赤と黒の山賊 6
後方には駆けつけてきた山賊たち。前方には戦斧の男。こうなっては大人しく捕まるしかないと思われた。
しかし、その時、天井が落ちた。
「くっ――」
アンを庇いつつ落ちてくる岩石を避けるフィル。だが、分厚い天井部分が全て砕け落ちてきたのだ、全てを避けきることはさすがにできない。やがて、特大の岩が彼らの上に迫る――
「きゃぁぁ!」
アンがフィルにしがみ付き悲鳴を上げた。フィルは少女に覆いかぶさり、衝撃に備える。
が、しかし、その岩が彼らを押しつぶすことはなかった。
包丁で切られた野菜のように巨大な岩石が真っ二つに割れ、左右に分かれる。
その間を通り、落ちてくる人影があった。
「ジッとしてろよ――」
タイラスである。鉈を片手に飛来すると、アンを抱えたフィルを小脇に抱え、その場から飛び去った。
戦斧の男は瓦礫の向こうで一部始終を見守っていた。
(アイツは、赤の――生きてやがったか)
最低限の動きで身を守りつつ、その目は逃げて行くタイラスの背中を見つめていた。
それもやがて見えなくなる――。
*
二人の盗賊と二人の軍人、そしてフィルに背負われた少女――土地勘が無ければ一瞬で迷ってしまうであろう暗い森の中を走っている。敵の基地の入口を塞いだので追手が来ないのは当たり前だが、それでも、彼らは山頂に急いだ。
「なんだと! そいつは本当か……」
走りながら、神妙な面持ちで問うタイラス。
「ああ“山賊を片付ける“確かにそう言っていた」
「くそっ」
黒の盗賊がダンバイザード公爵に兵を借り、赤の山賊を滅ぼそうと企んでいる。フィルが見聞きしてきたことを簡単にまとめると、そういうことになる。
それを聞いた赤の頭領タイラスの動揺は大きい。
「こうなったら拘っている場合じゃないだろう。軍に助けを求めろ、タイラス。今ならエイモ――コイド総帥とその部下が西部基地に駐屯している。ダンバイザードの兵は五十、向こうの山賊と合わせても二百には届かないはずだ。それなら難なく退けることができる」
「いや――ダメだ! そうかも知れねえが、ここで信念を曲げちまったらオレたちは――」
タイラスの言葉を遮ってフィルが檄を飛ばす。
「バカ野郎! 人が死ぬか生きるかの瀬戸際なんだぞ――信念がどうしたとか、そんなことは生き残ってから考えろ!」
「な――っつ……」
タイラスは言い返せない。彼とて迷っているのだ。
(何よあのちびっ子――基地にいる時とは別人みたいじゃない)
アメリアは走りながら上官の横顔を見つめている。
さっきまで死にかけていたのに、そんなこと忘れてしまったかのように堂々と――いや、飄々と、と言った方がしっくりくるか。いずれにせよ、部下に恐喝されたり、悪口を言われてヘラヘラしていたフィルグランド少尉と同一人物とは思えない。不思議な人だ――普通なら恐れや戸惑いで動きや思考が鈍るような場面で、彼は逆にどんどん冴えわたって行くようだ。まるで「戦いこそ慣れ親しんだ日常だ」と言わんばかりに。
フィルグランドの事を思うと、胸の辺りがもやもやとして落ち着かない。そんな自分が不思議でならないアメリアだった。
「とにかく急いで戻ろう――それが最優先だ。油断するなよ、なんせ相手はあの――」
フィルの言葉が途中で途切れる。同時に足も止まっている。
それにつられて、残りの三人も足を止めた。
「どうした?」
タイラスの問いにフィルは答えようとしない。代わりに、前方の藪の向こうを鋭い目で睨んでいる。
数秒の沈黙をおいて、五人の前に一人の女が現れた。
「あらあら、まさか、あの時の坊やだったとはね――その節はお世話様。とても強かったわよ、アナタ」
フィルを見て妖艶な声で言ったのはアイナ=イシトールである。
フィルは眼力を緩めぬまま、すげなく返す。
「悪いが急いでるんだ。どいてくれ」
「そうはいかないわよ。計画を知られちゃったもの。口を塞がせてもらうわ」
「ならば力ずくで押し通る」
「出来るかしら?」
その言葉を合図に、周囲の茂みの至る所から人の頭が突き出した。相当な数である。彼女が連れて来た兵たちだろう。
「そんな怖い顔しないでちょうだい。 ――そうだ、こうしましょ? あなたたちを含めた赤の盗賊団全員の命は保証する。その代わり、私に従いなさい。 どう? 良い条件でしょ?」
「お前が約束を守る保証がどこにある」
「無いけど――」
何を思ったか、アイナはその場で服を脱ぎ始めた。鎧からドレスから身につけているもの全てを、まるでゴミでも捨てるかのように脱ぎ捨てて行く。そして、すぐに一糸まとわぬ純白の体が月明かりの下に現れた。
「私は本気よ――どんな時だってね」
フィルとタイラスはアイナの言動と異常な行動に戸惑っていた。赤の山賊団の未来、そして、新生国家そのものの未来をも左右してしまいかねない分水嶺に立たされている。少しも間違った判断はできないのに、アイナという女は全くの未知数――およそこの場では測りきれる相手ではない。
信じることなどもちろん無理だ――しかし、従う利点は大きいようにも思える。今のところ敵の全貌は小さな山賊団と公爵付きの小隊というちっぽけなものにすぎない。この場限り敵に従った所で、後からいくらでも巻き返せる。しかし、それすら織り込み済みで提案しているのだとしたら……。
ダメだ分からねえ――タイラスはフィルに助けを求めるような視線を送った。
しかし、フィルにしても戸惑うばかりなのだ。
首が回らない男二人――黙って見守るしかないリートとアン。
悪夢のように美しい裸体を惜しげも無く晒すアイナこそが、この場を支配しているようだった。
「ったく――男ってヤツは――」
いや、まだ一人残っている。場に呑まれていない者が――
「裸を見せられたくらいで大人しくなりやがって……」
炎を照り返すような光を瞳に宿し、女兵士は敵の親玉にまっすぐ歩み寄って行く。
「いや、別にそういう――」
「黙れ、ヘタレ少尉!」
さすがのフィルもその剣幕に押されて言葉を飲み込む。
それほど鬼気迫った様子なのだ。
「私はそんなに頭がよくないから、たぶん状況を正しく把握できていない。もしかしたら、凄く複雑で難しい選択を迫られてるのかもしれない――」
二人の女の鼻と鼻が触れ合いそうな距離に近づく。
「――でも!」
アメリアが右手を振り上げ、籠手を握りしめた。
周囲で命令を待っている兵たちが、さすがに止めなければ――と腰を浮かせる。しかし、アイナが後ろ手でサインを送り制している。
「従うってのは、つまり――負けるってことでしょうが!!」
咆哮と共に拳が振り下ろされる。リートの槍をへし折った時と同じように、コンパクトで無駄のないパンチ。
それは、アイナのすぐ隣にあった木に叩きこまれた。すると、その部分が爆破されたかのように飛散し、大きく抉り取られた。バランスを失った木がギギギィィと不気味な音を立てて、倒れ伏した。殴った本人の胴より五回りは太い木である。地響きを上げて大地を揺すった。
騒然とする一同――口火を切ったのは、アイナだ。
「あなた、お名前は?」
「アメリア=ウォルターズ」
「そう、アメリアちゃんね――覚えとくわ」
そういうと、アイナは脱いだ服を拾い集め、フィルたちを素通りして歩いて行ってしまった。兵たちの気配も遠ざかっている。
アメリアは振り向いて声を張る。
「待て! まだ戦いは終わってないわよ」
アイナは振り返りもせず、ひらひらと手を振った。
「私の負けでいいわ。信じられないかもしれないけど、そっちの山賊さんたちも見逃してあげる」
「どういうことよ」
「そういうことよ――じゃあね」
と言った直後、誰にも聞こえないような小声で「真の英雄さん」とアイナは呟いていた。
「なんなのよ、まったく……」
修羅場を抜けることができたのは、他でもないアメリアのおかげだろう。
しかし、彼女は実に不満げに顔をしかめるのだった。




