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失望


 結局、二人は巨大ナメクジ退治を諦めなかった。エイモスは「クエストを変えよう」と提案したのだが、小井戸が譲らなかったのだ。二人は毎晩森に集まり、剣を振るった。

 巨大ナメクジは図体がデカいだけで強くはなかった。初日のように大群に囲まれれば流石にどうしようもないが、一体を相手にするだけならば何ら問題はない。唯一、巨体を生かした圧し掛かり攻撃だけは必殺の威力を持っていたが、動きが緩慢なのでまず当たらない。一方的に攻撃を加えられるので、ナメクジ退治のクエストは順調に消化されつつあった。


「はああっ!」


 エイモスの剣が闇夜に輝く。

 ナメクジの乳白色の体に深々と切れ目が穿たれる。


「お、おりゃ」


 小井戸の剣がナメクジの首に当たる箇所に突き刺さる。決して機敏な動きではないが、迷いはないようだった。


――グルルルルル――


 と、奇妙な断末魔と共にナメクジの巨体がドシンと倒れる。

 それを見届けてから二人は構えを解く。


「これで五十二体目――そろそろ在庫切れだろ。今週中にはクエストクリアできそうだな」

「そ、そうだね……」

「コイド?」

「――ちょっと失礼」


 小井戸は毎日吐いていた。戦っている最中は緊張感で堪えられるのだが、気を抜くとダメなのだ。それでも弱音を吐かずナメクジと闘い続けているのだった。

 しばらくして、藪の向こうから青い顔をした小井戸が帰ってくる。


「……ゴメン、お待たせ。さあ、次行こう」


 力なく拳を握り締めるのを見てエイモスは頭を振った。


「休憩にしよう」


 小井戸に水筒を渡し、木の幹を背もたれにして座る。

 

「なあコイド、ナメクジ退治は今日まででいいよ。あとはオレ一人でやるからさ」


 呑み込みそこなった水が逆流し、小井戸が激しくむせた。


「な、なんでそんなこと言うんだよ。俺は、吐いてばっかだし、あんまり役に立ってないかもしれないけど――」

「いや、そうじゃない。そうじゃないんだコイド」


 エイモスは照れ臭そうに頭を掻いた。


「お前はよくやってくれてる。情けない話だが、オレ一人じゃここまでできなかった。とっくに諦めてた。本当に感謝している。だからこそ、これ以上お前に辛い思いをさせたくない」

「エイモスくん……」

「オレたちはとっくに友達だ――つっても、勘違いするなよ。約束が切っ掛けなのは確かだが、友達になるのはオレの意思だ。その、なんだ――そういうことだ」


 慣れないセリフを言って密かに顔を赤くするエイモスだった。

 小井戸はそんな彼に水筒を渡しながら言う。


「今日はまだ時間があるから、あと五匹は行けそうだね」

「……お前な。話聞いてたか? 帰れって言ってんだ――」

「帰らない。俺は最後まで付き合うからね」

「――――」


 小井戸は笑っていた。妙に堂々としていた。

 エイモスは一瞬呆気にとられたが、降参のポーズで立ち上がり、


「お前を説得するよりナメクジと戦ったほうが早く帰れそうだ。まったく、変な奴だな」


 可笑しそうに言った。



 *



 郊外の森に住み着いた巨大ナメクジの群れは、八十体を超えていた。その全てを倒しきる頃には、新学期開始から半月が経っていた。


「うう……俺まで緊張してきた」


 小井戸は一人で廊下に立っていた。

 今部屋の中でエイモスがクエストクリア報告をしている。彼はそれが終わるのを待っているのだった。

 自治部の本部がある校舎はとんでもなく豪華な建物だった。廊下は全て大理石で作られ、はるか遠くの天井では天使が笛を吹き、女神が微笑んでいる。小井戸は居心地の悪さを感じていた。

――三分後。自治部のドアが開く。


「エイモス――くん?」

「一人にしてくれ――」


 エイモスは小井戸に目もくれず、速足で行ってしまった。

(どうしたんだろ)

 ポカンとしていると、空いたままのドアの向こうから落ち着いたトーンのボーイソプラノが聞こえた。


「君は、さっきの彼の知り合いか?」


 その方を見ると、だだっ広い部屋の奥に置かれた机の向こうに少年が座っていた。

(うわっ美少年)

 小井戸は一瞬で緊張していた。それほどに少年の容姿は美しかった。細い三つ編みを幾つか垂らした白銀のミドルヘア、深紅の大きな瞳、ピンク色の頬、雪のような透き通った肌――体は華奢で、小柄な小井戸よりさらに小さい。

 そんなあどけない見た目の少年が、壮年期の教師のような口調で話しかけてきたのだった。


「すまないが入ってきてくれんか」

「へ、へい」


 小井戸が部屋に入ると、少年はソファに移動し、足を組んだ。促され小井戸も向かいに座る。


「ぼくはリードだ。君はコイドくんだね」

「なんで俺の名前を?」

「ゴウに聞いた。彼の父親は君と面識があるそうだ」

「ごう?」


 小井戸は首をかしげる。知らない名前だった。

 リードは一切表情を変えず話す。


「まあそれはいいか。今はさっきの彼――エイモスくんだったか。彼の話をしよう」

「は、はあ」


 エイモスは報告を終えたあとリードに質問をしたらしい。自治会に入るには何回クエストをクリアすればいいのかと。リードは答えを濁した。その基準は明確ではなく、その年、時期によって変わるから答えようがなかった。しかしエイモスは食い下がった。どうしても知りたいと哀願し頭まで下げたそうだ。


「本当は教えないことに決めていたのだが、あそこまで頼まれたら答えないわけにはいかない――」


 リードは立ち上がり、手を後ろで組むとゆっくり歩き出す。


「今年の新入生は優秀でね、いくつも招待を出してしまっていた。自治会には定員が決まっている。それは決して多くはない。したがって入部のハードルは高くなる」


 窓の外を眺めながら彼は言う。


「――上級なら五回、中級なら五十回、初級なら百以上。それが今年の基準だ」

「五十……」


 小井戸は唖然としていた。自分たちが半月かかってクリアしたクエストをあと四十九回クリアしなければ自治会には入れない。それは、あまりにも残酷な事実だった。


「彼はひどく傷ついているようだった。僕としても心が痛いところだ――各々違う思惑を持っているとはいえ、学園に尽くす同志であることは揺るがない。どうにかしてやりたいが、特別扱いというのは彼のためにもならない――そうは思わないか」

「はい」


 リードの言うことは至極真っ当だった。

 残酷な事実を告げる人間、それに耐えきれず打ちひしがれる人間――小井戸は、そのどちらかに肩入れする気にはなれなかった。それは虚しくて無意味なことだ。ということを知っていた。

 小井戸は勢い良く立ち上がる。


「あの、失礼します――エイモスくんは俺の友達なんです。だから、行かなきゃ」


 リードが何か言う前に小井戸は部屋から出て行ってしまった。

 それを見てリードは初めて表情を緩めて、


「僕が言うまでもなかったか。友達――僕もほしいな」


 独り言をつぶやいた。



 *



「はい、どちらさまで――」

「俺は小井戸といいます。エイモスくんいますか?」


 焦った様子の客人に対し、若い女の使用人は呑気だった。


「ああ、あなたがコイドさんですか。エイモス様から伺っています。変な奴、情けない奴、ホモかもしれない。と」

「んな……そんな評価」

「それで、ホントのところどうなんです?」

「ど、どうって?」

「ホモなんですか? だとしたら、受けですか? 攻めですか? エイモス様との相性は!?」


 小井戸は目の前にいる人間を変人と認識した。


「そんなことはいいんです。それよりエイモスくんはどこにいるんですか? 帰ってませんか?」

「エイモス様ならさっき帰ってこられました。私が話しかけても反応がなく、とても寂しかったです……」


 使用人は顔を覆う。どこかワザとらしい。


「そうですか。良かった……あの、エイモス君に会いたいんですけど」

「それがですね、すぐに出かけてしまったんですよ。行先も教えてもらえませんでした」

「出かけた――?」


 小井戸は嫌な予感を感じていた。


「ありがとうございました。俺、エイモスくんを探してみます」


 言うが早いか、小井戸は走り出す――寸前で使用人に腕を掴まれる。


「ああ、お待ちください。いいですか、そこで待っていてくださいよ?」

「――?」


 使用人は一旦家の中に引っ込み、一冊の本を持って戻ってきた。


「それはエイモスくんがいつも持ってた――」

「はい、肌身離さず持ち歩いていた物です。今日に限って置いて行かれたので、なにか訳があるのかと思いまして」

「なるほど――見ていいですか?」


 使用人がコイドに本を渡す。

 その本は、どうやら自治会のクエストが書かれたものらしかった。赤い線で書き込みがされており、受けるクエストを決めるのに使っていたようだ。巨大ナメクジ討伐の項目にもアンダーラインが引かれている。

 本の頭から初級、中級、上級――と級ごとにクエストの説明が並んでいる。

 小井戸はあるページで手を止めた。


「これは……ありがとう、俺行きます!」

「え、あの――行ってしまいました……」


 使用人は残念そうな顔で返された本に目を落とす。

 開かれたままのページには赤い丸で囲まれた『S級クエスト:ガーディアン・ゴーレム討伐』の文字が並んでいた。


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