少年と女兵士 3
教官といえば熱血漢と相場が決まっている。部下の尻を叩き、口汚く叫び散らし、一人前の戦士に育て上げることで彼らの価値が高まるからだ。
前任の教官も例にもれず「気合い」が口癖の熱い男だった。
しかし、今度の教官殿は違った。というより、何もかも間違っている気がする。
まずもって、子供だ。
いずれ部下になる人間に恐喝を受けた事実がある。
そして、何より素行が変だ。
早朝、訓練施設のグラウンドに時間通り現れたフィルグランド少尉はぼそぼそと点呼を始め、部下の名前を呼び終えたところで思い出したかのように名乗った。前任の教官はまず私たちを睨みつけてから凄い剣幕で抱負やら方針やらをたっぷり話した。まあ、その内容は今や思い出せないが。
それに比べてこの子供少尉はなんとあっさりしたものか。最低限の言葉を平坦に伝えるだけで、気合や野心は一切感じられない。
能ある鷹は爪を隠すというから、フィルグランド少尉もそういう人種なのではないか――グラウンドを走りながら私は考えた。
少尉という地位は軍全体でみればそれほど高くはないけど、訓練兵の私からすれば随分遠くに見える立場だ。あの歳で(いくつか知らないけど)昇進するには、相当な手柄を上げたに違いない。
それに、西部基地に来たというのも意味ありげだ。正直、ここはハズレの地域であり、移動を言い渡されて良い顔をする軍人は居ない。新聞で取りざたされていたように、何かとトラブルが多い地域なのだ。西部行きイコール厄介払いという等式が成り立つ。順当に考えれば、何かしら手柄を上げて昇進したものの、能力が足らず左遷された――と推理するのが自然な気がするけど、どうも私は違う気がしてならない。トラブルが多い厄介な地域イコール能力次第ではいくらでも手柄を上げられる――という等式も成り立つ。実際、そういう思惑で自主的に西部に来る上官もいる。まあ、あまりにも情勢が入り組みすぎていて、なにも出来ない場合がほとんどだが。
色々考えた結果――フィルグランド少尉は、実は、とてつもなく優秀な人なのでは? という疑惑が私の中で浮上した。
――が、それは考えすぎだったと思い知らされることになる。
早朝訓練が終わると、隊ごとに固まって食堂に移動し朝食を取り、束の間の職休みを経て、学習の時間となる。学習スペースを兼ねた軍の図書館へ行き、銘々、勉強するのだ。
私は左官昇進試験に向けて勉強することにしている。目立つ場所にいると余計なちょっかい(この日はダイルの視線が特に痛かった)を食らうので、普段から私は誰もいない奥まったテーブルを利用している。しかし、今日は先客が居た。
テーブルに突っ伏してかすかな寝息を立てているのは、誰であろうフィルグランド少尉殿だ。他の教官たちは部下がサボっていないか目を光らせているのに、この人は……。私は愕然とした。
起きたら嫌みでも行ってやろうと思い、私はわざわざ少尉が眠っているテーブルの向いで勉強をした。
少年が目覚めたのは学習時間が終わる十分前――廊下の向こうから昼食の匂いが漂ってくる頃だった。
呑気にあくびを一つ。猫が顔を洗うような仕草で目をこすってから、ようやく私の存在に気付いたようだった。といって、居眠りしていた罪悪感はないらしく何のアクションも起こさないので、私から切り出す。
「お子様に早起きは酷でしたか?」
うわぁ……正確悪っ。こういう所が嫌われ者になる原因なんだろう――けど、言ってやらなきゃ気が済まない性分なのだ。
「寝ちゃまずかった?」
少尉は私の渾身の嫌みを実に呑気に避した。まずかった? って、なんでそんなことも知らないのよ。私はさらにイライラして、
「今は自主的に学ぶ時間です。みんな真面目に取り組んでいます。だというのに模範であるべき教官が一番だらしなくてどうしますか」
「――ゴメン」
謝られてしまった……。それも、心底反省しているような風情だ。見た目が子供な分、自分が強烈に悪いことをしている気がして、落ち着かなくなる。
さすがにこれ以上言えなくなり、気まずさを誤魔化すため、勉強を再開する。と、今度は教官の方から話しかけてきた。
「ねえ、昨日の話だけど――もっと詳しく聞かせてくれないかな?」
「何のことですか」
「復讐するって言ってたよね」
内心舌打ちする。
相手は子供だし、どうせ二度と会わないだろうから話してしまったけど、言うんじゃなかった。人に話したくない。こんなダメ教官になんて特に嫌だ。
「言いたくありません。もう二度と聞かないでください」
突っぱねると、少尉は「わかった……」と引き下がった。そんな態度が私の苛々を更に逆撫でた。
「叱らないんですか? 貴方は私の上官です。こんな口きかれたら、ボコボコに殴ってしばらく牢屋にでも入れるのが普通です――私が女だからって甘く見ているんですか? 何を言われたって気にならないってことですか?」
私は今とんでもないことをしている。嫌われるなんてレベルを遥かに超えた、とんでもない無礼だ。さすがに怒るだろう――と思ったのだけど、
「ゴメン――そんなつもりじゃないんだ」
やはり少尉は引き下がる。
実は優秀な人なのでは――そんな予想は、もはや完全に否定された。この人は左遷されて西部に来たんだ。金か幸運で偶然成り上がった凡人に違いない。
「失礼します」
私はその場を去った。




