情けない男
かつて、この世界の半分を手中に収めた魔法都市の王――スターウェイ=ランキャスター。
戦いに敗れ封印された彼は、五百年の時を経て現代に蘇っていた。
「う、ううう……」
肩を落とし泣き出しそうな顔の少年が、その魔法王だと誰が思うだろうか。
「でおぐれだ……完全に出遅れた!」
ここは、エレドペリ王国の傘下にあるルドラカンド学園――その校舎の屋上だった。
魔法王――当代では小井戸浩平という名前だが、彼は中庭を見下ろしている。その心の中には悲しみが満ちていた。
小井戸は新入生であるが、とある事情で入学式に参加することができなかった。そのせいで、授業が始まって三日経過した現在に至るまで、同級生と一言も会話することができないでいるのだった。
彼は、前世の後悔から”全力で学園生活を楽しむ”を目標としてるが、現状全力を出す場面もなく、楽しんでもいない。ただただ焦りと寂しさが募るばかりだった。
小井戸は何をするでもなく、中庭を見下ろし続けた。すると、しばらくして中庭に一人の男が現れた。
「あ、あれは。同じクラスの人だ!」
芝生の上に置かれたベンチに座った男を見て、小井戸は走り出した。
*
夕暮れ時――人気のない中庭に一人の男が居た。ベンチに座り、難しい顔で本と睨めっこしている。
短く切られた金髪が特徴的であり、位の高い人間が集まるこの学園では珍しく、余裕のないしかめっ面を浮かべている。
――そこに男が通りかかる。
肩にかかる長さの黒髪。一瞬性別がわからないほど、整った顔。かなりの美少年に見える。
復活した魔法王――小井戸浩平である。
彼は金髪の男以上に余裕のない顔で、歩いている。
そして、何の前置きもなくベンチに腰掛けた。先にいた男と同じベンチに、まるで気の知れた知り合いのようにわざとらしく座ったのだ。
金髪の男は、そんな小井戸に目もくれず、本に目を落としている。
小井戸はしばらくもじもじと手遊びをしてから、口を開いた。
「や、やあ」
声がひっくり返っていたが、言った本人は気づいていない。
男の視線が本から僅かに動く。
「誰だお前」
「やだなーエイモスくん。俺だよ、俺俺! 小井戸浩平だよ」
エイモスと呼ばれた男は眉をひそめた。
「なぜオレの名前を知っている」
小井戸は気味が悪いほどニヤニヤと笑っている。
「や、やだなー。俺たち同じクラスなんだから、名前くらい知ってるに決まってるでしょ」
「同じクラス? 初めて見る顔だ――名前も知らん」
「そう……」
小井戸の肩がガクッと落ちる。しかし、一瞬で不気味笑いを取り戻す。
そして、
「ね、ねえ、せっかく同じクラスになったんだから――と、とと、友達にならない?」
決死の覚悟で言った。
だが、エイモスの反応は芳しくない。
「他をあたってくれ。俺は忙しい――」
「え、あ――ちょっと待って」
本を閉じ立ち上がったエイモスに小井戸は飛びつく。
「お願いだから行かないでぇ! 頼むよ、友達になってくれよ。君と友達になりたいんだエイモスくん。いいだろ……ねえねえ」
「ッチ――煩い奴だ! ここにいるってことは、お前も貴族なんだろ。物乞いのように人に引っ付いて、恥ずかしくないのか!」
「恥ずかしいに決まってるでしょ! でも、そんなこと言ってる場合じゃないんだ。俺はどうしても友達がほしいんだよ……ふえぇ――」
「な、泣くな! ったくなんて奴だ……」
さすがにエイモスも無視できなくなっていた。鼻水を垂らしてさめざめと泣く小井戸の姿はそれほど情けなかった。彼はこの場をどう切り抜けるか考える。
「おい、コイドといったか? そんなに言うなら友達になってやってもいいぜ」
「ホント!?」
「ただし、オレのために働いたら――だ。どうする? なんでもするか?」
こう言ってしまえば、さすがに諦めるだろう。エイモスはそう考えていた。
小井戸は、顔を伏せた。
(さすがに諦めたな。まったく……無駄な時間を食わせやがって)
服を掴んでいた手を解きながらエイモスは諭すように言う。
「悪いとは思うがな。オレは本当に忙しいんだ。他にも生徒は山ほどいる。そう気を落とさず――」
「いま、なんでもって言ったね?」
「――――?」
小井戸がゆらりと立ち上がる。ただならぬ雰囲気だ。
そして、バッと顔をあげ言い放った。
「俺、なんでもするよ!」
エイモスは言葉を失った。
*
その日の晩――エイモスと小井戸は郊外の森の中にいた。
「いいか、コイド。オレが合図したら一斉に飛びかかるぞ。相手は害虫だ――容赦するなよ」
二人は剣を構えている。
その先には、巨大なナメクジがいる。半透明の体表が暗闇の中でテラテラと輝いている。全長二十メートルはあろうかという巨体だ。二人に気づいているようだが、襲ってくる気も逃げる気もないようだった。ただふらふらと頭を揺らしている。
「ねえエイモスくん……」
「後にしろ」
「ゴメン無理かも」
「――?」
苦し気な声にエイモスが隣を見る。すると小井戸は口を押え、背中を丸めている。
「どうした? 大丈夫か」
「いや、やっぱダメ――――オウエェェェ」
「おい?」
小井戸は跪き涙目で吐しゃ物を吐き出す。
「どうした……まさか、奴は空気中に毒素を――」
「ゴベン――俺ナメクジ苦手で。気持ち悪くなっちゃって……オゲェェェェ」
「お前何しに来たんだよ!」
エイモスは覚悟を決めた。そもそも一人で倒すつもりだった、味方がダメになっても関係ない一人で戦おうと。
しかし、再びナメクジに向き直ったところで、その決意は消失した。
「な、なんだと――?」
いつの間にか、ナメクジが増えている。最初の一頭に続くようにぞろぞろと大量の巨大ナメクジがひしめいている。大きいだけで大して強くないだろうと高をくくっていたエイモスも流石に数十頭のナメクジを前にして腰が引けていた。
「どうしたのエイモスくん?」
「いいか、絶対に顔を上げるなよ。絶対だぞ」
「そう言われると――――オオオエエエエェェェ!!」
「なんで上げたんだっ! クソ――いったん引くぞ」
エイモスは酸っぱい匂いのする小井戸を抱えて森から逃げた。
*
エイモスは街灯が一つだけ置かれたほの暗い公園のベンチに座り、だらしなく足を投げ出していた。
そこにトイレで顔を洗った小井戸が帰ってくる。黙ってベンチの端に座る。
しばらく二人は黙っていたが、エイモスが”はあ”と溜息をついてから誰にともなく語り始めた。
「オレの家は貴族になってまだ一代の弱小貴族だ。だから二代目を継ぐオレは期待を込めて育てられた。有能な人間でありますようにってな」
小井戸は黙って聞いている。
「でも、オレは落ちこぼれだった。なにをしても普通で、とてもじゃないが一家を背負っていける器じゃなかった。ヘコんで塞ぎ込んだこともある。死にたいと考えたことも一度じゃない。親父がルドラカンド行けと言い出した時は本気で逃げ出そうかと思った……でも、オレはルドラカンドに来た。落ちこぼれのままじゃ嫌だからな――頑張ればオレだって自治会に入れるんじゃないかって思ってたんだ。
でもこの様だ。中級クエストすらクリアできなかった。それどころかビビッて逃げ出す始末だ――」
エイモスは鼻白んだ笑いを浮かべながら小井戸のほうを見た。
「なあコイド――俺、自治会に入れると思うか?」
それは、お前じゃ無理だと言ってほしい――そういう諦めを託した問いかけだった。
ずっと黙っていた小井戸は、真剣な面持ちでエイモスと向き合った。
「俺わからないよ……」
「――そうだよな。すまん、忘れてくれ」
「”じちかい”ってなに?」
エイモスは危うくベンチから落ちそうになった。
「なんでそんなことも知らないんだ! 君は本当にルドラカンドの生徒なのか……」
「仕方ないじゃんか。俺、入学式にも説明会にも出てないんだから」
「だとしても知らんわけないだろ。自治会というのはな――」
自治会とはルドラカンドの治安を守る自警団の名前であり、優秀な生徒しか入ることはできない。自治会員として卒業するだけで勲章が授与され、一定の地位が約束される。普通の貴族は、手柄を立てなければ平民に戻ってしまうので、自治会員の肩書は喉から手が出るほど欲しい。自治会員になるにはクエストと呼ばれる奉仕活動をクリアしなければならず、巨大ナメクジ退治は普通難易度の中級クエストだった。
エイモスは呆れながら説明をした。
「なるほど、そういうことだったんだね」
「まったく……お前みたいな奴に身の上話をした自分が情けない」
「ねえエイモスくん。もう一度ナメクジ倒しに行こうよ」
「は? お前ナメクジ苦手なんだろ。またゲロ吐きたいのか?」
「い、いや……本当は二度と見たくもないけど――でも俺、諦めたくないんだ」
エイモスは驚いていた。情けなくてヘタレな奴だと思っていた相手が、急に勇敢なことを言い出したのだ。一度失敗したことに、もう一度挑戦する――それは、失敗が許されず守りに入る癖がついた彼にはできない発想だった。




