少年と女兵士 2
私は英雄を思いっきり睨んでやった。
敵意が伝わったのか、英雄は一瞬私の方を見た。まだ若い顔に少し驚きが混じっていた気がする。だったらしてやったりだけど――まあ勘違いだろう。私程度の人間が威嚇したところで、いきり立った猫にも迫力で負けるに違いない。
英雄はさすが英雄という感じの迫力を持っていた。
目つきの鋭さと明るい金髪――特徴といえばそんなところだけど、でも、なんだか向こうが見えない奥行きみたいなものを感じた。数十万の民を戦火から守るという途轍もないことをやってのけたから、そういう特殊な雰囲気を持ったのだろうか。それとも、逆なのだろうか。私には分からない。
でも、見に来てよかったと思った。
改めて目標を明確にできたし、実物のコイド=コウヘイの凄さを垣間見て、明日からも訓練を頑張ろうという気になった。
そのためにも速く帰ってゆっくり休もう――そんな気分だったけど、やらなきゃいけない事がまだあるんだった。
「英雄を見に来てたのよね――親御さんは?」
少年をおバカな同僚から助けて通りに戻ると、もう英雄が通りかかる時間だった。だから、私たちは並んで見物していたのだ。
「この世界には居ないよ」
「あぁ……なんかゴメン。それじゃ一人で来たの? お家はどこ?」
「大丈夫、一人で帰れるよ」
そう言ってフィルグランドは歩き出した。
私は着いて行く。
「大丈夫だって」
「迷惑?」
「そういう訳じゃ無いけど――悪いよ」
「それは私のセリフね。ホント、悪かったわね。あのバカが」
バカというのはもちろんダイルの事だ。身内の不祥事でこの子に迷惑をかけたのだから、家まで送り届けるくらいするべきだろう。
少年は納得してくれたらしく、しばらく無言で歩いた。
ようやく人混みが途切れた辺りで、少年は問いかけてきた。
「軍の人なんだよね。女の人なのに珍しいね」
一瞬ムッとしかけて、すぐに心の中で自分を叱りつける。別にバカにされている訳じゃないでしょ。ちょっと過敏すぎるわよと。
ちょっと迷ったけど、素直に話してみる。
「あのね、私も親が居ないの。ちょっと前までお母さんは生きてたんだけど……一年前の戦争でさ、避難が遅れて、火事に巻き込まれて死んじゃったんだ。
だから、一人で生きて行かなきゃいけなくなってさ。コネが無くても着けて、安定した給料がもらえる職業って凄く限られちゃうのよ。そのうえ、あんまり頭がよくなくても出来る仕事となると――軍が一番私に合ってわけ」
何気なく話している風を装ってはいるが、母親の事は口に出すだけで辛かったりする。
別に話さなくてもいいのにって思うけど、でも、この子も親が居ないらしいから勝手に親近感を感じてるのかも。あと、誰かに聞いてほしかったりするのかなあ。
なんて、自嘲気味に自己分析していると、
「英雄とはどういう関係なの?」
一瞬呼吸が止まった。
「それは――どういう質問なの、かな?」
「英雄を見る目つきが普通じゃなかった。だから、何かあるのかなと思って」
この少年が恐ろしく鋭いのか、それとも私の行動が分かりやすすぎるのか――。
フィルグランドの問いが私の心を激しく揺さぶった。いろんな感情が次から次へと湧きあがり、そして、私は一つの言葉を声にしてしまっていた。
「お母さんはコイド=コウヘイに殺された。だから、私が復讐するの――」
今の私を動かす唯一のエネルギー。
誰かに打ち明けるのは初めてだった。
*
翌日、朝――
軍人の朝は早い。暗いうちから訓練施設に集められ、朝食前の訓練を受けなければならない。今でこそ遅刻は無くなったけど、軍に入りたての頃は何度か寝坊してこっ酷く叱られたものだ。
「うん……おはよう、リア」
私がベッドから体を起こすと、どうしても彼女も起こしてしまう。まあ、彼女の自業自得だ。
「おはよ、マリー」
ルームメイトのマリー=ロブレスは、同性愛者である。私の事を、なんというか女として好いてくれているようで、毎晩同じベッドで寝るのが習慣になっている。
裸同然の格好でベッドに横たわるマリーはとても綺麗で、ちょっとイヤらしい。そんな彼女で目を保養しつつ、私は軍服に着替える。ちなみに彼女は衛生兵志願なので早朝訓練は無い。
「昨日メイン通り行ったんだよね? 英雄さん見れたの?」
「うん」
「どうだった?」
「うーん。どうってこともないけど」
「ええ、なにそれぇ」
なんとなく話を反らす。
「そういえばさ、ダイルの奴に会ったんだけどさ――アイツ、まだちっちゃい男の子から財布巻き上げてたのよ。最低よね」
ああ、そういえば、これからダイルと顔を合わせなきゃいけないのか。気分が重い。煩わしいことにアイツは口が上手いから、周りも巻き込んでチクチク小言を言ってくるに違いない。面倒だわ……。
着替えを終えたところで、少し時間に余裕があった。たまには新聞でも読むことにして椅子に腰を落ち着ける。
「リアが助けてあげたの?」
「うん。変な子だったなあ。ボーっとしてるようで妙に鋭くて――あと、帰り送ってあげたんだけど、軍の基地の辺へ行ったのよ。あの辺に民家なんて無いはずなんだけど、何処に住んでるんだろ」
一面はコイド=コウヘイについての記事だった。視察という名目で西部基地を訪問しているが、その理由が不透明だ――裏で何か起きているのでは? というゴシップ記事だった。一年前の戦争で民衆の権力に対する不信感は強まっており、その疑いの眼差しは相手が英雄であろうと容赦が無い。まあ、訪問先が西部だったというのも邪推の原因だろう。原住民との小競り合い、山賊の被害、反国家思想を持つ元貴族たちが集まっているという眉唾な噂、などなど。私が住む西部は、新生国家の中でもかなり治安が悪い。そんな地域を軍の総帥であるコイド=コウヘイが訪ねたとなれば、気になって当然だ。
「リアったらそういうのが趣味だったの?」
「そういうのって?」
「よく聞くわよね。少年趣味って」
「ああ、そういう話。別にそんなんじゃないわよ」
「でもデートしたんでしょ。行きずりの少年と」
「家まで送っただけだって」
「私という人がありながら……リアの浮気者!」
「マリーは友達じゃない」
「一緒に寝てるのに?」
「柔らかくて気持ちがいいからよく眠れるもの」
「抱き枕感覚……」
他の記事はパラパラと読み飛ばした。どれもこれもふざけ半分の面白全部で、大して興味が湧かない。もっとまともな記事を書けばいいのに――まあ、まだ戦後間もなくなわけで、皆楽しい話を求めてるのかなあ。
つらつら考えつつ、新聞の間に挟まっていた手紙を開く。これに目を通したら、出ようかな。
しかし、直後、私の平常心は崩れ散った。
「どした?」
突然立ち上がった私を見てマリーが聞いてきた。
でも、私には答える余裕が無い。
何気なく開いた手紙の差出人は軍だった。そして、その内容は人事移動についてだった。
私が所属する第六部隊の教官が変わるらしい。
新任教官の名は“フィルグランド少尉”とある。
「まさか――ね」
あんな小さな少年が少尉で教官とか、有り得ない。
――と思う反面、この後訓練施設に行けば昨日の少年が待っているだろうと、なぜか確信していた。




