。
「ケイロスなどを経由しなくとも貧困状態を作り、民を制御することはできるはずだ。いいかげん教えてくれんか――貴様は何を考えているんだ」
二人は共闘関係にはあるようだが、どうやら信頼関係を築けている訳ではないようだった。それも当然といえば当然、彼女の言った“欲望と力による支配”とは利害関係のみで人と人を繋ぐという行為であり、何処まで行っても有効な関係などは実現できない。
「十分な報酬は払っているでしょ? それに、貴方達が望む争いと略奪の世界はちゃんとやってくるから心配しないでって何度も行ったでしょ?」
「……」
「まだ足らないってんなら、そうねえ……私の体で払ってあげてもいいわよ? 特別報酬って感じ。どう?」
「それはいらない」
「即答しないでよ……」
男は白くなり始めた空を一瞥してから、歩き出した。
「今のところは味方でいよう――手はず通り山向こうからの商人たちは我々に任せろ。しかし、もし裏切られるようなことになれば、覚悟しろよ――容赦しないぞ」
アイナは花のように可憐な笑みを浮かべて、
「うふふ――それはそれで素敵かもね」
軽口をたたいた。




