良心の解放者 7
心の迷いを断ち切ったリカクの躍進は凄まじいものだった。朝から晩まで休むことなく布教活動に奔走し、魔法とも称される人を引き付ける能力で次々と信者を増やして行った。
――そして、一月後。
西部中心街に住む人々の半分以上がケイロス教の信者となっていた。ほとんどの住民が宗教団体の存在自体知らない状態から始まってこの成果――それも、政治的な優位性を示した訳でも、直近の利益を約束した訳でもなく、ただリカクが「一緒に優しい世界を作りましょう」と説法して回っただけで、である。明らかに異常な事態だ。
さすがに軍もケイロスの会を危険視せざるを得なくなり、緊急幹部会議が開かれた。西部軍基地のトップであるコーブ大将をはじめ、将官クラスの軍人たちが一堂に会した。
「たかが宗教――問題はないでしょう。いざとなれば我々で沈静化すればいい」
「ならば、すぐにでも行動を起こすべきでしょうな。信者たちは皆、税金を払わないと主張しているようですよ。このまま信者を増やされては、政府が財政難に陥り国は傾く」
「確かに財政的にも危険ですが、それ以上に、納税を突っぱねるということは、向こうは軍事力で我々に勝つ自信があるということに他なりません」
「クーデターか……マズイな。我々軍は国の平和と治安を守るために存在するが、しかし、国民の過半数が敵方につき、襲いかかってくるというなら――」
「戦うことはできませんね……」
屈強な男たちが十数人顔を突き合わせる会議室。どんよりと思い空気が満ちていた。話せば話すほど、既に手遅れな状況に置かれているという事実が浮き彫りになってしまい、対策を練るどころの騒ぎではない。それも、全てはリカクの異常なほど早い会の拡大工作が原因なのだ。
「過ぎてしまったことは仕方があるまい。それより、これからの方針を考えねばな。誰か、案は無いか?」
コーブの一声により、会議が再開された。
最悪の事態に備えて本部に援軍を要請しては? いや、仮に戦いに勝ったとしても政府の信頼が落ちては意味が無い――では、会に工作員を送り込み内部分裂に導いては? リカクの能力で獲りこまれるのがオチだ――。
多くの案が出たが、どれもこれも、現状を打開する妙案とは呼べなかった。
「では、対抗勢力を立てるというのはどうでしょう。信者を吸収し尽くすことは不可能でしょうが、減らすことはできるかもしれません。それに、勢力同士で争わせる事が出来れば、軍から注意を反らせるかもしれません」
不確定要素があまりに多く、実現可能か甚だ怪しいが――しかし、これが最もまともな案に思えた。時間が無い中で、せめてもの妥協点を決めるならばこの辺りだろう。皆そういう雰囲気であった。
皆の顔色を伺ってからコーブがまとめに入ろうと口を開いた。
「対抗勢力を立て、ケイロスと競わせる――私は賛成だ。皆はどうだ」
次々と賛同の声が上がる。異を唱えた者は一人もいなかった。
「うむ――では、方針は決まりだ。話を詰めよう。どのような勢力をどのように組織するか、だが――出来合いの物にテコ入れするのが手っ取り早いだろう。この地域にほかの宗教団体はあるのか?」
「一応、ルドラカンド教の教会があったかと思いますが」
「そうか、ルドラカンドか!」
元王族親衛隊であるコーブにとって、それは懐かしい名前だった。
「信者の数は?」
ルドラカンドの名前を出した男は、問われて困った顔になった。そして、
「確か、三十人程度だったかと……」
「さ、三十――!」
無情な現実を知り、ショックを禁じ得ないコーブ将軍だった。
*
メイン通りには、どこかよそよそしい空気が流れていた。商売をする者は政府の保証を受けている。実質反政府の立場を取るケイロスの信者が増えたことで、摩擦が生じているのだ。
人の通りは多いが、皆俯いていて無口――そんな中に紛れるように、マントのフードを深く被った男がフラフラと歩いている。
英雄もとい、エイモスである。
彼は、会議で決定した対抗勢力結成のため、町の様子を見物に来たのだ。長いこと歩き続けているが、大して得る物はなかった。何処へ行っても、へらへらと呆けた笑いを浮かべる人間ばかり。疑うまでも無くケイロスの信者たちだろうが、いい加減それらを見るのにも飽き飽きしてきた。
そろそろ基地へ帰ろう。エイモスの足は通りの果てを目指して半ば自動的に動いた。
「もう! いい加減にしてよ!」
女の叫び声が聞こえたのはそんな時だった。何事かと思い、声の聞こえた方へ急ぐエイモス。すると、通りをせき止めるかのように人だかりができているのが見えてきた。何やら、二つの団体が向かい合っており、その周りにパラパラと野次馬が集まっている。
「そんなに怒らないで。別に危害を加える気は無いの。ただお願いしに来ただけなのよ。だから、お互い優しさを持って、話し合いましょう」
そう言ったのは少し顔のやつれた中年の女だ。特徴的な白い服を着ていて、同じ格好の団体を代表するかのように前に立っている。
「よく言うわよ。いつまでも店の前でグダグダ話してくれちゃって――みんな迷惑してるの。入る気は無いって言ってんだからいい加減諦めなさいよ」
白い団体に向かい合う人々は、歳性別服装ともに様々。威勢よく喧嘩腰に啖呵を切っているのは、すらっとした体つきで髪の短い若い女だ。
「いったい何があったんです?」
エイモスは、近くにいた野次馬の一人に聞いてみた。
「ほら、最近多いだろ白い連中。布教かなんか知らんが、誰かれ構わず話しかけて、ウンザリするほど話しやがる。店やってる奴にもお構いなしでよ、皆迷惑してたんだ」
「なるほど」
しつこい勧誘に腹を立てて、対立したって訳か。共通点の無い団体かと思っていたが、全員そこいらの店の人間だったという訳だ。納得するエイモス。
「それで、あの女性は何者なんです?」
店の店員にしては威勢が良すぎる。立ち位置的に店員たちの信頼を集めているようだが、果たして何者なのか――妙に気になる。
「ああ、あの子は、そうさな――言っちまえばただのお客さんだが、愛想いいからここのみんなに好かれてんだよ。オレも向こうで店やってんだけどよ。まあなんだ、みんな娘みてーに可愛がってるよ」
「なるほど」
そんな話をしている間にも、争いは続いている。
口論は随分長く続いたが、そのうち、ケイロスの信者たちは「また来ます」と言い残して去って行った。
残された人々の疲れ切った顔を見るに、もはやこんなことが日常的に起きているのだろう。
はやく、この件に肩を付けなければな――と、萎えかけていた気合を取り戻すエイモスだった。
さて、今度こそ帰るかと踵を返したところで、
「いつもありがとね、アメリアちゃん――」
人ごみの中の誰かが発した声が、偶々はっきり聞こえた。
「……アメリア!?」
もしや、と思い振り返ると、先ほど感謝を述べた人物と思しきエプロン姿の女が、店員側の先頭に立って叫んでいた女にバスケットケースを渡している所だった。
「こちらこそ何時もパンをアリガト。まあ明日も来るね。あいつらを完全に追い出してやろう!」
意気込みいさんでそんな事を言っている。
エイモスは思った――もしかしたら突破口を見つけたかもしれない、と。




