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良心の解放者 8



 アメリア=ウォルターズは、人気のない路地の中途半端なところで、突然足を止めた。そして、不機嫌な顔で振り返り、


「何の用?」


 と言った。

 すると、少し離れた曲がり角の陰から鼠色のマントを頭から被った人物が姿を現した。


「怪しい者ではないのだが、人の多い所では自己紹介も出来ないんでね」


 落ち着き払った声でそう告げると、その人物はフードを取り、素顔を晒した。いかにも硬派そうな仏頂面に鮮やかな金髪――この国で知らぬ者はいないほどの有名人、英雄コイド=コウヘイである。メイン通りで顔を晒していたら、落ち着いて話すどころではなくなっていただろう。だから彼は密かにアメリアの後を付けていたのだ。


「へえ、まだ西部にいたんだ――ったく、こんな余裕の無い時に……早すぎんのよ」

「――? 何の話だ」

「別に。それで、なに? 私に用があるんでしょ」


 アメリアはあからさまに不機嫌だ。それは何故なのか、気になりつつも英雄は率直に要件を告げる。


「君に、ルドラカンド教の指導者になってもらいたい」

「――はい?」

「軍では、ケイロスの対抗勢力としてルドラカンド教を復興することに決めた。しかし、問題があってね――人の上に立ち、導くことができる人材が居ないんだ」

「それを私にやれと? なぜ?」

「さっきメイン通りで君を見た。皆から随分慕われているみたいじゃないか――そういう人物が指導者に相応しいとオレは思う」

「たったそれだけ? ならアンタがやればいいじゃない。私なんかよりよっぽど有名人でしょうよ」

「皆が称えているのはオレの“名声”だけだ。オレ自身ではない」

「同じじゃない」

「オレは君の事をよく知らない。でも、通りで見た瞬間、君しかいないと直感した。論理的根拠は一切ないが、きっとコイド……フィルグランド少尉も君を指導者に選ぶはずだ」


 なぜ英雄がフィルグランド少尉の名を口にしたのか――アメリアは不審に思った。同じ軍人ではあるが、総帥であるコイドが少尉のフィルグランドを認識している筈がない。何か個人的な繋がりがあるのだろうか。

 と、それはともかくとして――この英雄は何を言っているのだろう。結局、通りのみんなと仲がいいから宗教の指導者になれと言っているのだ。型破りな性格のアメリアから見ても、英雄の勧誘は支離滅裂としか思えなかった。

(ケネスの件もあるし、言われなくたってケイロスと敵対するつもりだったけど――指導者になれって言われてもピンとこない。ハッキリ言って気に食わない――それは、たぶん英雄コイツに言われたからって訳じゃないんだろうけど、でも――)


「その話、受けてもいい」

「本当か――」


 英雄は安堵しかけたが、アメリアの表情を見てすぐに気を引き締め直す。


「条件がある――それに従うなら手を貸すわ」


 上官に対しても物おじせず口を利くアメリア――その顔には、特定の覚悟を現す表情というか、雰囲気のようなものが見て取れる。それを感じ取った英雄は声に出さずこう言った。


『起きろヘヴン――出番だ』



 *



「これは……」

 

 フィルは茫然と呟いた。

 のどかな草原の地下にこんな空間があるとは――今まさに目の当たりにしているというのに、まるで信じられない。

 カビ臭くて冷たい空気、何かが腐ったような饐えた匂い、落ち着きのない濃い赤色の照明――フィルは一度、本物の悪魔と戦ったことがあるが、この地下室にその時の悪魔が出没したらきっとシックリくるだろうな、と思った。それほどまでに禍々しい。


「こちらへ」


 リカクはゆっくりとした足取りで歩きだした。それについて行くフィルの鼓動は普段より大きくなっていた。見せたい物があります――教祖にそう言われてついてきたのだが、まさかこんな部屋に案内されるとは思ってもみなかった。一体何を見せようとしているのか――リカクの事を全面的に信用しているが、恐れずにはいられない。赤らんだ暗闇の向こうから、何かとんでもない物が見えてしまうのではないか――

そんなフィルの予感は、杞憂で終わってはくれなかった。


「なっ――」

 

 驚きの声すらまともに出せなかった。リカクが立ち止まった、その足元に転がっている小さい布の塊が、丸まって倒れ伏す“人間“であることに気付いてしまったのだ。干からびて黒く変色した爪が張り付いた枯れた木の枝のような指が布の下からはみ出している。

 フィルの喉から掠れた声が漏れた。


「埋葬してやらないんですか」


 生きている筈が無い。そう思って、自然に出た言葉だった。

 リカクは頭を振り、


「彼はまだ生きています」

「そんなはず無いでしょう!」


 思わず叫ぶフィル――すると、その声に反応したのか、地面に転がる人物の指がピクッと僅かに動いた。

 またしても言葉を失うフィル。


「これは私の故郷に伝わる成人の儀式です。人間をこのような特殊な環境に閉じ込め、餓死させます――」


 リカクはとんでもないことを口にしつつ、懐からビー玉サイズの小さな塊を取りだした。


「こ儀式を受ける者は、この薬を飲んだ状態で部屋に入ります。効能は、飲んだ人間を一度だけ生き返らせることができるというものです。その効能を利用して、通過儀礼としての死と生を体験させるのです――概念的にではなく、文字通りの生と死を」


 死を克服することで人は強くなる。そういう思想は何処にでもある。フィルが元いた世界でも至る所にあった。しかし、普通は火の上を歩かせたり、数日間飲食を断ったりと、リカクの言う概念的“死”をもって、通過儀礼とするのが普通だ。本当に死なせて、生き返らせるなど、普通じゃない。


「生き返るとしても、死ぬまでの苦痛は消えないだろう……なんでこんなことをさせるんだ!?」


 いきり立つフィル。


「その怒りはごもっともです。だからこそ、貴方に知っておいてほしかったのです――」


 どこか寂しげなリカク。


「この儀式を経た人間は特殊な力に目覚めます。それは、魔法とも科学とも違う、その人物の心から生まれ出る神秘の力――優しい世界に力は必要ない――しかし、優しい世界を作るためには、どうしても力が必要になる――だから、この儀式を行っているんです」

「それは……平和とは程遠い考え方だ」

「力は差を生み、戦いを呼ぶ。そのことは分かっているつもりです。しかし、どんなに考えても、やはり世界を変えるのは力なんです!」


 目を真っ直ぐ見て熱弁するリカク。しかし、フィルの表情は冴えない。出会って以来、良好な関係を続けていた二人だったが、初めて意見が分かれたようだった。




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