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良心の解放者 10



「ええと……あのね……と、とにかく、ケイロスは辞めてルドラカンドに入んなさい!」


 漆黒のシスター装束に着替えて、少しは女らしい見た目になったかと思えば、これである……。

 男気たっぷりに机に片足を乗せて客を睨みつけるアメリアを見て、フェインは頭を抱えた。現ルドラカンドの指導者としてこの数日、彼女に聖職者の何たるかを教え込んできた彼だったが――全て無駄だったと分かり、落胆もひとしおな様子。

 フェインの隣に立つコーブ将軍は腕を組んでどっしり立っているが、内心呆れていた。

 テーブルの向こうに並んで座る三人のケイロス信者たちは、皆アメリアから目を反らしている。関わっちゃいけない――という態度だ。

 新米教祖は後ろを振り返り、


「ねえ、どう? これでいいの?」


 と問うた。不安半分、自信半分、そんな様子。

 フェインはアメリアを無視して、ケイロスの信者たちに言う。


「ああ、ええと……すみません、少々お待ちください」


 コーブ将軍はアメリアの首根っこをつまみ上げ、強制的に部屋から退却させる。


「え、ちょっと、なに!? 将軍――いっ、痛いってば!」


 アメリアは訳が分からず暴れたが、問答無用で引きずられて行った。


 これから始まるルドラカンドの布教活動に先だって、数人のケイロス信者を集めてアメリアに布教を実践させてみよう――これは、そういう集まりだ。

 英雄コイドが連れてきた人物なのだから、さぞ素晴らしい成果を上げることだろう――この時点では、誰もがアメリアに対してそんな印象を持っている。

 だが、現実は非情だ……この後、廊下ではフェインとコーブによる説教が繰り広げられた。聖職者はもっと謙虚であるべき――そもそも、人として常識をわきまえろ――二人の男が汗をかくほど必死に説教をした。いつもは勝気なアメリアも、さすがに反省して話を聞いた。


 しかし、結局、ケイロスの信者たちは改信すること無く帰って行った。

 心を入れ替えた結果――アメリアは一切喋れなくなってしまったのだ。何か言おうと口を開いて、しかしさっきの説教が蘇って不安になり口を噤む――その繰り返しだった。

 彼女がそんな調子では、どうにもならない。

――その日はお開きとなった。

 コーブはアメリアに「今日は休養を取れ」と言って解放したが、心中の落胆は隠し切れていなかった。フェインなどは熱を出して寝室に籠ってしまっていた。

 こうなると、さすがのアメリアも参ってしまう。

 なまじ真面目な性格で「べつになりたくて教祖になった訳じゃないし」などと開き直ることも出来ず、すっかり責任を感じて落ち込んでしまっていた。



 *



「はあ……」


 教会を出たアメリアは真っ直ぐ軍基地に帰ることにした。通りに出て気晴らしでもしようかと、ちらっと考えたが、やっぱりそんな気にはなれなかった。とにかく漠然とした劣等感が重くのしかかってきて、何が悪かったのかとか、これからどうしようかとか、そういう一切を考えることも出来ず、ただただ沈んでいく気持ちを受け入れて重い足を引きずるように歩いた。

 

「お、お前、暴力女か!?」


 突然、すぐ近くで大声が上がって、アメリアは立ち止まった。町と軍基地を繋ぐ緩やかな坂道の真ん中辺りでの事だった。

 ハッとして辺りを見回すと、そこには見知った人物がいた。


「ダイルか――ビックリしたぁ」


 と言ったアメリアだったが、ダイルの方がよっぽど驚いた顔をしていた。彼は、すれ違う寸前まで、とぼとぼ歩く修道服の人物がアメリアとは気づけなかったのだ。それも仕方が無い――今のアメリアは普段とはまるで違う風情なのだから。

 ダイルは、相当戸惑っているようで、


「お、おまえ、どうしたんだよ。なんかあったのか?」


 などと、普段であれば顔を見た瞬間、憎まれ口を叩くのが習慣のはずなのに、彼女を心配するような言葉を言ってしまっていた。

 一方、アメリアも普段とは違い、


「ちょっと、失敗しちゃってさ。なんか、気が滅入っちゃって……」


 などと、しおらしいことを言う。

 そんな彼女に対し、ダイルはさらに戸惑いを強めつつ、


「いいか、アメリア――ある日突然、地面に大穴があいたとする。そしたら、その穴のせいで、違うどこかに山ができたって計算になるんだ。つまり、悪いことがあったら、その分だけ良いことが待ってるってことだ。な? そう考えてみろよ。少しは気が晴れるぜ」


 どこかで聞きかじってきた格言を披露する。

 するとアメリアは、一瞬驚いた顔になり、すぐに控えめに微笑んで。それから、真っ直ぐダイルの目を見て、


「ありがとう、ダイル。優しいんだね――」


 と言った。その姿は、慈愛に満ちており、とても美しかった――少なくともダイルはそう感じた。


「…………」


 ずっと男勝りで自分勝手な嫌なヤツと思っていたのに、急に女らしくてしおらしい部分を見せつけられた。

 その衝撃は、ダイルの精神世界の中でまったく消化されず、巨大な違和感として、彼を苦しめた。その結果、


「なぁーにが“ありがとう”だ! このバカ女!!」


 ダイルはブチ切れた。

 普段はニヒルで慇懃無礼なキャラクターである彼だが、この時ばかりは野性的に怒り狂っていた。


「落ち込んで、しおらしいお前なんて気色悪くて仕方がねェんだよ、ブワァカ! 普段は誰かれ構わず問答無用で鉄拳制裁する脳筋女のくせに、落ち込んだ時だけ女みてェな態度とるんじゃねえ!」


 ダイルの両手がアメリアの肩をガクガクと激しく揺らす。


「いいか、よーく聞けよ。今のお前は、普段のお前がいっちばん嫌ってる何も出来ねェか弱い女、その物なんだよ! 上手くいかなかったから落ち込んで、そんな状態が辛いからオレみてェなゴロツキに辛いってことをべらべら喋って、それで励ましてくれたらありがとうときやがる――どんだけ弱いんだ! どんだけ卑怯なんだ! オレはそんなお前を絶対許さないぞ――絶対認めないぞ――どうだっ! 分かったか!」


 唾をまき散らして喚き、最後に、


「誰がゴロツキだぁ!」


 と締めくくると、アメリアの肩を掴んでいた手を乱暴に放して、そしてさっさと歩いて行ってしまった。


「…………」


 アメリアはなにも出来ず、魂が抜けたように呆けきっていた。




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