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良心の解放者 3



 爆破事件の関係者と思われる男は、軍基地に運ばれた三日後に目を覚ました。しかし、アメリアに殴られた前後の記憶は一切ないようだった。軍によって男の身辺調査がされた。すると、その男が“とある新興宗教団体“に所属していることが分かった。


「ねえ少尉――私たち、何しに来たんですかね」


 そこは広い草原だった。一応、アメリアたちは正式な任務でここにいるのだが、こうものどかな景色を見せられてはシャキッともしていられない。彼女は数分前から草の上に寝転んでいる。


「待ってろと言われたんだから、そのうち誰か来るだろう」


 アメリアほどではないにせよ、フィルも気の抜けた様子だった。ポカンと突っ立っている。


「宗教なんていうから、てっきり怪しい屋敷に連れて行かれて、ヘンな薬とか飲まされるものだとばかり思っていたけど――牧場で飼われる牛にでもなった気分よ」


 新興宗教団体“ケイロスの会”の内状視察を秘密裏に行うこと――

 任務通達を受けたのは前日の夜。そして、今日、こうしてケイロスの会の拠点まで来たという訳だ。入口は立派な木組みのやぐら・・・であった。門番も立っており、なるほど、大きな団体なのだな――と二人は思った。しかし、門を開けば、そこには一面の草原が広がっていたわけだ。門番の一人は「ここでお待ちを」などと告げて、草の上を走って行って、もうすぐ一時間が経つ――キツネにつままれたような気分である。


「青空応接室かってのよ、まったく」


 いらいらし始めるアメリア。さもあらん――と言いかけたフィルだったが、兼ねてから言おうと決めていた案件を思い出す。


「なあ、リア――突然だけど、上官として一つ言わせてくれ。君は短気すぎる」


 口より先に手が出てしまう――そんな場面を何度も見ている。その短気さはあまりに危険であり、いつか問題を起こすだろう。フィルは部下に対しそんな懸念を抱いていたのだ。


「もう少し我慢して、考えてから行動するべきだ。ほら、軍のマニュアルにだってあるだろ――常に冷静たれってさ」


 アメリアは涼しい顔で寝転がったままだが、心中穏やかでないことはつま先の貧乏ゆすりが証明している。


「言われなくたって分かってますよ。でも、仕方が無いじゃない――性分なんだから」

「性分たってなぁ……初対面の男まで殴り倒したんだぞ? あまりに非常識じゃないか」

「でも、そのおかげで沢山の命を救いました」

「結果的には、な。いつもそう上手くいくとは限らん」

「じゃあどうしろってんですか」

「衛生兵や、軍師候補生に転属してみたらどうだ? 現場を離れれば少しは大人しくなると思うけど」

「人を去勢前の動物みたいに言わないでください。あと、転属はあり得ません――私は強くなりたい。ならなきゃいけないんです」


 アメリアは強情であり、フィルは溜息をついた。


「英雄を倒すため――か?」

「はい」


 フィルの脳裏にあの世界のダンジョンでの記憶が蘇る。復讐の鬼神フィルグランド――その肩に重くのしかかる罪――少年は、一時も忘れていない。自分が贖罪のために生きているということを……。


「姑じゃないんだからグチ愚痴言わないでくださいよ、もう」


 これで話しはお終い――とばかりに寝がえりをうつアメリア。


「アメリア――オレは思うんだ。力なんて無い方がいい。そんなもの求める奴はどうかしてるよ」

「なっ!」


 さすがに聞き逃せなかったらしく、女兵士はすくっと立ち上がり、


「そんなわけ無いでしょう! 力が無いから失う――力が無いから得られない――力はこの世界で生きるのに一番重要な物です!」

「ああ、そうだな――しかし! 力があるから失いたくないと恐れる。力があるからもっと欲しいと求める。そういう、誰の中にもあって、なかなか制しきれない希望や欲望が戦いに発展する。

 ならば、いっそ、力なんて無い方がいい! みんなが何も持たないなら、その方がいい!」


 鬼気迫る様子で怒号を上げる両者。


「そんなの……ぬるま湯に浸かって生きているバカ野郎の詭弁よ!」


 もはや口だけでは留まらぬほどにアメリアは激高していた。きつく握りしめた拳を少年の顔面目掛けて振り出している。しかし――

 

「……なっ」


 顔に届く前に手で受け止められてしまった。小さく白い少年の手は恐ろしく力強。押しても引いてもビクともしない。


「アメリア――不幸なんて日常の範疇だ。誰だって悲しくて、遣る瀬無くて、どうしようもない気持ちを抱えている。それでも生きなきゃいけないから悩むんだ――ただ感情に任せて拳を振りかざしたって、なんにも解決しないんだ!」

「痛っ……」


 アメリアの顔が痛みで引きつった。フィルの爪がめり込み、彼女の拳から血が出てしまっている。


「あっ――」


 すぐに手を放すフィル。止血のため、ポケットからハンカチを取り出すが、


「――痛ってぇ!」


 アメリアはその隙を見逃さず、フィルの横っ面を思い切り殴りつけた。


「なによ、偉そうに! 解決しないってんなら、解決するまで殴り続けてやるわよ!!」


 言いながら、アメリアは再び拳を引いている。


「い、いや、ちょっと待っ――」

「やめてぇぇぇ!」


 アメリアは危うく、フィルに抱きつくようにして喧嘩に割り込んできた人物を殴りかけた。


「ダメです、ダメ、喧嘩なんてダメですよ!」


 喧嘩をしていた二人はすっかり毒気を抜かれてポカンとしているのに、その人物は、一人であたふたしている。


「あの――誰?」


 フィルの気の抜けた声を聞いて、ようやく喧嘩が中断していることに気付いたようだ。その場で力なくへたり込むと、


「わたくし、リカク=ティングラーと申します。皆からは教祖などと呼ばれていますがね」


 テヘへと能天気に笑うのは、線が細く頼りない印象の優男だった。どこかの民族衣装のような白くてゆったりとした服を着ている。


「あなたがケイロスの会の?」

「はい。到着に手間取ってしまって、スミマセン。入会希望の方々ですよね」


 リカクはニコニコして二人の顔を交互に見た。


「…………」

「…………」


 本物かな? ――い、いや、どうだろう……

 さっきまでの争っていたことも忘れて、アイコンタクトで通じ合う二人だった。




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