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良心の解放者 4



「なんなのよ、まったく――」


 ケイロスの会の教祖であるリカク=ティングラーは施設の案内を申し出てくれたが、アメリアは丁重に断りを入れて一人で草原を歩いていた。まず、宗教に興味が無かった。そしてなによりフィルグランド少尉と一緒にいたくなかった。本人は絶対に認めないだろうが、アメリアは拗ねているのだ。


「――最っ低!」


 健やかに風に揺れる草に毒を吐きながら当ても無く歩きまわる。すると、唐突に声をかけられた。


「あの、スミマセン――ひょっとして、アメリア=ウォルターズさんですか?」


 くねくねパーマ頭、瓶底のように分厚い丸メガネしわしわのシャツとズボン、首から下げた巨大なカメラ。そんな男が凄い勢いで駆け寄って来た。それも、何故か名前を知られている。

……一発やっとくか?

 密かに拳を作るアメリアだった、が、


「あ、あの、ボク、早朝日報で記者をやっているケネスというものです」


 丁寧に自己紹介され、名刺までもらってしまった。別に殴るべき相手ではないか――とトンチンカンな納得をするアメリアだった。


「どうして私の名前を?」

「爆発事件の犯人らしき人物をぶん殴って止めたそうじゃないですか。いやあ、素晴らしい行動力と勇気! ボク、感動しましたよ」


 手放しに褒められて悪い気はしない。さっきまで愚痴ばかり言っていたのに、彼女はたちどころに気を良くしていた。


「軍人ですから、当然のことをしたまでです」

「素晴らしい! あなたのような人が表に出れば、国民の政府に対する不満も緩和されるでしょうね――そうだ! ここで会ったのも何かの縁です。今度、あなたについて記事を書かせてもらえませんか」

「記事?」

「はい。こう見えて、ボク、新聞に担当スペースを持っているんですよ」


 そういえば、早朝日報とか言ってたっけ。早朝新聞――それは最王手新聞社の名前だ。アメリアの部屋でも取っている。軟派なゴシップばかりの下らない新聞だと思っていたが、まさか、こんなに熱心な記者が居るなんて――勝手に見損なって、見直すアメリアだった。

 しかし、自分が記事になるというのはどうだろう。フィルの言葉を借りるみたいで癪だが、あの酒場でのことは結果だけ見ればお手柄だけど、やったことといえば初対面の男をいきなり殴っただけだ。新聞に載ってしまったら色んな人に見られてしまう――もし軍の上層部なんかに見つかれば……


「き、記事にするのはどうでしょうね――私の事なんて誰も興味ありませんよ」

「そんなことありません! 今のご時世、あなたのような人が民の心を掴むんです。それに、貴方は強くて勇敢なうえにお美しい」

「えっ――」


 異性に嫌われやすく、同性に人気のあるアメリアは男に容姿を褒められた経験が薄く、心にぐさっと刺さったらしかった。

 この男は良いヤツだ――この記者に対する総評はそう固まった。



 *



「この通り――みなさん、優しさを持って暮らしています。辛いことがあっても、戻らない人が居ても、人間は幸せに生きることができる。ケイロスの会は、それを証明するために存在するのです」


 リカクはそう説明を締めくくった。

 フィルはしばらく言葉が出なかった。

 一年前の戦争で家族や財産を失った者たちが身を寄せ合い形成された団体がケイロスの前身となっている。戦争の噂を聞きつけ「自分にもできることがあるはずだ」とこの地を訪れたリカクが加わり、大規模な宗教団体へと発展した。

 そういう経緯があるというのに、ここで暮らす人々は、教祖の言うとおり皆幸せそうだった。ケイロスの中を一通り見て回ったフィルはそう感じた。

 それは、彼にとって信じられないことだった。不幸があっても人は生き続けなければならない――だから悩み、苦しむのだ。という持論が完全に覆されてしまったのだ。


「失礼ですが、貴方も戦争で辛い目にあったのではないですか?」


 急に問われて戸惑うフィル。


「な、何故そう思うのです」

「だって、フィルグランドさんは入会希望で来ているのでしょう?」


 優しく微笑む教祖。

 しまった――自分の立場をすっかり忘れていた。しかし、無理もない。このリカクという男は、人の心を見透かす力を持っているかもしれない――そう思わせるような不思議な人物なのだ。


「辛い目にあったというか――もしかしたら、知り合いをそういう目に合わせてしまったかも知れなくて……ソイツは、その時の事が原因で人生を余計なことに費やしてしまうかも知れなくて――」


 入会希望のフリでいいのに、つい本心を話してしまっている。それも、我ながら支離滅裂だ。


「すみません――オレ、何言ってんだろ」

「いえ、謝らないでください」


 力強く言って、リカクはフィルの手を取って自分の手を優しく重ねた。


「わたしがいけませんでした。心の傷を言語化するのは大変難しい――聞いたりしてすみませんでした」

「い、いえ」

「しかし、大丈夫です。ここでしばらく暮らせば、貴方はきっと救われます」

「ですが、オレは救われて良い人間じゃ――」

「いいえ!」


 突然の大声に驚いて顔を上げるフィル。そして絶句する。リカクは涙を流していた。それは悲しさや切なさから来るものではなく、強い意志から来るのだと、フィルは瞬時に理解した。


「全ての人間が救われるに決まっています。例外はありません。素直になるのです――私には分かる。貴方は誰よりも優しい心を持っています。だから傷つきやすく、一人で抱え込んでしまう――しかし、恐れてはなりません。最後に救いをもたらすのは優しさなのですから」


 何処までも本気で言っているらしいリカク。

 フィルはただ黙ってその瞳を見つめ返している――。



 *



 その頃――

アメリアとケネスは世間話をしながら並んで歩いていた。


「ですから、そちらの教祖とお話がしたいだけなんですよ!」


この施設には似つかわしくない、イライラした声が聞こえてきたのは、入口のやぐら付近を通りかかった時だった。

 何事かと思い、その方へ走り出す女兵士と新聞記者。すると、門の前に人だかりができているのが見えた。


「そちらの信者がヘンな事件を起こしたせいで、我々ルドラカンドまで風評被害を受けているんですよ? そのことについて話し合いたいと言っているだけなんだ。教祖を出してくれ」


 怒りを何とか押しとどめている風だ。ルドラカンドと言っていたが、なるほど、黒ずくめのピッタリとした制服に見覚えがある。エレドペリ王国で最も信仰されていた宗教団体――ルドラカンド教。まだ存在していたとは、と驚くアメリアだった。

 一方、数人の黒ずくめたちと対面している白いゆったりした服の人々はケイロスの信者たちだろう。服装から雰囲気までどこかリカクと似ている。


「事情はお察しします。わたくしどもとしましても、仲間が不祥事を起こしたかもしれないということで、大変遺憾に思っています。しかし、だからといって、貴方達を施設に入れる訳には行きません」

「どうしてです」

「怒りは優しさをかき消してしまう――それはいけません。大変、悲しいことです。ですから、お引き取りください。冷静になって、優しさを取り戻してから、再度ご訪問ください」


 何やら立ち入った話らしい。部外者である二人は駆けつけたものの、介入できずにいた。


「どうしても入れてくれないんですか」

「誠に申し訳ありませえん」

「そうですか――貴方がもう少し“優しければ”よかったのですがね。残念です」


 なんとも皮肉った捨て台詞を残し、黒ずくめの一団は背を向けて歩き出した。喧嘩別れではあるが、この場はこれで収まったかと思われた。密かに胸をなでおろすアメリアとケネス。

――しかし、

 離れて行く黒ずくめの一団を見つめていたケイロス信者の一人が突然懐から何かを取りだした。

 事の成り行きを見ていた二人は、それにいち早く気付く。


「あっ――まずいですよ、アレ!」


 白服の信者が取りだした武骨な金属の塊が“銃”であることに気付き、ケネスが慌てて隣を見る。しかし、既にそこに女兵士はいなかった。


「――――」


 信者は無表情に銃を構えた。銃口の先にはルドラカンド信者の背中。トリガーには指がかかっている――




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