表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
204/253

枢軸への旅 24



 その男は、串から焼き魚を貪り食って、雑に咀嚼すると酒と一緒に腹へ流し込んだ。それから、釈然としない顔で言った。


「なあ、こんなこといつまで続けるんだよ」


 焚火の向こうに投げかけた疑問は、もっともな物だった。

 ようやくたどり着いた九十九階層。枢軸アクシズは目と鼻の先。この世界に存在する全ての人間がそうであるように、その男も元の世界に帰りたくてダンジョンを進んできたのだ。

 本来であれば、こうして呑気に焚火を囲っている暇などないはずだった。


「なんだよ、良いだろ別に。こうして酒や食べ物を出してやってるんだから文句言うなよ」


 拗ねたような口調で言ったのは、男とも女とも見える陶器細工のように繊細な顔を持つ少年だった。

 

「なんて恩着せがましい言い草だ。まず、頼んでない。食い物くらい自分で獲れる。それから、お前がご馳走してくれたみたいな言い方だが、魚を調理したのはオレだ。お前は何の役にも立たなかっただろ」


 少年は「そうだったっけ」とワザとらしく恍けた。それを見て、男は深々と溜息をついた。コイツはずっとこんな調子だ。時々本気で馬鹿なんじゃないかと思うことすらある。

この崩れた神殿に来て、既に明日で十日目となる。

最初の頃を思い出す――この階層に辿り着いた最初の日、男はすぐに神殿を見つけ、足を運んだ。最深部のようだが、なぜ崩れているのか、そして、なぜボスがいないのか――何も分からずに戸惑っていると、この少年が現れ戦ったのだ。

少年の強さは異常だった。男とてここまで生き残って来た猛者だ。相当な戦闘力を有している。いくつか傷を負わせる所まではいった。しかし、そこが限界で、少年の可憐とすら感じるほどの技でもって、倒されてしまった。

そこから今日にいたるまでの奇妙な日々が始まったのだ。

少年は、自分が勝ったのだから言うことを聞けと言い、負けたという事実がある手前、男は逆らえなかった。ここまで来て厄介なことになった、と頭を抱えたものだ。

しかし、少年が男に課した指令は、実に理解不能なものだった。


『しばらく一緒に暮らそう。それと、一日一回戦うからね』


 まるで意図が読めない――しかし、一方的に命を取ろうという訳ではないようで、その点は安心したが、何か裏があるのは明白だった。

 だが、今のところ裏なんて無いように思われた。

 少年は言った通り、男と一緒に暮らし、一日一回戦った。本当にたったそれだけなのだ。

 

「どんな理由があるか知らないが、そろそろオレを解放してくれ」


さすがに男も焦れ始めてきた――そんなタイミングなのだ。真面目な面持ちだった。


「オレは帰りたい。帰る理由がある――お前が何者かは知らん。どうして神殿が崩れていてボスもいないのか、何も分からん。でも、なにをおいても、オレは帰りたいんだ。だから、そろそろ解放してくれ」


 少年も男の眼を真っ直ぐ見つめていた。


「――そんな怖い顔しなくても、明日で最後だ」

「本当か?」

「うん。いつも通り、朝一番で戦おう――そしたら君は自由だ」


 少し引っ掛かる言い方だった。


「殺して自由にするってこと――なのか?」


 少年の力量を鑑みれば十分考えられることだった。男の額に冷や汗が浮かぶ。


「本気で戦おうね」


 しかし少年は短く呟くとその場を去って行った。



 *



 十日目の朝が来た――ええと、確か二十四回目の、十日目の朝だったかな。

 今日もいい天気だ。といって、ダンジョンここじゃ天気が変わらないんだけどね。

 今回の人はまだ若いけど、それまでの九人よりずっと強かった。もしかしたらルーと同じくらいの実力者かもしれない。オレのおせっかいなんて無駄だったかもしれないなあ。

――いや、無駄かどうかなんて考えちゃダメだ。それを言い出したら、無駄に決まっているんだ。最初から分かっている。でもやるって決めたんじゃないか。

 フィラカルティーは何も言わなかった。

 ルーは呆れていた。

 セナはオレをバカだといった。

 そして、三人ともこの世界を去った。

 昨日あの人に聞かれたっけ――いつまでやるのかって。まあ、そういう意味で聞いた訳じゃないだろうけど、でも、なんだかハッとした。

 いつまでやるんだろうね。こんな無意味なこと――まったく、我ながらバカみたいだ。

 でも、やめたくない――やりきらないとオレは帰れない。

 アーネットやメシアやエイモスくんや、あとリード会長とか姫様とか――きっとオレの帰りを待っている筈だ。それを考えれば早く帰るべきなんだ。

 でも、だからこそ、オレは帰れない――。



 とりとめなく考えていたら、神殿に着いてしまった。彼は既にそこにいた。


「やあ、おはよう」


 しかし、返事は帰って来なかった。

 やる気満々のようだ。帰る理由があるって言ってたな。うん、分かるよその気持ち――。

 早いとこ帰してあげなきゃね。


「さあ、こい」


 待ってましたと言わんばかりに、彼は踏み込んできた。剣を思い切りよく振りかぶり、とてつもないスピードで肉薄してくる。

 なんだか、クサイかなとも思ったけど、思わずオレは呟く。


「ゴメンな――」


 一瞬、彼の顔に驚きが浮かんだ気がした。

 しかし、オレは頭を叩き割られているので、ロクに感じることができない。

 


 *



 オレの最後のスキルは永遠スターウェイというものだった。その内容は極めて単純――不死身になる、だ。

 明らかにオレが魔法王とゆかりがあるから選ばれたスキルだろうが、なんとも絶妙なタイミングで、最適なスキルをもらったものだ。

 神殿が壊れたのをいいことに、オレは枢軸へ至るためのルールを隠した。辿り着いた人々に馴れ馴れしく接して、戦いを挑んだ。一日一戦、それを十日。

 フィルグランドとして戦っていた時の戦闘経験が役に立った。

 オレは全ての戦闘で一回ずつ死に、蘇った。相手に悟られないようにだ。

 九十九階層をクリアする条件は十人のプレイヤーを倒すこと。オレは十勝をプレゼントし続けたのだ。

 それは、人を殺したことに対する罪滅ぼしのつもりだった。ピントがずれているのは重々承知で、それでも、やらずにいられないから死に続けたのだった。

 

――しかし、それも終わりのようだ。

 

 二十四人目の彼の一撃をくらって、オレの意識は暗転した。すぐに再生するはずなのだが、どういう訳か今回はそうならなかった。

 少し長い暗闇――それは、何度か来たことのある“映画館”に繋がっていた。

 スクリーンには奇妙な映像が映し出されている。粉々に砕けた石の建物が、時間を巻き戻したかのように勝手に元の形に戻っていく。そんな場面だ。


「久しぶりだね浩平くん。いや、フィルグランドと呼んだ方がいいかい?」


 そこに彼がいることは分かっていた。


「勘弁してください……」


 まったく意地が悪い人だ。

 魔法王スターウェイ=ランキャスターは静かに微笑んだ。


「僕は神の代行として君をここに呼んだ。最初に言っておこう。おめでとう、浩平くん。魂の世界から帰還できるようだよ」


 何となくそうかな、とは思っていた。でも、素直に喜べなかった。


「オレなんか――帰る権利あるんでしょうか」

「僕には何とも――しかし、もう決まったことだ。君は魂の世界あそこの住人を帰しすぎた。これは神にとって不都合だったらしくてね。このままでは再誕のサイクルが崩れてしまうと予期して、君を帰そうと決めたらしい。

 権利があろうとなかろうと帰らなきゃならないのさ」

「なるほど、そういうことでしたか」

「まあ、なんだね――時間が無いから一方的に言うけど、君は帰るべきだよ。罪を持て余す気持ちは消えないだろうけど、しかし、このまま逃げ続けたら更に罪を重ねることになるよ」

「――どういうことです」

「僕の視界はとても広い――君が犯した罪を見ていた――君を思って流れた涙も見ていた――僕の言いたいことが分かるね?」

「しかし――」

「罪なんて恣意的なものさ。償う者にとっては特にね――君にとっての君の罪は、おそらく一生消えないだろう。しかし、償いたいという気持ちも一生消えないはずだ。であるなら、やりきるしかあるまいよ。世界が変わったとしてもね。

 人を救い続けるといい――それが君の罪の証だよ」


 なにか、とてつもないことを言っている気がする――でも、オレには全てを理解することはできない。でも、なんとなく――


「貴方も――同じ経験をしたんじゃないですか?」


 そんな気がした。

 スターウェイはどこかとぼけた口調で、


「ありふれた話さ」


 と言った。


――すると、仄暗い映画館がさらに色彩を落とし始めた。


 オレは帰るんだなあ――どこかぼんやりと他人事のように自覚した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ