赤と黒の山賊 2
アメリアへ
君には足りない物がある。
オレとタイラスが出かけている間、このアジトでしっかり学ぶといい。
枕元に置いてあった手紙にはそんなことが書いてあった。寝起きの血圧の低さは一瞬で改善された。あのちびっ子少尉め――ここまで織り込み済みで私を連れて来たんだな。任務と部下の教育を同時に進行させようとしているらしい。恍けた顔して意外と策士だ。
でも、私をなめてもらっちゃ困る。すぐに追いかけて行って合流してやる。偵察任務に加わるため、私はここまで来たんだ。
籠手を装備してタイラスの屋敷を飛び出す。
しかし、玄関のドアを潜った直後、何か分厚い物に肩をがしっと掴まれる。上の方から野太い声が降って来た。
「よう、おはようさん」
「――ええと、レヴさん? おはようございます」
昨晩私たちを拘束した山賊の一員だ。切り傷だらけの顔と人間離れした巨体――明るい所で見ると改めて凄い迫力だ。
「あの、ちょっと行くところがあるので放してください」
「そいつは聞けねえ、オヤジに言付かってんだ。お前さんをアジトから出すなってな」
私はムッとする。そんなの知ったこっちゃない。
斜め上にある大男の顔を睨みつけてやる。本気だぞ――という意思を込めて。
「まあ、そう怖い顔すんなって。コイツらが怯えちまうじゃねえか」
レヴは不可解な事を言った。コイツらって、ここには二人しかいないじゃないか。と言おうとしたところで、大男の背後から小さな影がいくつか飛び出してきた。
多分五六歳くらいのちびっ子たちだ。不安そうに私を見つめている。
「ええと……?」
「お前さんには今日一日、コイツらの面倒を見てもらうぜ」
「どうして私が!?」
「だから、おっかねえ声出すんじゃねえって。それじゃ、頼んだぜ」
「ちょ、ちょっと!」
レヴはさっさと歩いて行ってしまった。
不思議そうに私を見つめる子供たちがそこに残った。
*
木々に朝露滴る朝の山を二人の男が歩いていた。
「よかったのか、置いてきちまって。きっと怒るだろうよ」
タイラスは着流しの腰帯に鉈のような刃物を挟んだだけの軽装である。不法行為を行わない赤の山賊の長という立場だが、見てくれは凶暴な族に見えなくも無い。
「まあね――でも、タイラスなら戦いになっても命を落としたりしないだろうけど――こういうと凄く怒られるけど、アメリアは女の子だからね。さすがに連れて行けない」
フィルは件の黒い服に肩掛けベルトで釣った訓練用の短剣を携えている。こちらも軽装だ。
「だったらそもそも連れて来なけりゃよかったじゃねえか」
「うーん。まあそうなんだけど……実はさ、彼女、家族が居ないみたいで、その原因を作ったのがオレみたいなんだ。一緒に行動すれば話ができるかなと思ったんだけど、全然ダメだった」
「何やらややこしいことになってそうだな」
「そうなんだよ」
「女のあしらいなんて得意そうなもんだがな。その顔で優しい言葉の一つでもかけてやりゃ何でも話すだろうよ」
「だったら苦労しないって……」
二人は世間話をしながら山頂を目指した。
次第に木々の数が減り、太陽が真上に上った頃には見通しの良いエリアに突入した。少し先に尾根があり、そこが赤と黒を分ける暗黙の境界線となっている。
二人の会話は少し踏み入った物に移っていた。
「オレも旅から帰って来たばかりでそんなに詳しくないんだけど――国を脅かしかねない勢力があって、政府や軍は影でそれを追っているみたいなんだ」
「その勢力に黒の連中が絡んでるって訳か」
「何か最近変わったことは無かった? 些細なことでもいいんだけど」
「――お山はいつも通り平穏無事だ。奇妙なほどにな」
タイラスは世捨て人のように仲間以外とは極力関わらない人間であり、国の内状などほとんど知らない。しかし、それゆえに見える事もある。
「怖いもの知らずの黒の連中が近所にできた国にちょっかい出さない訳がねえ。静かすぎる――とは感じていた。変わったことといえば“何も無さ過ぎる”事くらいだな」
「タイラスたちに気取られず山を越えるルートはあるの?」
「そりゃ迂回すればオレたちは気付けねえ。しかし、このルポーロ山脈は巨大だ。迂回路を取るとすれば食い物、足、装備――と、山賊なんぞじゃとうてい賄い切れねえコストがかかる」
それはつまり、黒の山賊に後援者がついたことを示唆しているのだ。
しかし、そうなると新たな疑問が浮かび上がることにタイラスは思い至った。
「そこまでして山賊を国に入れる理由があるのか? 強い奴もいるが、所詮は山賊。全員集めたところで軍には勝てねえだろうよ」
フィルは言葉を探すようにゆっくり話す。
「まだ国ができて一年だからさ、国民の管理とか、地域の統制とか、まだまだ盤石じゃないんだよ。よそ者が紛れこんで暗躍していても政府は気付けない可能性が高い。まだ表には出て来ないけど、そのうちとんでもないことに発展するかもしれない――って言ってた」
「なるほどねえ。まあ、しかたねえやな。国を立ち上げるってのはオレじゃ想像もつかないほど大変なんだろうよ。しっかし、雲を掴むような話だな――」
「そうなんだよ。アーネたちも頭を抱えてた」
「アーネってのはあの時、お前さんと一緒に移民団を護衛していたねえちゃんのことか」
「うん、そうだよ」
タイラスはその時の事を思い出していた。
「ありゃ、化物だったな……昨日のお譲さんも相当キレた女だったが、あのねえちゃんはこの世の物とは思えない強さだった。金ぴかの斧を振り回して風のように飛び回ってよ――黒の連中、ビビって腰抜かしてたぞ。一緒に行動してないのか? てっきりお前の女だと思っていたが」
浩平は頭を振って否定した。
「彼女は家族みたいなもんだよ。それに、アーネは今、行政を仕切るメンバーになっていて、簡単に出歩いたりできないんだ」
「ほう! あんだけ強いのに祭りごともやるのか。すげぇな」
「国民投票で決まっちゃったみたいで本人は途方に暮れてたけどね。でも、凄く頑張って役割を果たしてるみたい」
「なるほどねえ――ところでよ、あん時、あのねーちゃんはお前さんの事を“コイド様”って呼んでなかったか? いや、呼んでたぞ絶対」
詰め寄るタイラス。
フィルは少し困った顔で、
「色々あるんだよ……今は“フィル“で頼む。特に、アメリアの前ではそう呼んでくれると助かる」
その“色々”が気になって仕方ないタイラスだったが、
「はいはい、分かったよ」
軍人崩れの彼にも他人に話したくない過去がある。必要以上に他人に踏み込まないのが赤い旗の山賊たちの流儀なのだった。




