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赤と黒の山賊 3



「おねーちゃんみてみて」

「うーん、凄いねえ」

「おねーちゃんあそぼ」

「はいはい、ちょっと待ってね」

「おしっこー」

「このお屋敷の中でしなさい」

「おねーちゃん……おにいちゃん?」

「胸が小さいおねーちゃんもいるんだよー」


 少尉を追いかけるどころの話じゃない。

 人懐こい良い子たちは私にすぐ懐いた。喜んでいいやら悪いやら――こうなっては、子供たちを無視してアジトを出て行く訳にもいかない。そこまで計算ずくで私に子守りをさせたんだろうか。何にせよ効果絶大だ。私はタイラスの屋敷の前から動けないでいた。

 

「おねーちゃん、ぐんじんさんなの?」

「そんな言葉よく知ってるね。そうだよ」

「なんでぐんじんさんになったの?」


 子供ってヤツは容赦がない。答えにくいことを平気で聞いてくる。どうしたものかと考えていると、


「おい、お前」


 随分ぶっきらぼうな助け船が現れた。

 子供たちに気を取られていて気付かなかったが、屋敷の前の道に一人の男が立っていた。


「そこは親分の屋敷だ。気易く近づくんじゃねえ」


 まだ子供――といって、たぶん私と同じくらいの歳だろう。山賊らしい毛皮のベストを着ているが、どこか精悍な印象のある男だった。槍を杖に仁王立ちし、厳しい目で私を見ている。

 近づくなって言われても、私だってここを離れたいんだけど――



「じゃあ、この子たちの世話、代わってよ」

「ふざけるな、子守りなど女の仕事だろ」


 ああ、なるほど……そういうこと言っちゃうわけだ。

 私はほとんど無意識に子供たちを脇によけて、男の前に歩み出る。


「なんだ――」


 戸惑う男。

 私は腰の回転と重心移動を生かしたコンパクトな突きを放った。さっきまで子供たちに「ヘンなてぶくろ」と呼ばれていた籠手ガントレットが男の持っている槍を捉える――上半分が千切れ飛び、空中で数回転すると遥か向こうの地面に突き刺さった。


「なっ――」


 男は飛んで行った槍の穂を目で追い、それから驚きに満ちた顔で私に向き直った。


「何しやがる! ――っていうか、何者だアンタ」


 聞かれたので素直に答える。


「アメリア=ウォルターズ――軍人だ」



 *



 黒旗の盗賊団は山の中腹に広がる岩場にアジトを構えている。昔金鉱として栄えていた名残である横穴に手を加え、山肌の中に一つの集落を設えたのだ。

 フィルとタイラスは少し離れた岩陰から横穴の入口を伺っていた。


「何も考えず来ちまったが、どうするよ。動きがあるまで張り込みか?」


 フィルは首を横に振った。張り込みは一番安全で確実な手だが、時間が足りない。軍上層部からの勅命とはいえ、フィルが少尉という立場にあることは変わらないので、教官という役職に支障が出ない内に帰る必要があるのだ。


「じゃあどうすんだよ。入口だけ見て帰るってのはなしだろ」

「ちゃんと策はあるさ」


 そう言うなりフィルは服を脱ぎ出した。

 何を始めようってんだ――と不審げに見つめるタイラスだったが、少年が軍服風の衣装を脱ぎ終わり、その下からシンプルな純白のワンピースドレスが現れたところで、大方察する。


「お前さん、まさか――」

「悪いけど手伝ってくれないか。こればっかりは自分じゃできない」


 そう言ってタイラスに手渡したのは白粉や紅が入った幾つかの小瓶だった。


「お、おいおい、こんなもんオレが扱えるわけねえだろ」

「元軍人なんだから社交場で化粧をした女なんていくらでも見ているだろう。それをなんとなく真似てくれればいい」

「つったてなぁ……」


 ボヤキながらも化粧のまねごとを始めるタイラスだった。

 数分後――神秘的な黒髪を携えた儚げな美少女がそこに立っていた。


「お前さんと知らずに出会っていたら――オレは声をかけていたかもしれん……」

「気色悪いぞ」



 *



 おばさんが運んできた昼食を食べさせると、子供たちは屋敷の軒先に並んで昼寝を始めた。天気はいいし、空気は美味いし、なんとものどかな午後である。まあ、子供たちが起き出せばまた火がついたように忙しくなるのだろうが……。

 

「お疲れさんす、姉さん」


 私がぼんやり座り込んでいると、例の男が料理の載った皿を持ってやって来た。どうやら私の分の食事を運んできてくれたらしい。


「姉さんって……リアでいいよ」

「うっす!」


 そういえばお腹がペコペコだ。子供の世話ってのは相当体力を使うらしい。ひょっとして、私に足りない物って体力だったりして――違うか。

 どうでもいいことを考えながら食べ始めようとするが、男の熱心な視線に気づいて手を止める。


「なにか?」

「い、いえ――あ、あの!」

「――なにか?」

「いえ……」


 私は短気なのだろうか。こう、もじもじされると、ついイラッと来てしまう。


「言いたいことがあるなら言いなさいよ!」

「は、はい! ――ぼ、ボクに戦いの稽古を付けてくれませんか」


 勿体ぶるから何事かと思えば、そんなことか。


「戦いの稽古って――ここの人たちってみんな元軍人なんでしょ? だったら、私が教える必要ないじゃない」

「それが、ダメなんです――いくら頼んでも“そんなもん必要ねえ”の一点張りで、畑の耕し方や、金の稼ぎ方、そういうどうでもいいことばかり叩きこもうとするんです。ボクは誰かを守れるようになりたい。ここの連中が昔そうだったように、勇敢に戦いたいのに……」


 男の訴えは切実だった。

 なんだか思い出してしまう。あの日、母を失った私は戦おうと心に誓った。どうしてなのか、ハッキリ言葉にできないけど、でも、それが一番だと思ったんだ。


「ねえ、まだ名前聞いてなかったね」

「え、ああ――自分、リートっす」

「リートか――分かった。私が稽古付けてあげる」

「ホントっすか!」

「といっても、大したことは教えられないけどね。私だって一年目の訓練兵だし」

「いえ、有難いっす」


 リートの喜びようといったら、子供のようだった。

 子どもといえば、


――なんでぐんじんさんになったの?


 聞かれたっきり答えてなかったっけ。


「あれ――」


 どうしてだろう。なんだか急に足元の地面が崩れ落ちたみたいに、頼りない気分だ。

 私が軍人になった理由――それは、英雄に復讐するため。そう決めてここまでやって来たんじゃないか……。

 でも、冷静になって考えると――あれ?




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