良心の解放者 11
フェインは激怒した。
今日もアメリアに宗教家の心得を教える約束だったのに、時間になっても彼女は姿を現さなかった。昨日の今日で顔を出しにくいのは分かるが、約束をすっぽかすのは良くない。宗教家になる以前の問題だ。不器用で少し変わってはいるが、根は真面目で責任感の強い人物だと思っていたのに、ちょっと失敗したくらいで、逃げ出すとは……。
――実のところ、彼も昨日のことで相当ショックを受けていたらしく、冷静さを欠いており、この時は逃げたのだと信じて疑わなかったのである――。
嫌なことからは逃げればいい――という魂胆が許せなかった。約束の時間から丁度十分過ぎたところで我慢の限界が来て、フェインは教会を飛び出した。
彼とてそれほど若くは無い。全力で走ると、すぐに息が切れた。それでも走り続けた。アメリアに対する失望が彼を突き動かしていた。
そして、まだ早朝で人の少ないメイン通りで彼女を見つけた。
あろうことか、パン屋の店主と談笑していた。
それを見た瞬間、フェインの頭に急激に血が上った。ただでさえ、走ったせいでフラフラなのに、さらにカッとなった結果――意識がもうろうとして訳が分からなくなり、ただただ怒りにまかせてアメリアの肩をひっつかみ、叫んでいた。
「貴方ね! 落ち込む気持ちは分かりますが、だからって、約束を破って言い訳じゃないでしょう。そんなことではいつまでたっても教祖になどなれませんよ!」
凄い勢いであった。彼の声はかなりの広範囲に響き渡った。
困惑するアメリア。だが、すぐに状況を察したようで、
「フェインさん、あの、ゴメンなさ――」
事情を話そうとしたのだが、横やりが入った。
「おいおい、お前さん――アメリアちゃんに何してんだよ」
突然現れた老人に肩をガッと掴まれ、強制的に体の向きを変えさせられるフェイン。
「なにをする――」
抵抗しようとして、しかし、その老人の目がやけに怖いのに気付く。
そして、少し冷静になったところで、自分が置かれている状況に気がついた。
いつの間にかフェインを中心に、大きな人だかりができている。そこに集まった誰もがフェインを睨みつけている。
頭に上っていた血がスーっと引いていく。
「なんなんですか、貴方達は――」
「オレは魚屋だ。こっちは八百屋、こっちは鍛冶屋、こっちは――」
老人は人だかりの一人一人を顎でしゃくって紹介した。そこにいる全員が、通りにある店の従業員らしい。
なぜ商店街の皆さんに睨まれているのだろう――まるで訳が分からない。
「そういう手前は誰なんだよ。兄ちゃんよぉ」
「え、いや――」
すっかり怯えて、声が出ないフェイン。
と、そこで――そんな彼を庇うようにアメリアが前に出てきた。
「この人はルドラカンド教会の神父さんだよ。悪い人じゃないから、そんなに睨まないで」
「でもよぉ、さっきアメリアちゃんに乱暴してたじゃねえかよ」
「違う、違う。私が悪かったんだよ。ついうっかりして約束を破っちゃってさ、だから、怒られるのは当たり前なんだ」
「そうなのか?」
誰もが納得していない様子だったが、それでも、人々の視線は弱まった。
アメリアはフェインに向き直って、勢いよく頭を下げた。
「ゴメンなさい、フェインさん。思ったより時間かかっちゃって、時間に間に合わなかった。これからは気おつけます!」
潔く反省するアメリアを店員たちは優しい顔で見守った。だが、次の瞬間には鬼の形相に変わり、フェインを睨みつけた。
「い、いいんだアメリア――私の方こそ怒鳴ったりして悪かった。ささ、頭を上げてくれ」
「フェインさん――」
スムーズな和解。再び丸くなる人々の視線。フェインはホッと息をついたのだった。
*
「ところで、ここで君は通りで何をしていたんだ?」
並んで教会に帰る途中でフェインが訊いた。
「ええと、昨日失敗しちゃったから、少しでも挽回しようと思って――話を聞いてくれそうな通りのみんなだけでも勧誘しておこうかなと」
「なんと――てっきり君は教祖の重責から逃げ出したものとばかり思っていたよ」
アメリアはムッとして、
「確かに遅刻したのは悪かったけど、それは酷いでしょう。私、逃げるのが一番嫌いなんです」
「そうだったか、すまない」
「いえ、いいんです」
随分サッパリしているな。フェインは隣を歩く教祖見習いにそんな印象を持った。
「それで、勧誘は上手くいったのか?」
「それはもう!」
アメリアは嬉々として紙の束を取り出してフェインに渡した。それはルドラカンドに入信する意思を表す正式な書類だった。記名され、ハンコが押されたものが、軽く数えただけで三十枚以上ある。
「こんなに――! す、凄い成果だ」
アメリアは照れくさそうに笑った。
「通りのみんなとは元々仲が良かったから、当然といえば当然だけどね」
「いや、それにしたって凄い。もしかしたら、君は本当に教祖になる資質があるのかもしれない」
「それはどうかな――でも、実際にルドラカンドの一員としてみんなと話してみて、なんとなく分かってきたよ」
「なにがです?」
「一生懸命やればなんとかなる!」
あっけらかんと言う彼女を見て、フェインは英雄が彼女を教祖に選んだ理由が分かった気がした。
(誰かが誰かに憧れる――それが宗教の始まり――憧れられる人間というのは、常人には理解できない“何か”を持っている。
彼女の場合、その“何か”は――恐らく、異様なほどの真っ直ぐさだろう。
もしかしたら、昨日の勧誘も、我々が余計な横やりを入れなけらばうまくいっていたのかもしれない……)




