赤と黒の山賊 1
「オレたち山賊のアジトに行きたいんですけど、何処にあるか知りませんか?」
「知ってはいるが――ボウズ、どうしてそんなとこに行きたがるんだ」
心底不思議そうにそう聞き返したのは、顔中に傷の跡がある大男だった。
少年は何気ない顔で懐から折りたたまれた紙を取り出し、大男に差し出した。
「うん? こいつは――」
紙を開き、綴られている文字を読んだ瞬間、大男の顔が獣のように歪んだ。その後ろに待機していた二人の部下も同じように急変した。
それもそのはずである――その紙には『ルポーロ山脈の山賊を偵察せよ』といった内容の命令が書かれており、はっきりと軍の印も押されている。少年はそんな物をよりにもよって山賊に渡してしまったのだ。
「…………」
少年の同行者である女兵士は、もはや口を開く気力すらなかった。頼りなく、呆けていて、何を考えているのか分からない上官だとは思っていたが――まさか、ここまでのアホとは。こんな時間にこんな場所にいる人間が普通なわけ無い。危険を恐れないのは危害を加える側の人間だと、少し考えれば分かるだろうに……。
「おう、お前ら」
大男が一声かけると、二人は山賊の部下たちによって、あっという間に手を後ろで縛りあげられた。
アメリアは抵抗しなかった。男三人が相手でも勝つ自信はあった。しかし、少年を庇いつつでは上手く戦えないと考え、大人しく捕まったのだ。
「お望み通りアジトへ連れて行ってやる。しかし、残念だがもうお前らは帰れないぞ。さあ、歩け――」
愛玩動物のように縄で繋がれ歩かされる二人。山賊たちは後ろから鋭い視線を送っている。
アメリアは小声で話しかける。
「どうすんですか……」
少年はにへらとだらしなく笑って、
「大丈夫、大丈夫」
実に能天気に囁いた。
「大丈夫なわけありますか、このアホ少尉!」
「黙って歩け! 自分の立場分かってんのか譲ちゃん」
もちろん分かっている。突然やって来た変な上官のせいで絶体絶命のピンチに陥ったのだ。こんなことになるなら、フィルグランドの事など考えず暴れてやればよかった。なんなら、このちっちゃい体を盾にでもしてやれば余裕で勝てたはずだ。
後悔がとめどなく溢れ出し、しかし、どうすることも出来ない。もどかしさに耐えるアメリアの顔は山賊たちより怖かった。
細い獣道から外れ、道なき道をしばらく進むと、急に視界が広くなる。大きく空いたその空間は、背の高い木々に隠されており、相当近づかなければ見つからないだろう。
ここが山賊たちのアジトである。
手を縛られて歩かされる少年と女の二人組は酷く目だった。容赦ない視線と冷やかしの声がそこかしこから浴びせられた。
他とは明らかに格が違う大きな建物の前に辿り着く頃には、群れた山賊たちが数十人ほど野次馬となり集まっていた。
その喧騒に負けじと、二人を連れてきた大男が声を張り上げる。
「オヤジ! 変な奴らを連れてきやした!」
その数秒後に建物のドアが開いて、一人の男が姿を現した。
「んん――っるせえな」
眠っていたのか、着物の胸が大きく空いている。髪はボサボサ。顎や口元には小汚い無精ひげ。体つきはそれなりにがっしりしているが、垂れ目でのペーっとした顔つきが全てを台無しにしている。
浮浪者のような風体ではあるが、男が姿を現した瞬間、山賊たちの間で空気が変わった。どこか緊張しているような、怯えているような、独特な感じ。
コイツが山賊の長だろう――アメリアはすぐに察する。
「すいやせん、オヤジ――ちょいといいですかい」
「おう、レヴか――どした」
男は寝ぼけ眼でようやく大男を認識したようである。
レヴはついさっき少年から渡された紙を懐から取り出した。それを見せて男の指示を仰ぐ必要があった。がしかし、男が突然大声を上げたので、機を逸してしまった。
山賊の長である男は、ようやくそこにいる少年を認識したのだ。そして、目と口をかっぴろげて、少年に歩み寄って行ったのだ。
「おい、おいおい――お前、あん時のヤツか!?」
凄い勢いで詰め寄られ、がばっと肩を掴まれる少年。しかし、その顔には恐れや戸惑いは無かった。
「やあ、久しぶり。タイラス」
家族や友達にするように、実に来やすく挨拶した。
アメリアはそんな様を見て“おや”と思った。
山賊たちは一斉にこめかみに血管を浮き上がらせた。
「てめえボウズ! 誰に向かってそんな口きいてやがんだ、ああん?!」
大男の怒号を皮切りに、人だかりの中から次々と野次が飛んだ。
「うるせえ、バカども!」
しかし、山賊の長タイラスの一声によって、野次はピタリと止んだ。
「コイツはオレの客だ。あれこれ言うことは許さねえ。どうしても文句があるっつうなら――」
かかってこい――。
そう言ったタイラスは既に別人だった。だらしない格好や、しまりのない顔つきは変わらないのに、何故か途轍もなく鋭くて武骨な――樵の斧のような存在感を放っていた。
(この人は強い……)
アメリアは成り行きを傍観しつつ、そう確信していた。
それと、フィルグランドは意図して山賊に掴まりここまで案内させたのだな。ということも同時に確信した。
「知り合いが居たなら予め言えよ」
敬語も忘れて文句を言うアメリアの顔はさっきにも増して恐ろしい。
*
「そうか、旅に出ていたなら仕方ねえやな。しかし、探したんだぜ、お前の事をよ」
二人はタイラスの屋敷に案内され、酒とご馳走で手厚く歓迎された。
「オレを――ですか?」
「そりゃそうだろ。あんだけの恩を受けて、返さねえで居られるオレじゃねえや」
「いや、別にいいのに――」
「いや、いや――」
何やら盛り上がっているらしい男二人。
一人だけおいてけぼりにされて、それと少年に対する不満も相まって、アメリアはつい大声を出してしまう。
「あ、の! ――いい加減、説明してください。これは、どういう状況なんですか!?」
凄い勢いだった。フィルグランドはもちろん、タイラスまで驚いていた。
「……最近のお譲さんはみんなこんなおっかねーのか?」
「いや、この子がお嬢さんなのは見た目だけだよ」
「ん?」
これ以上は命が危ないと口を噤む男たちであった。
一呼吸置いてタイラスが話し始めた。
一年と少し前のこと。タイラスは戦っていた。
恐ろしく広いルポーロ山脈には二つの山賊団がある。タイラス率いる赤い旗を掲げる山賊団と、尾根を挟んだ向こう側に拠点を置く黒い旗の団。どちらも古くからこの山に住んでいるが、その性質の違いから決して団結することは無かった。
赤い旗のもとに集うは、かつて兵士だった人々だ。“奪わず、奪わせず”を信条とし、自警と自給自足の目的で徒党を組んでいる。山賊とは呼ばれているが、略奪行為は行わない。生活の糧は自然から賄い、その他の収入としては山で迷った旅人の道案内や、ふもとの村から斡旋される警護の仕事など、全て合法的なものに限っている。
一方黒旗の山賊団は、まさしく山賊らしい組織である。様々な身分の人間が集まり形成されたので、共通の思想はもっていない。それでも団を名乗り、旗を上げるのは、集まることで自分の立場を強くするためである。強盗、殺人、何でもあり。時には山を降り、エレドペリ王国参加の町を襲ったこともあった。
「ずっと前から――それこそ爺さんや、ひい爺さんの代から赤と黒の間では火種が燻っていた。基本的には得にならねえってんでお互い知らんぷりだが、時々ぶつかり合うこともあってな――あん時は丁度、一番緊張が高まってる時期だった」
タイラスは思い出しているのか、遠い目をしている。
「エレドペリが大変なことになっただろ。黒の連中、その混乱に乗じて好き勝手やりだしたのさ。うちの心情としちゃ、放っておくべきだったんだがな――身内がやられちゃさすがにそうも言ってられねえ。故郷のために山を下ったオレの仲間を奴ら――襲って殺しやがった……弔いのためにオレは部下を何人か連れて山向こうにけじめを付けに行ったってわけさ」
弔い――その言葉が出た時、フィルグランドの表情が少し沈んだ。アメリアはそんな様子が少し気にかかったが、話の途中なので黙っていた。
「こっちは兵隊上りの中でも強いのを揃えて挑んだんだがな――結果は惨敗。向こうにゃとんでもなく強いヤツが一人いてよお、手間取ってる内に囲まれて、そこから防戦一方。終いにゃ散り散りになって尻尾巻いて逃げだした。まったく情けねえ話だ」
タイラスは俯いて奥歯を噛みしめた。自分のふがいなさを悔いているのだろう。
フィルグランドが話の先を受け継いだ。
「その時オレは移民団の護衛でこの山に居たんだ。周囲に気を配っていて、たまたま逃げているタイラスを見つけた。血まみれで足を引きずって逃げる男に対して、武器を持って鎧まで着込んだ連中が十人がかりで追いかけているんだから何事かと思ったよ」
「いやあ、あん時はホント死ぬかと思ったぞ――だから、お前にゃ感謝してるんだぜコイド」
「え? コイドって……」
「ヤダな、オレの名前はフィルグランドだってば。忘れちゃったの? フィルって呼んでくれって言ったじゃんか」
「そうだったか――?」
タイラスは首を傾げた。
「まあ、そういう訳だよアメリア。説明せずにつれてきたのは悪かったけど、そもそも危険な任務だったら君を連れてきたりしないよ」
言われてみればそうですね――そんな感じの反応が帰ってくる物とばかり思っていた。
「それは、私が女だから大した働きはできない――という意味ですか?」
目から殺人光線を放つアメリア。フィルは「しまった」と口を噤んだ。
「まったく――しかし、ということは、偵察任務はこれから始まるってことですよね? 要するに黒い方の山賊が目当てだった訳で」
その通りだった。赤の山賊は新生国家とのいざこざに関与していない。厄介事の種を抱えているのは黒の方だけなのだ。
「偵察? そうか、そのためにお前たちは山に来たんだな」
「うん、そうなんだ。ここに寄ったのはタイラスの顔を見に来たのと、それから――」
言われるまでもねえ、と言わんばかりにタイラスはフィルの言葉を遮って宣言した。
「用心棒なら任しとけ。恩返しにもなってちょうどいいや」
非常に気風のよい態度だった。
「ありがとう。でも、こっちから仕掛けるのはナシで頼むよ」
フィルは優しく微笑んで手を差し出した。
「お前がそういうなら、そうするさ」
タイラスはその手を力強く握り返して言ったのだった。




