少年と女兵士 4
――ばしっ、
ダイルは不様に尻もちをついた。
「あっ――ああ……」
またやってしまった――アメリアの悪い癖が出てしまったことに本人が気付いたのは綺麗なフォームの右ストレートが男の横っ面にヒットした後だった。
「お、お前、またやりやがったな!」
眉間に深い皺をよせるダイル。しかし、殴り飛ばされたままの格好は「お願い、私を捨てないで……」と哀愁たっぷりに訴える女みたいだ。
午後の訓練が終わり、さあ帰ろうというタイミングだった。グラウンドを横切り寮に向かう道中、ダイルが大声で話し始めた。その内容は新しい教官をバカにするものだった。
アメリアはそれを聞いた途端、ついカッとなりダイルを殴ってしまったのだ。
(なんで殴っちゃったんだろ――アイツを庇う理由なんて無いのに)
冷静になって初めて自分の行動に戸惑う。
「ホントいい加減にしろよ……どうしてボクが殴られなきゃいけないんだ! えぇ? ふざけんなクソが!」
ダイルは乱暴に立ち上がりアメリアに掴みかかろうとしたが、取り巻きたちに脇を押さえられてしまう。
「離せよ――この女、ぶっ殺してやる」
完全に我を忘れた目をして、拘束を抜けようともがく。だが、体力的にはてんで貧弱なダイルではどうすることも出来なかった。
「いつか殺してやるからなーッ!」
そんな捨て台詞を残して彼らはグラウンドから出て行った。
「ふう――」
さすがのアメリアも反省したようである。静かなグラウンドの片隅でしばらく立ち尽くしていた。
すると、少し離れた小屋の扉が開いた。
訓練用の刃が丸まった短剣を抱えて中から出てきた人物を見て、アメリアはゲッと顔をしかめた。
「やあ」
「いらしたんですか、教官……」
「ちょっと用事があってね」
のこのこと近づいてくる少年少尉に、アメリアの顔の険しさが深まる。
「聞こえてましたか?」
「出来れば聞きたくなかったけどね。まあ、新参者だし――嫌われても仕方ないとは思うよ」
「またそうやって……なんで怒らないんですか? 散々悪口を言われて――というか、アイツは少尉を恐喝したのに、それについての罰も無いし――どうしてなんです!?」
気付けば怒っている。フィルグランドを相手にするといつもそうなのだった。そして、フィルグランドはそんなときいつも「ゴメン」と無意味に謝るのだ。
しかし、この日は少し違った。
「オレは怒りたくないんだ――それに、やることをきっちりやれば、そのうち認めてもらえるはずだよ。ってことでさ、ちょっと付き合わない?」
「付き合うって――晩飯ですか」
普段消極的なフィルグランドに急に誘われたので素っ頓狂なことを言うアメリアだった。
*
日が落ちたら正門前で待ち合わせ。軽装で来ること。武器の携帯は許可されるが、なるべく小さな物に限る。
指示はたったそれだけ。どんな目的で何をする任務なのかという肝心なところは何も教えてくれなかった
でも、私は任務に同行する事を迷わなかった。
よっぽどの事が無ければ訓練兵の内に任務を受けることはできない。手柄を上げるチャンスだと思った。明らかにきな臭いし、少佐と一緒に居たくも無いけど、軍の上を目指す私が誘いを断るわけが無い。
ダイルの視線に胃を痛めつつ、軽めの食事を取り、すぐに寮に帰り準備を始める。軽装というなら、訓練服が最適だろう。動きやすいし着なれている。それに、少尉の指示を深読みすると、おそらく目立ってはいけない任務だろうから、鼠色の胴着とズボンという地味さも都合がいい。残るは武器だが――これは少し悩んだ。私が扱える武器の種類はごく限られている。剣や槍はまだ教わって無いので、むしろ邪魔になる。火薬を使った飛び道具の類は、ちょっとした事情で一切扱えない。弓は弦に矢を番える動作が煩わしくて大嫌いなので却下。一瞬手ぶらで行くことも考えたが、さすがに頼りないだろうから、対人格闘系の訓練で使う籠手を付けて行くことにした。殴ってよし、防いでよしの素晴らしい武器だ――いや、防具だ。
フィルグランド少尉は、最初に会ったと聞いていた黒い服を着て、腰にはグラウンド脇の小屋から持ち出したのであろう短剣を携えていた。
人の事は言えないが、随分な軽装である。
「それで、いったいどんな任務なんですか?」
無言で歩きだした少尉の少し後ろを歩きつつ聞いてみた。
少尉は前を向いたままで、ようやくネタばらしした。
「ルポーロ山脈に住みついている山賊を偵察しに行く。一応、地形は頭に入れてきたつもりだけど、心もとなくてさ――西部に長く暮らしている人に着いてきてほしかったんだ」
ルポーロ山脈はかつてエレドペリ王国だった土地と外とを隔てる山だ。至る所から岩が突き出し、崖と谷がそこらじゅうにある過酷な環境。天然の城壁と呼ぶにふさわしい山である。
「それって、とても重要な任務じゃないですか。目立つ敵対勢力である山賊の情報は、軍からしたら喉から手が出るほど欲しい。でも、下手にいざこざを起こしてしまったら、国に反抗する大義名分を与えてしまい、他の反国家勢力と徒党を組まれてしまうかもしれない――ハイリスクハイリターンなうえ、決して失敗できない……」
「怖いの? だったら今から引き返しても――」
「行きます!」
正直怖かった。
でも、引き返す気は微塵も無かった。
任務が成功すれば、昇進確実。これを逃す手は無い。
それと――もし明らかに命を落とす任務であろうと「怖いの?」とか言われたら、私は引き返せない。
「少尉、何かあったら私の後ろに隠れてくださいね。子供を守れる程度には、私は強いですから」
私は筋金入りの負けず嫌いなのだ。




