良心の解放者 2
「酒場を中心に左右二棟が全損。死者は五十名以上、怪我人を含めれば百人以上に被害が及んだ」
「そんな破壊力……大砲をぶち込んでもそうはならない。魔法兵器かな」
「まだ何とも言えん――しかし、現場にいた人物の証言が取れた。酒を飲みに来ていた炭鉱勤務の男だ。カウンターで飲んでいて、店を出た直後爆発が起きたそうだ。体中にやけどを負ったが、命に別条はないらしい。まったく、幸運な男だ――それでな、その人物が店を出る時、不審な男とすれ違ったそうだ」
「不審な男?」
「あんなことがあった後では無理もないが、その男は今も精神的に錯乱していてな、説明は支離滅裂だったが、一つだけ――その男は、何かを探しているようだった――何度もそう言っていた」
「その男が爆発を起こしたっていうの?」
「不可解な事件に不審な人物――そう考えるのが自然だろうな。今のところは、だが」
「なるほど……早く真相を突き止めないとね。考えたくはないけど、爆発が一度だけとは限らない」
とい言いながら、フィルは早くもその解決策を考えているようだった。大して頭が回る訳でもないのに、何かあれば、どうにかしようと考えずにいられない。変わって無いな――エイモスは密かに微笑み、
「そろそろ腹が減ったな」
暗くなり始めた外を眺めて言ったのだった。
「飯食ってけよ。中庭のベンチで購買のパンとはいかんがね」
「え、いや――」
「誰かと約束でもあるのか? たとえば――そのアメリア譲とか」
からかわれていると分かって、フィルはやれやれと頭を振った。
「だから、嫌われてるんだって――それじゃ」
お言葉に甘えて――そう言おうとしたのだが、けたたましいノックの音に阻まれてしまった。
「コイド様! 大変です。よろしいでしょうか!」
「入れ」
一人の軍人がせわしなく部屋に入って来た。
エイモスが問う。
「どうした」
「それが、例の爆発事件が再び――」
「なんだと! 今度は何処が――」
「い、いえ――爆発は起きませんでした。が、例の証言と近しい不審人物が酒場に現れまして、それで、ええと――」
「どうした。ハッキリ言わんか」
報告に来た軍人は動転して目を白黒させている。それでも、ようやく心を決めたようで、
「それが――たまたま居合わせた我が軍の人間が……」
「まさか、わが身を犠牲にして――」
「い、いえ、爆発事件の関係者と思われる不審者をぶん殴って気絶させました」
「な――?」
ポカンと口を開けて何も言えなくなるエイモス。フィルも同じようなものだった。
*
不審者をぶん殴った人物を待たせているという会議室に入った瞬間、フィルは呟いたのだった。
「やっぱり君か、アメリア――」
不機嫌そうな声が帰ってくる。
「どうして私よ。こっちかもしれないでしょ?」
広い会議室には二人の少女が居た。アメリア=ウォルターズと、ルームメイトのマリー=ロブレスである。すらっとしていて髪も短いアメリアと、顔にきっちり化粧を施しフリルの飾りが付いた服を着たマリーという二人の組み合わせは、美男美女のカップルのようだ。
マリーは主人にじゃれる猫のようにアメリアにべったりくっ付いている。
「リアったら酷いんだから。私が人を殴ったりするわけ無いでしょ?」
「そりゃそうよ。違くてね、私は、あのちびっ子少尉が人を暴力女みたいに言うから反論してやったのよ」
「まあ! リアったら、たくましくて素敵。でも、リアは間違いなく暴力女でしょうよ」
「マリーまで言わないでよ!」
なんとも姦しい会話にフィルは怯んだ。しかし、そうもしていられない。わざとらしく咳払いして、二人の注意を引きつける。
「あー、その、説明してくれないか? 酒場で何があったんだ」
アメリアはムッとした顔で、
「そうそう、聞いてよ少尉!」
二人は、アメリアの任務が終わったお祝いで息抜きに酒でも飲もうと酒場に行ったそうだ。そして、楽しく飲んでいると、突然変な男が現れた。
「骨が無くなっちゃたみたいにフラフラしていて、顔も虚ろで、とにかく不気味な人でした。無言で私たちのテーブルまで近づいてくると、その人は急に私の手を掴んで来たんです」
マリーは掴まれた場面を思い出しているのか、自分の手首を撫でた。
「ホント、信じらんない。私のマリーに手を出しやがって――」
「それで、君がぶん殴って気絶させたって訳か」
「そりゃ殴るわよ。文句あります?」
「君一人で飲んでいたらその不審者は問題を起こさず酒場を出て行ったかもなぁ……」
「なんか言いました?」
「い、いや――今回の件に限っては、君の短気に救われたよ」
「救われたって、何がです?」
やはり事件の事を知らなかったようだ。フィルが話をすると、二人の顔がどんどん青ざめて行った。
「下手したら、大惨事になっていたかもしれないんだ。ホント、よくやったよアメリア」
マリーは言葉を失って隣の少女に寄りかかっている。
さすがのアメリアもショックを――
「なら、始末書は書かなくてもいいのね!?」
感じている訳ではないようだった。
*
暗い地下室――石のベッドに一人の男が横たえられている。傍らには分厚い鎧を身に付けた巨体の男が立っている。
そこに英雄が現れた。
「どうも、コーブ大将」
「これはこれは、英雄殿」
「誰もいない時はエイモスでお願いします」
「フフ、そうだったな」
鎧の男はこの西部基地を統べる人物なのだった。そして、この二人は一年前の戦争の時、何度も顔を合わせている。
「それで、どうです?」
エイモスはベッドの上の人間に視線を送った。
「何も持っていなかったし、魔法関連の専門家にも見せたが体は普通の人間と何も変わらんそうだ」
「勘違いだったと?」
「そうとも言えん――誰がやったか知らんが、相当強く殴られている。しかし、所詮は素手での打撃。大した怪我はないし、内部へのダメージも無い。だというのに、コイツは一向に目を覚まさん――酒場から運び込まれて、既に三時間は立っているのだぞ」
「妙ですね――」
「お前の目で見てくれ――それで分からなきゃ分からん」
エイモスは首肯して、声に出さず呼び掛ける。
『久しぶりの出番だ、ヘヴン』
すると、彼の脳内のみ聞こえるしゃがれ声が帰ってくる。
『何の制約も無いのだから、常に発動しておけばよいものを』
『そういうな。煩わしい時もあるんだよ』
『分かっておるよ、まったく――』
――その猫は死んでしまった
エイモスの視界の至る所に“リボン”が現れる。色も形も様々だが、どれも先端がどこかに繋がっていて切れ目が無い。これは視認可能となった“時間”である。
『見たところ異常はないな』
横たわる男の体には白く細いリボンが巻きついている。極々普通の様子だ。
『いや、よく見るのじゃ――これは珍しい。時間に“岐路”ができておるぞ』
『なに?』
言われて注意深く観察するエイモス。そして発見する。頭部に巻きついているリボンがささくれ立ったように枝分かれし、その先端がこめかみに突き刺さっている。
『こいつは――体内に入っているのか』
『恐らくな。引っぱり出したりするなよ。ワシとて、こんな現象始めてみたが、明らかに脳に干渉しておる。下手に動かせばコイツは廃人になってしまうだろうよ』
『オレじゃどうにもできないって訳か』
『その通りじゃ』
エイモスは奥歯を噛みしめた。
「どうだ?」
「ええ、爆発事件と関係あるかは分かりませんが、この人は普通じゃありません。何か分かるまでは慎重に隔離した方がいいでしょう」
コーブは僅かに体を仰け反らせた。
「君でもどうにもできんのかね」
「どうやら、そのようです――しかし、今回の件で色々分かりました。対策は立てられそうですね」
「ああ、もう民を殺させたりはしないさ」
ギュッと拳を握るコーブ大将だった。
エイモスは声に出さずぼやく。
『また大変なことになりそうだ』
『ワシには関係ない――なんせ、猫だからな』




