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赤と黒の山賊 5



 待ち合わせの時間が近い。そのことはフィルも重々承知している。しかし、彼は通風管のその場所から動けないでいた。

管と管の接合部分が僅かに離れており、そこから光が漏れている。フィルは這いつくばってそこから下を覗いていた。

 そこは小さな部屋の中。テーブルをはさんで二人の人物が話し合っている。


「五十人ですか――いささか少なすぎませんかね」


 顔中にひげを蓄えた目つきの鋭い男だった。そのどっしりとした物腰を見るに、おそらく、黒の盗賊団の長か、幹部クラスの人物だろう。

 そんな男が畏まった言葉を使っていることから、会話の相手は男より身分が高い事が分かる。

 しかし、その人物は女だ――それもまだ若い。

 鎧とドレスの中間のような衣装は赤と金という華やかな色合い。それに負けぬほど煌びやかな金の髪。瞳には自信が満ち、口元は不敵に結ばれている。このような土臭い場所には全く不釣り合いな美女であった。


「私はこの人数で十分と判断したのよ。それを疑うのね」


 挑発的に笑う女――フィルは彼女を知っている。

 会ったのは一度きり、陥落したエレドペリ王都、王の間での事だ。


――アイナ=イシトール


 それが女の名前。

 またの名を“ダンバイザード公爵”という。


「いえ、そう言う訳では――貴方が言うのなら従いましょう」

「ウフフ、良い子ね。まあ、任せておきなさい。山賊なんてすぐに片付けてあげるわよ――そしたらたっぷり働いてもらうからね」


 フィルは声を上げそうになって必死で抑えた。

 エレドペリ王都を占領しているアイナが何故こんな所に居るのか、それが今の会話で何となく見えてきた。

 傍らでジッとしているアンに目配せし、先を促す。こうしてはいられない。早く戻ってタイラスに知らせなければ。

しかし、その時、アイナのわざとらしく大きな声が下から響いた。


「ところで、天井裏に隠れているネズミさんは、あなたのペット?」

「――――!?」


 真っ先に動いたのはアイナと話していた男だった。部屋の隅に立てかけていた鉄板のような巨大な剣に飛び付き、


「ぬうんッ!」


 振り向き様に払った。ほんの一秒の静寂――机が真っ二つに割れ、同じく切断された天井のパイプが派手な音を立てて落ちた。


「誰もいませんが――」

「よく見なさい」


 アイナは落ちてきたパイプを顎でしゃくった。その切り口には血がこびり付いている。



 *



「ねえ、大丈夫なの? 足――」


 フィルとアンはパイプの中を移動してアジトの入口まで辿り着いていた。通気口の隙間から下を伺うと、既に山賊たちが大挙して押し寄せている。


「大丈夫。心配無い――それより、これから下に降りるけど、アンは目を瞑ってオレに捕まってるんだよ。いいね?」

「うん……」


 山賊たちは侵入者が居ることは分かっているようだが、細かい情報までは知らないようだ。銘々手に武器を持ち、アジトの入口をせわしなく行ったり来たりしている。


「どうやらオヤジの部屋に居たらしいぜ――」

「行ってみるか――」


 たむろしていた数人の姿が見えなくなる。


「行くよ」


 フィルはアンを抱えて通気口のふたを踏み抜いた。

――カァン

 甲高い音が横穴に響き渡る。

(なんだ今の音は――入口の方だぜ――急げ――)

 少し離れたところで複数の声が上がった。

 天井から飛び降りたフィルは、瞬時に走り出している。アンを抱っこしたままでは逃げきれないかもしれないと危ぶんでいたが、これなら何とかなりそうだ。

 しかし、そう思っていられたのも一瞬だった。出口を塞ぐように立ちふさがる男がいる。


「ったくよお――この基地に忍び込むスキがあるとすりゃ通気口って分かりそうなもんだが。バカばっかり集まっちまったもんだぜ。なあ、ネズミさんよ」


 刃物のような三白眼がギラリと光る。戦いの邪魔だと言わんばかりに髪を後ろで一つにまとめている。むき出しの上半身は岩のように鍛えられており、まさしく戦士といった風貌。手に持つ戦斧は柄が三メートルはあろうかという大物だ。

 黒の連中には一人だけ強いヤツが居た――タイラスが言っていたのはおそらくこの男だろう。悠々と立つ男を見て少年は瞬時に察する。

 フィルとて、幾つもの戦いを潜りぬけてきた経験がある。一目見れば敵の強さに大方目星が付く。考えなしに飛び込んでどうにかなる相手じゃない。

 

「おおおう! バカども! こっちだ!」


 フィルがしり込みしている間に、男が大声を張り上げた。


「ちっ」


 こうなってはもう責める他に手はない。アンを片手で支え、もう片方の手でスカートの中から短剣抜く。そして、突進。

(顔めがけて剣を投げる。それを払っている隙に股の下を抜ける――)

 まさに一か八かの作戦。彼自身成功するとは思っていなかったが、何かあってもアドリブでどうにかなるだろうと考えていた。そして、本当にどうにかできるだけの技量がフィルにはあった。

 作戦通り、戦斧の間合いに入る寸前で短剣を飛ばす。短剣が男の顔めがけて飛んでいく。

(あんな長い武器じゃ小回りが利かないだろ。避けるはずだ――その隙を見逃すな)

 自分に言い聞かせ、敵の動きに集中する。

(さあ――右か、左か――それとも上か――)

 二人の距離がぐんぐん縮まる。


「――――!?」


 地を這うように走るフィルだったが、急に足を止める。

 それとほぼ同士に、フィルの投げた短剣が男の額に当たった。ゴンッ! と鈍い音が響き、男の顔に幾筋も血が滴り落ちた。

――しかし、それだけだ。

 男は微動だにせず立ちはだかっている。

 フィルは後ろに飛び退き間合いを取って、それから口を開いた。


「なぜオモチャだと分かった?」


 敵の動きが無さ過ぎる――フィルは瞬時に感じて足を止めたのだ。短剣が迫っているのに避けようとも払おうともしない――もしや、短剣に大して殺傷力が無いとバレているのでは? と思い立ち判断を下したのだ。

 

「剣を抜く仕草を見りゃ一目瞭然――下らんことすんなよ、ねえちゃん」


 鼻白んだように言う男だった。

(これはマズイな……)

 出口までほんの数メートル。しかし、その距離があまりに遠い――。




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